23-2

「カレン!」

病院の正面玄関に遅れてやって来たカレンは、後ろから声を掛けられて大いに驚いた。

「スザク!?」

バッタリ会うとは思わなかったカレンは、振り返った瞬間、嫌悪で顔を歪めてしまった。
爽やかな笑みで走り寄るスザクがオレンジの軍服を着ていたからだ。

「おはよう!」
「……今日は軍の仕事じゃなかったの?」
「連絡もらった時に上司の人が行ってきていいって。
やっぱり制服に着替えたほうがよかったかな?」

申し訳なさそうに眉を下げるスザクに、カレンは気まずそうに首を振る。

「……早く空に会いたかったんでしょう?
なら、そのままでいいと思うわ。
スザクは詳しいこと聞いた?
私、目が覚めて会える状態だって聞いただけ」
「僕も似たようなものかな。
いてもたってもいられなくて……」

正面玄関の自動ドアが開き、ミレイとシャーリーとリヴァルとニーナが現れる。
全員が驚きに目を丸くした。

「二人とも同じタイミングでここに来たの? 仲良しねぇ」

嬉しそうにニコニコ笑うミレイに、お嬢様顔でぎこちなく笑うカレンは『仲良しじゃない!!』と内心怒鳴った。

「空は病室に?
具合……どうだった?」

スザクがドキドキしながら聞く。
リヴァルは楽しそうに笑って答えた。

「変わらなさすぎて驚くぜ。拍子抜けするぐらい。
だよな? シャーリー」
「うん、そうなの。いつもの空だったよ。
元気そうに見えたんだけど、まだ目覚めたばかりだから長居しちゃダメだと思って出てきたんだ。
今はルルーシュ君とナナちゃんがそばにいてくれてる」

カレンの足は無意識に動き、ミレイ達の横をすり抜けて正面玄関をくぐった。
本当は会長達ともっと話をするはずだった。でもできなかった。
起きた空を実際に見て、確かめて、早く安心したかった。

「ごめん! また明日ね!!」

言いながらカレンは行ってしまった。
院内は走らず、だけど最速で奥に消え、あっという間に姿が見えなくなる。

「悪いことしちゃったわね……」

空に会いに行こうとするカレンの邪魔をしてしまったような気持ちになり、ミレイは申し訳なさそうに呟いた。
シャーリー達も罪悪感でシュンとする。
空気を変えるようにスザクは言った。

「大丈夫だよ、きっと。
今のカレンは『空に会いたい』って気持ちしかないはずだから。
それじゃあ僕も行ってくるね」

軽い足取りで正面玄関をくぐり、スザクはミレイ達に手を振ってから中に入った。


  ***


病院の廊下は走ってはいけないと何度も自分自身に言い聞かせながら。
必死な顔で最速で通路を進めば、患者や見舞いに来た人間に怪訝な視線を向けられることが何度もあった。
それでも止まることはできなくて、目的地に到着してからやっと足を止めた。
軽く息切れしながら呼吸を整える前に扉を開ければ、ベッドの上に千羽鶴を広げる空が顔を上げた。

「カレン」

子どもみたいに嬉しそうに笑う。
見たかった顔を見れてカレンの視界がじわりとぼやけた。
目に浮かぶ熱を慌てて拭えば、空が謝る寸前のような顔になっているのが見えた。

「謝らないでよ。あんたは全然悪くないんだから」

ごめんを封じる為にすかさず言えば、空は恥ずかしそうに顔を伏せた。

「う、うん。
ルルーシュに同じこと言われたから」
「そう。ふふ、ルルーシュも同じことを。
……あれ? そう言えばルルーシュとナナリーは?」
「売店にレターセットを買いに行ってくれてるよ。
あと、いつ退院できるか聞いてくるって。
あたしはすぐ退院できると思うんだけど、検査がまだ残ってるみたいで……」

どうして入院しているか分からないほど今の彼女は元気そのものだ。
だけどカレンは知っている。
何が原因で入院することになってしまったのかを。

「……そうね。検査は必要よね。
2週間も、ずっと眠っていたんだから……」

その原因を知っているからこそ、目の前で今笑っている事が奇跡に思えた。
再び熱いものが込み上げたが、廊下に気配を感じてグッと堪えた。
ブスッとした顔で立ち上がる。

「カレン?」
「スザクね。
絶対、スザクが部屋の外にいる。
……アイツ、気をつかって待ってるわね。入ってくればいいのに……」

ぶつぶつ言いながら扉まで行き、ガラッと開ければ、驚き顔のスザクが立っている。

「やっぱりいた」
「え、えっと……カレンはもういいの……?」
「私は後でいいわ。
先にスザクが話して」

カレンは廊下に出てスザクの後ろに回り込む。
「え……ちょっ……カレン!?」と戸惑うスザクをどんどん押しやり、無理やり強引に入室させる。
廊下でカレンが扉をピシャリと閉めれば、病室はスザクと空の二人きりになった。

スザクは「ごめん……」と気まずそうな顔でベッドまで行き、
空は「き、来てくれてありがとう……」と苦笑し、千羽鶴を元の場所に吊るした。
スザクは椅子に座り、微笑んだ。

「今日はいい天気だね。
空は起きていて大丈夫? 身体は辛くない?」
「大丈夫だよ。いつでも退院できるくらい元気。
たくさん寝たからかな、すっきりしてる」

返答に困ったスザクは表情を曇らせ、沈黙した。
彼も空が入院しなければいけなくなった原因を知っている。
視線が一瞬泳いだものの、改めて笑みを浮かべた。

「よかった、本当に。
思った以上に元気そうで安心したよ。
こうやって話すのは久しぶりだね」
「……うん」

スザクと話したのはシャーリーの父親の葬式の日以来だ。
あの時スザクに言った事を思い出した空の心に後悔の気持ちが溢れる。

「目を覚ましたらちゃんと伝えたかったんだ。
キミがここにいるのは黒の騎士団のおかげだってことを。
あの時の僕は……自分のことしか考えてなかった。
ごめん空」
「スザク、あたしも……謝りたくて。
スザクが話していた事とは全然別の事を言っちゃって……。
あの時にあんな風に、別の話を持ち出すのはダメだった……。
……ごめんなさい」

スザクはホッとした顔で頷いた。

「本当はずっと手紙の返事を貰いたかったんだ。
聞けたはずなのに、キミに話しかける事が出来なくて」
「手紙……?」
「え?」
「手紙って? スザク、誰かに手紙貰ったの?」
「ううん。僕じゃなくてキミ宛の手紙だよ。白い封筒のやつ。
空が前に風邪ひいて寝込んでいた時に、僕がルルーシュに預けたんだ。
渡してほしいってお願いしたんだけど……。
ルルーシュからまだ貰ってないの?」
「風邪ひいて寝込んだ? 確か先月、だったよね。
手紙は貰ってないけど……」
「渡し忘れたのかな?
珍しいな。ルルーシュが忘れるなんて……」
「何かゴタゴタしていたのかな。
ルルーシュに会ったら手紙の事聞いてみるね」
「うん。お願い。
絶対キミに読んでほしい手紙なんだ」

サプライズでプレゼントでも用意しているようなニコニコ笑顔だ。
思わせ振りの表情に空はすごく気になった。

「なんの手紙? 誰からの手紙なの?」
「誰から? そりゃあもちろん……」

ハッとしたスザクはチラッと扉を見る。
聞かれてはマズイ事なのか、シュンと小さくなった。

「え……っとそれはね……。
すごく高貴な方で……」

もごもごと曖昧に言っているけど、高貴な方でピンときた。

「……それはもしかして、アーサーと話すことができる人?」

アニメの5話でユフィがアーサーに猫語で話すシーンがあった。
スザクは一瞬だけ驚いたものの、喜びの笑顔を輝かせる。
 
「大正解!
夢で会えなくなるかもしれないから、現実の世界で会うための手段を手紙に書いたんだって。
すごく会いたがっていたよ」
「……そっか」

会いたいと思っていたのは自分だけじゃなかった。
いや、それ以上にユフィの気持ちのほうが強い。
まさか会うための手段を書いた手紙をスザクに託してくれていたなんて。

空の頬がゆるゆると緩む。
ユフィにもう少しで会える実感が湧き、嬉しさで胸が熱くなる。
手紙を早く読みたいと無性に思った。

「手紙ありがとう! ルルーシュにすぐ聞くね。
スザクにお願いがあるんだけど、絶対会いに行くって伝えてほしい」
「うん。会ったら必ず伝えるよ」

力強く頷いた後、スザクは椅子から立ち上がる。

「……そろそろカレンと交代しないと。ずっと待たせているからね。
あ、そうだ空。キミに頼みたいことがあるんだけど」
「なに?」
「退院したらプリンを作ってほしい。
食べたがってる人がいるんだ」

思い当たる人物が脳裏をよぎり、空は笑って頷いた。

「うん、わかった。
たくさん作るね」
「ありがとう!! 実は僕も食べたくて。
すごい嬉しいよ」

スザクとまたこうやって笑いあえるなんて。
思いもしなくて、空は泣きたくなるほどホッとした。

「それじゃあ僕は軍に戻るね。
また明日来るから」
「うん、また明日」

笑顔でスザクを見送った後、入れ替わりでカレンが戻ってくる。

「スザクのやつ、少ししか居なかったわね。ちゃんと話せた?」
「うん。たくさん話したよ」
「……なら、よかった。
はい。これルルーシュが空にって。
先生と話すから渡してほしいって頼まれた」

カレンからレターセットを受け取り、さらに頬が緩んでしまう。

「ありがとう。千羽鶴のお礼に手紙を書きたくて。
あ、これペンも付いてる」
「手紙をすぐに書けるわね。
きっと玉城が泣いて喜ぶわ。
空のことになると涙腺弱くなっちゃうんだって。
杉山さんにからかわれて『うるせェ俺は男泣きが似合う男なんだよ』って言ってた」

玉城の声が余裕で脳内再生され、思わずブッと吹き出してしまった。

「あはははっ! 玉城かわいい!」
「うん。私もちょっと思った。
玉城って杉山さん相手だと精神年齢下がるのよね」
「その時の玉城見たかったなぁ」

レターセットを開封し、便箋とペンを出す。
手を動かし始めれば、カレンはくつろいだ表情で窓の外に視線を移した。
静かで穏やかな時間があっという間に過ぎていった。


  ***


カレンに手紙を託した時、ルルーシュだけが戻ってきた。

「あれ? ナナリーは?」
「外で咲世子さんといる。
すまないな、カレン。頼んでしまって」
「いいのよ。
それよりルルーシュ、お医者さんはいつ退院できるって言ってたの?」
「精密検査の結果が出てからになるそうだ。
早くても明後日には分かるだろう」
「明後日……それまではここで安静にしなきゃいけないわね」
「1日中ベッドか……」
「午前中は咲世子さんが顔を出してくれるそうだ。
授業が終われば会長達も来るだろうし、退屈はしないだろう」

カレンは悲しそうに顔をくしゃりとした。

「ごめん、空。
私、明日はどうしても行かなきゃいけない場所があって……。
明後日は絶対顔見せるわね」
「ありがとう。
気をつけて行ってきてね」

カレンを見送った後、空の色が淡いオレンジ色に染まり始めているのに気づく。

「そろそろルルーシュも帰らないといけないね……」

ルルーシュの唇が言葉を紡ぐように小さく動いたが、小さすぎて声が全然聞こえなかった。
ジィッと凝視する空に、ルルーシュは楽しそうにフッと笑う。

「今日はみんなに会えて良かったな」

『はぐらかしたなコイツ』と空は渋い顔で思った。
しかしルルーシュの声は上機嫌で『まぁいいか』とも思った。

「うん。みんなに会えて嬉しかった」
「C.C.もおまえの顔を見たがっていた。
今はちょっとした用事で遠出していてな……。
電話するか?」
「ううん。用事あるなら今は止めとくよ。
終わってからゆっくり話したいな」
「わかった。
……間もなく夕食の時間だな。俺は帰るが、もし何かあれば連絡しろ」

内ポケットから白い携帯電話を出し、空に渡した。

「これはルルーシュの?
……じゃないよね。ルルーシュのは青いから」
「おまえの携帯だ。俺の名前で契約した。
話したいとか、声を聞きたいとか、何時でもいいから、何も無くても電話しろ」

『さすがにゼロしてる時に電話かけたらダメだろう』と空は難しい顔で思った。
ルルーシュの真剣な眼差しに気づいた瞬間、ばかな事を考えてしまったと苦笑する。
きっとルルーシュなら、どんな時でも。

「うん。絶対電話する。
ありがとう、ルルーシュ」

すごい宝物を貰ってしまった。
携帯電話を受け取り、包み込むように持ち直す。
幸せすぎて笑ってしまう。顔が緩んで仕方ない。
ルルーシュもいつも以上に表情がやわらかい。
そうだ。帰る前に聞いておかないと。

「ねぇルルーシュ、さっきスザクにあたし宛の手紙の話を聞いたんだけど。
その手紙って今はどこに置いてあるかな?」

ルルーシュのやわらかい表情がギクリと固くなる。

「スザクが? 手紙の事を話したのか……!?」

ひどく動揺して、思わずといった様子で本音を小さく呟いた言葉に空は耳を疑った。

「……それどういう意味」

なんだその反応は。触れてはいけない話題を振ってしまったみたいじゃないか。
嫌でも大体の事を察してしまった。

「渡し忘れ、なんかじゃなかった……。
……ずっと、ずっと隠してたんだね。
言わないで、黙ったまま、ずっと……」

ずっと。先月から、ずっと。
気づかなかった。ユフィの手紙をルルーシュがずっと隠していたなんて。
気づくわけない。だってルルーシュは嘘をつくのが上手いから。
胸が苦しくなる。呼吸が乱れ、息をするのも辛くなる。

「どうして今まで隠してたの?
手紙のこと、あたしに一度も言わなかったのはどうして?」
「それは……」

ルルーシュは何か言いたそうな顔をして、だけど唇を結んで沈黙する。

「どうして言ってくれなかったの?
知らない誰かの手紙なら分かるよ。ルルーシュが警戒して隠したんだって納得できる。
でも! スザクが持ってきてくれた手紙なんだよ!!
どうして! どうして……!!」

空の『どうして』にルルーシュは何も返さない。
目も合わせてくれない。
心の中で大きな熱が爆発しそうになる。
息が出来なくなるぐらい苦しくなる。

会いたかったのに。ユフィにずっと会いたかったのに。不安だったのに。
ルルーシュが話してくれていたら。

「あたしが何も言わなかったら黙ってたの!? 会いたかったのに!!
会いたかったのに……!!」

ルルーシュがやっと空を見る。
苦しそうな、傷ついた表情をしていた。
その表情があっという間に嘲笑に変わる。

「……そうか。
そんなにあの男に会いたいのか」

冷たい眼差しに一瞬、本当に心臓が止まるかと思った。
ルルーシュは背を向けて無言で出ていった。
日が沈みきって、病室が一気に暗くなる。

いっぱいになりすぎた頭が思考を放棄して、言われた言葉が全然処理出来ない。
ぜんぶ嫌になってしまった。

 
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