23-1
“寝て起きただけ”
実際には有り得ない奇跡のようなことが起きたと、医師は言った。
空が目覚めてから一夜が明け、精密検査が終わった午後3時。
病室に穏やかな陽気が差し込み、開けた窓から柔らかい風が吹いてカーテンを揺らす。
晴れ晴れとした気持ちのいい天気だった。
上半身だけを起こしたベッドの主は難しい顔でルルーシュを見る。
「倒れる直前、自分がどこで何していたか思い出せないの。
ルルーシュは知ってる?」
「突然倒れたらしい。
俺も詳しくは知らないんだ」
ルルーシュは真実を言わなかった。
話せば恐らく、あの時の学園地下でされた事を、恐怖も何もかも全てを思い出すだろう。
空には言わない────それが見舞いに来た全員で決めた事だ。
マオは死に、空は目覚め、やっと全てが終わったと、ルルーシュは心の中で安堵の息をこぼす。
「会長達がナナリーを連れてこっちに向かってるそうだ。
もうすぐで会えるぞ」
「みんなが?
そうだよね、あたし2週間も寝てたもんね……」
2週間は長い。
目覚めた時、薄暗い病室にいたルルーシュの目に涙が浮かんでいたのを思い出し、罪悪感で胸が苦しくなる。
中国から日本へ、一目散に戻るべきだった。
「……ごめんね」
「謝るな。おまえが謝る必要はない。
いつ目覚めるかも分からない、目覚めても後遺症が残るかもしれない危険な状態だったんだ。
こうやって話せるだけで十分だ」
そう言ってもらえたものの、芽生えてしまった罪悪感は簡単には消えない。
何も言えなくなって唇を結べば、左手にふわりとルルーシュの手が乗った。
伝わる温度は温かく、優しく包み込む大きな手だ。
目に熱が集まり無性に泣きたくなる。
「俺はずっと空の笑顔が見たかった。
見たかったんだ。だから、笑ってほしい」
涙が出そうなのに無茶を言う。
ベッドを降り、飛び込むように抱きついた。
ルルーシュは戸惑うことなく受け入れ、背中に手を回し、抱き締め返す。
鼓動が伝わってくる。
「ずっと……ルルーシュのところに帰りたかった……」
「ああ」
顔を見なくても微笑んでくれていると分かる穏やかな声
心が安らぎ、涙がこぼれた。
「すごい遠いところまで飛んじゃって……帰りかたも分からなくて、帰れなくて……。
真っ暗な世界でオルゴールの音が聞こえたの……。
ルルーシュだ、って思った……」
抱き締めていた腕をほどき、ルルーシュはわずかに離れた。
「言えばよかったと後悔していることがある。
好きだと気づいてから、ずっと思っていたことだ」
頬を濡らす涙を優しく拭ってくれる手が心地いい。
好きだと、ルルーシュを思って泣いた日を思い出す。
あの時よりも強い感情が心を満たし、涙が溢れて止まらなかった。
「空、愛してる」
ボロボロと泣く空は何とか気持ちを伝えようとする。でも声にならなかった。
ルルーシュは表情を柔らかく崩して笑う。
「言うな。わかってる」
そして、もう一度抱き締める。
窓から柔らかい風が吹いてカーテンを揺らした。
***
暖かな陽光は、病院前の歩行者用道路を歩く生徒会メンバーにも降り注いでいた。
ミレイが押す車椅子に体を預けるナナリーは、心地良さそうに目を細めて空を仰いでいる。
「今日はお日様が気持ちいい天気ですね」
「うん、本当に。
日なたぼっこしたら最高ね」
満面の笑みのニーナの言葉にリヴァルも頷いた。
「そのまま寝ちゃいそうな天気だよなァ」
リヴァルの隣でシャーリーは苦笑した。
「なんかリヴァルったらそのまま溶けそうな顔してる」
「うんうん。
思う存分溶けていいわよリヴァル。
私が許す!」
「会長の許しが出たことだし、それじゃあさっそく。
……って俺雪だるまじゃないから!」
全員がどっと笑い、リヴァルも楽しそうに嬉しそうに笑んだ。
「そういえば、スザクとカレンは遅れて行くって言ってたよな。
ルルーシュは先に空のところ?」
「はい。
空さんに話したいことがあるって言ってました」
「話したいこと? へぇ〜。
俺達おジャマしていいのかしら?」
「いいんじゃない?
みんな2週間も待ったんだから」
「そうそう、ニーナの言う通り。
ルルーシュには悪いけど、私達だって空の顔を早く見たいんだから。
やっと元気な声を聞けるわね」
目をこするナナリーに気づいたシャーリーは心配に顔を曇らせた。
「ナナちゃん大丈夫?」
「はい、大丈夫です。
空さんの元気な声が聞けるんだって思うと、嬉しくて……」
「思う存分聞こうな。
空のいる病室まで後少しだからよ」
リヴァルは元気づけるようにナナリーの肩を優しくポンポンする。
病院に到着し、シャーリーとニーナは1階の売店に行き、ミレイとリヴァルとナナリーは受付で面会申請を済ませ、病室に足を運んだ。
病室の扉をリヴァルがノックする。
数秒待ち、ゆっくりと扉を開ければ泣き腫らした顔の空が見えてギクリとした。
そばにはルルーシュがいて、邪魔してはならない思ったリヴァルは開けた扉を閉めようとする。
「なんで閉めるの?」とミレイは驚き、空が恥ずかしそうに笑って手招きした為、リヴァルはおずおずと入室する。
車椅子を押して病室に入ったミレイは空の顔を見てハッと息を飲む。
ルルーシュをジッと睨み、ぷりぷり怒った。
「ルルーシュなに泣かせてるのよ」
「……笑ってほしかっただけだ。
泣かせるつもりなんてなかった」
「違う違う、嬉し泣きだから。
大丈夫だから」
「嬉し泣きですか?
良かったぁ……」
ベッドまで進んだ3人を空は笑顔で迎えた。
「ありがとう、来てくれて。
今日は3人?」
「いいや。ニーナとシャーリーは今売店。
カレンとスザクは後で来るってさ」
嬉しそうに笑う空にミレイも顔をほころばせた。
「みんな空に会いたいからね。元気でよかったわ。
本当に……よかった」
ミレイの瞳が潤んでいる理由を空は知らない。
2週間も眠り続けることになった原因を少しも覚えていないからだ。
泣きそうになったミレイはクルッときびすを返した。
「私もニーナ達のとこ行ってくるわ。
行くわよリヴァル」
スタスタ歩くミレイをリヴァルは慌てて追いかける。
「え? 会長もしかして?」
「うっさい行くわよリヴァル」
涙声で早口に言い、ミレイは退室した。
慌ただしい空気にナナリーはおろおろし、出ていった後も気まずそうにシュンとする。
「あの……わたし……」
自分も出ていった方がいいのでは、と思っているような表情だった。
ルルーシュは苦笑してナナリーの手を握り、空へと導いた。
「ナナリー、空はここにいる」
言われてやっと、ナナリーはゆっくりと遠慮がちに空の手を握った。
空もやんわりと握り返す。
「空さん」
確かめるような呼びかけに空も笑顔で頷いた。
「うん」
「空さんですね、本当に」
握り返してもらうのは当然の事じゃない。
嬉しいと思う気持ちが溢れて止まらなくて、ナナリーはボロボロと泣いた。
「おかえりなさい……っ」
握っている手を離したくなくて、ナナリーは溢れる涙を拭えなかった。
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