22-2

「日本に戻ろう」

都が見えなくなるほど離れた後、今後どうするかの方針を決めた。
強く念じてもルルーシュの元に瞬間移動できなかったから、移動手段はたったひとつだ。
どれだけ飛べば日本に着くんだろう?
果てしなく遠く感じて、途方もなくて呻いてしまう。

「ルルーシュのところに……帰りたい……」

帰りたいけど今は夜だ。
夜の海は方向感覚狂いそうで恐ろしい。
日本を目指していたのに全く別の大陸に到着、なんて事になってしまう。
夜明けまであと何時間だろう? それまでなにをしていようか。
中国を巡ってひたすら観光しようかなぁ……と考えていれば、ふと小さな飛行機を発見した。
空港にある大きなやつじゃなくて個人が所有しているような小さいやつ。
目が釘付けになり、気づけば飛行機を追いかけていた。

これが日本行きだったらいいんだけど。
日本行きでありますようにと願いながら中へ入れば、狭い殺風景な部屋に出た。
薄茶色の短髪の少年がひとり、壁にもたれて座っている。
小学校高学年ぐらいの年頃だ。
わずかにうつむいていた少年が顔を上げ、視線がバチッとぶつかった。

「誰?」

少年は無気力な顔でつまらなさそうに言う。
不法侵入する幽霊に1ミリも表情を変えずに話しかけられるなんて、心が鉄か何かで出来ているのだろうか。
逆にあたしが驚いた。

「誰」

答えなければヤバイ空気を感じて慌てて名乗った。

「あっ……あたしは空。
キミは?」
「僕を知らないんだ。
おねえさんは嚮団の人間じゃないんだね?」
「キョウダン? え?」

初めて耳にする単語に聞き返せば、少年はゆらりと立ち上がった。
ジッと見据える片目が赤色に染まってギアスの紋様が瞳に浮かぶ。
警戒と緊張でギクリとしたけど、何も変化は起こらない。
あぁよかった。ルルーシュ以外のギアスも効かないみたいだ。
いやちょっと待て! 安心するのはまだ早い!

「……今、あたしに何をしてるの?」

呪いを飛ばしているような赤い瞳にゾッとする。緊張して動けない。
不法侵入しただけでこんな幼い少年に敵だと認識されるなんて。
少年は目をわずかに見開いたものの、すぐに無表情になる。
瞳が薄い紫色に戻った。

「効かないんですね、おねえさんも。
そんな身体をしているからかな。
それがおねえさんのギアスですか?」

おねえさん『も』?
他にも誰かいるような言い方だ。

「ギアスが効かない人は他にもいるの?」

疑問をぶつけても少年は沈黙する。
……あ、そっか。少年の質問に先に答えないといけないのか。

「あたしの『これ』はギアスじゃないの。見える人と見えない人がいて……。
それよりも、さっきキミ、おねえさん『も』って言ってたでしょ。
その人って誰? ギアスが効かない人って他にもいるの?」
「いるよ。会いたい?」
「会いたい。
けど、どうしてそんな簡単に……」

キミ、さっきあたしにギアスかけたよね? どこの誰かも分からない不法侵入の幽霊に会わせてもいいの?

「頼まれたんだ。
ギアスが効かない人を見つけたら連れてきてほしいって」

なるほど。
それなら会わせてくれるのも納得できる。

「連れてきてほしいって誰に頼まれたの?」
「僕を拾ってくれた人。
名前は会うまで教えちゃいけないって言われてるから教えられないよ」

『その人』に関することは何も教えないと言いたげな強い瞳のまま、少年はストンと腰を下ろす。
あたしも続けてその場に座った。
今更だけど、霊体なのに座れるなんてかなり変だ。
いつもはすり抜けて貫通するのに、座ろうと思えば座れるなんて。

再び少年をチラッと見る。
この子のギアスもC.C.が与えたのだろうか。
それなら、この子について行けばC.C.のところに戻れるってこと? 戻れたらいいんだけど……。
 
「おねえさん」
「ん?」
「おねえさん言ってましたよね、見える人と見えない人がいるって。
本当なんですか?」

意外にもすごく食いついてきた。
少年が興味を持ってくれて嬉しくなる。

「本当だよ。
ただ、キミは見えるから信じられないかもしれないけど、見えない人は確かにいるの。
見える人とそうじゃない人の違いがあたしもいまいち分からなくて」
「ふぅん」

何を思ったのか、少年は立ち上がって部屋の奥へと歩いていく。
何をするんだろう?と不思議な気持ちで見守っていれば、壁に付いている赤い非常用ボタンを無言で押した。

「え!? だ、誰か呼ぶの!?」
「確認するためです」

ザザ……っとノイズが天井のスピーカーから聞こえた。
監視カメラらしき黒い球体も埋め込まれている。

『何か異常か?』

抑揚のない男の声がスピーカーから聞こえた。

「いいえ。
すみません、間違えました」
『……異常は無いな。
間もなく到着だ。悪質な行動をもう一度取るようならば懲罰房に送るぞ』

物騒な単語と冷淡な声に絶句する。
ブツッと通信が切れ、部屋が静まり返った。

「異常は無い、か。
見えない人は本当にいますね」

ひどい事を言われたはずなのに少年の表情は変わらない。
感心するような声で呟く姿に胸が苦しくなった。
見えなかった事にホッとしたけど、どこかモヤモヤした気持ちになる。

「見えなかったから良かったけど……。
……もし見えてたらどうするの?」
「侵入者だって騒がれたくなかった? 矛盾してるね。
騒がれるのが嫌なら来なきゃいいのに。
おねえさんは何しにここに来たの?」
「何しに……って。
気になったから入っただけだよ。何かをしにここに来たわけじゃないから」
「でしょうね。何かをしにここに来たならもっと上手に嘘をつくはずだから」
「ついてないよ! 本当のことしか言ってない!」
「分かってます。
おねえさん、嘘つくの下手そうだから」
「下手そうって……」
「顔に出るんです。
信じてほしいって必死そうな顔してましたよ」
「必死そうな?
あたしどんな顔してたの!?」

ガクッと項垂れれば、ふっ…と吐息をこぼす小さな音が聞こえた。
顔を上げれば今までずっと無表情だった少年がわずかに微笑んでいるのが見えた。

「わ」

物凄い場面に遭遇したような気持ちだ。
凝視すれば少年から微笑みが消え、元の無表情になる。

「なんですか? ジッと見て」
「あ……ごめん。驚いただけだよ。
きみって笑うとかわいいね」
「わらう?」

少年はポカンとする。
そして『何を言ってるんだお前は』みたいな怪訝に満ちた眼差しを向けてきた。

「うん。笑ってたよ。
気づかなかった?」
「『わらう』って何ですか?」

冗談を言ってるような顔じゃない。
そんなまさか。信じられない気持ちになった。

「『笑う』って何って……。
ほ、本当に知らないの?」
「知らないです。教わりませんでしたから。
あなたのそれは必要ないことですよね」

なにそれ。
一瞬、頭が真っ白になった。

「必要ないわけない!」

怒りが込み上げ、思わず叫んでいた。
 
「誰がきみに教えてるの!?
必要かどうかなんてそんなのきみが決め────」

────違う。
自分にとって必要かどうかをこの子は自分で決められない。
この子に色んな事を教えた人が判断しているんだ。
たとえそれが大事なものでも、教わらなければ少年にとってそれは『必要ない』になる。

「どうしてあなたが怒ってるんですか?」

少年は無感情に言う。
確かにその通りだ。
初めて会って1時間も経ってない相手の事で、どうしてここまで怒りが込み上げるんだろう。
きっとあたしは嫌なんだ。
この子が人形みたいな顔してるのが。

「きみの事が好きだからだよ!
だから怒るの!!」

少年の口がわずかにポカンと開く。
『好き』って言うのが何かも教えてもらっていないのか。

「あたしもきみに教えるよ。
色んな事を知って、その後できみが決めたらいい。必要か不必要かを。
だから、教えてもらってない事は自分には必要ない、なんて思わないで」

少年の表情は少しも変わらない。
これじゃあまるで独り言だ。
ふわっと浮かび、少しだけ近づいた。

「きみには今、大切なものってある?」
「…………」
「……ピンと来ないか。
これから先、きみの気持ちや持ち物とかを『捨てろ』『忘れろ』『諦めろ』って誰かがきみに言うと思うの。
それは嫌だって思えたら、それがきみの『大切なもの』だからね」

少年は頷かない。
聞いてくれているのかも分からなかった。
鈍いブザーの音が鳴り響く。
降りるのを促す声がスピーカーから聞こえた。

少年は無言で飛行機を降りて、あたしも恐る恐る後に続く。
降りた瞬間、外じゃないことに驚いた。
ここは建物の中だろうか? それとも地下? 高いところに天井がある。
何も無い広々とした滑走路がずっと奥まで続いている。
誰もいないと思っていたけど、悪の魔法使いみたいなコスプレ姿の男が1人いた。

「ここで待ってて」

ボソッと言い、少年は早歩きでその人の元へ行った。
会話した後、少年は一瞬だけこちらを見て、コスプレの男と奥へ歩いていく。
ついて来いってこと? すぐに少年の後を追いかけた。


  ***


滑走路を抜ければ石造りの広大な街に出て、自分が洞窟内部にいる事にやっと気づいた。
街灯が紫一色でどこか不気味で薄ら寒く感じてしまう。
中国じゃないし日本でもない。
今あたしはどこの国にいるんだろう?

前を歩いていた2人の足が止まる。
どうしたんだろうと不思議に思って前方をよく見れば、離れた所に子どもがいた。
地面に届くほど長い髪は色素の薄い金色で、絵本から出てきたみたいな貴族の服を着ている。
コスプレの男は慌てた様子で走っていった。
少年もすぐに動き、あたしも遅れて追いかける。

「嚮主様!!
なぜあなたがここに!?」

男の子にも女の子にも見える美しい顔立ちをした子どもは無邪気な笑みを浮かべた。

「懐かしい感じがしたから。
やっぱり来たね」

そしてあたしを見て、にこりと微笑んで、

「こんにちは。
いや、こんばんは、かな?」

普通にあいさつしてきた。

「こ、こんばんは……」

戸惑いすぎて声が上ずってしまう。
なんだろうこの子、幽霊を見すぎて慣れてしまった霊能力者だろうか?
無邪気な笑みを浮かべているけど何を考えているか少しも読めない。

「初めまして、僕はV.V.だよ。
キミを連れてきてほしいって頼んだのは僕なんだ」
「キミが!?」

想像していたのと全然違っていて驚いた。
しかも名前はブイツー……C.C.の仲間みたいな人だろうか?
V.V.はくすりと小さく笑ってコスプレの男を見上げた。

「彼を『部屋』に戻してあげて。
仕事を終えたから休みをあげないと」
「は、はいっ!」

コスプレの男は戸惑った声で返事する。
彼はあたしが見えない人だから、V.V.が何もない場所に向かって独り言を言っているように見えたのだろう。

歩き始めるコスプレの男を追うように少年も動いたけど、すぐに足を止めてあたしを見た。
いつもの無表情で、だけど物言いたそうな熱い眼差しで。
感情の読めない顔をしているのに、今は不思議とよく分かった。

「会いに行くから待ってて。
また後でね」

少年は目を見張り、口を結んで小さく頷いた。
そしてコスプレの男と一緒に大きな建物の中に入っていった。

「ふぅん。
いつのまにあんな顔できるようになったんだ」

微笑みながら言ってるけど目が全然笑ってない。
張り付けた仮面みたいな表情だ。

「……後で会いに行く、か。
キミ達はいつもそんな事を言うね」
「キミ『達』?」
「あれ? 知らない?
その姿になれるのはキミだけじゃないんだよ」
「あたしの他にもいるんだ……」
「いるよ。知りたい?
それならおいでよ。教えてあげるから」

嫌な胸騒ぎは確かにあったけど、不思議な引力をV.V.から感じて心が引っ張られて仕方ない。
知りたい気持ちに負けてしまい、案内するV.V.に着いていくことにした。

街の深部まで進み、大きな神殿に到着する。
中は無人で、ふわふわのレッドカーペットが奥の玉座まで伸びている。
玉座の後ろにはギアスの紋章が刻まれた壁があってどこか不気味だ。

「キミの他にもいたんだよ。ギアスが効かなくてそんな姿をしていて。
懐かしいなぁ。シャルルが17の時だからどれくらい前だったっけ……」

レッドカーペットを歩くV.V.は微笑みながら言う。
前にテレビで見たことある。ブリタニア皇帝が確かそんな名前だった。
V.V.はギアスの紋章が刻まれた壁の前に立つ。
近づきたくない気持ちになり、V.V.とは離れた場所でピタリと止まる。

「昔、いたんだ。
吐き気のするきれいごとばかり並べて、虫酸の走る笑顔を見せて、僕の大切な人を惑わす魔女がね」

振り返ったV.V.は声音通りの微笑みを浮かべている。
だけど瞳は、あたしを見る眼差しは殺意と憎悪に溢れていた。

「みんなギアスが効かなかった。
あの女も、マリアンヌも……。
キミもそうだよね?」

V.V.が壁に手を当てた瞬間、ギアスの紋章が眩く輝いた。
赤く発光して、ゴゴゴ……と重い音を立てながら少しだけ開く。壁だと思ったら壁じゃなかった。
わずかに見える扉の向こう側は暗闇で、煙みたいな物体が流れ込んでくる。

「次から次へと現れるよね。
最初からこうすればよかった。閉じ込めるべきだった。
キミをここに連れてくるよう頼んだのはこうするためだったんだよ」

煙は生きてるような動きで一直線にこっちへ来る。
気持ち悪くて恐ろしくてすぐ逃げた。あれに捕まったら絶対ヤバイ。
来た道を全速力で一気に戻り、神殿の出入り口が見えてくる。
外まであと数秒、というところで視界がピタリと止まった。
腕に、脚に、身体に無数の煙がまとわりついている。
グイッと引っ張られ、寒さを感じないはずなのにゾッと背筋が粟立った。

「ヒ……ッ!」

ぐんと引っ張られ、V.V.のいる場所まで強制的に戻される。
わずかに開いている扉がだんだん近づいてくる。
振り払おうと千切ろうと抗ってみたけど煙はびくともしない。
あっという間に引きずり込まれ、闇の中へと放り出された。
ゴゴゴ……と重い音が聞こえ、わずかに見えていた光が遮断される。
拘束していた煙も消えた。
なのに身動きが取れない。
ここから出ないと────そう思うのに、動く気力が湧かなくなる。
『大事なもの』がだんだんとこぼれ落ちていく。
重いまぶたが閉じていき、視界が狭くなっていく。

あたしはどうして。
どうしてここに。
すぐに分からなくなってしまった。
『     』のところに帰りたいと思っていたはずなのに。

うずくまっていれば、そばで誰かの気配を感じた。

「大丈夫よ。あなたは帰れる。
だってあなたの心はどこへでも行けるもの」

きれいで軽やかな声に励まされる。
初めて聞く女の人の声に、重いまぶたをわずかに開いた。
金の髪の、深く澄んだ青の瞳の────

「────ミレイ?」

女の人はにこりと笑う。
ミレイだと思ったけどよく見たら違う。
似てる人だ。
だらりと下がる手を女の人は握ってくれた。
こぼれ落ちたものが全て戻ってくる。

「自分を助けてくれる人のところに行きたい、そう思ったら行けるわ」
「助けてくれる人のところに……?」
「行きたい、ってね」

不思議な人だ。声を聞くだけで安心する。
今なら何でも出来る気がした。

「あたしを助けてくれる人のところに!」

行きたい!!と思えば、闇一色の空間がぐるんと反転して、貴族が暮らしていそうな一室に変わった。
無事に瞬間移動できたようだ。
天井に吊されたシャンデリアがきらきらと輝いている。
握ってもらっていた手が、そばにいた女の人がどこにもいない。
行きたいところに自分しか行けないのを初めて悔しく思った。

後ろで誰かがピアノを演奏し始めてドキッとする。
ナナリーのラジオで聞いた曲だ。
そろりそろりと体の向きを変え、息を飲む。
オレンジ色のドレスを着た、ウェーブのかかった艶やかな黒い長髪の、マリアンヌさんみたいな人がピアノを弾いている。
演奏の手を止め、彼女はバッと振り返った。
その顔に思わず口があんぐり開く。


 《マリアンヌさん!?》


喋ったはずなのに言葉が声にならない。
驚いた顔をしていたマリアンヌさんは柔らかく微笑んだ。

「その姿……あなたが今の『観察者』ね?
生きているうちに会えるとは思ってなかったわ。
初めまして、私はマリアンヌよ」

朗らかな声で友達に話すように言う。
彼女の笑顔は、あたしが抱いてたマリアンヌさんのイメージとは違い、元気で生き生きしたものだった。


[Back][次へ]
 
 


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -