22-1

寝起きすぐに、目が飛び出るほど驚いた。
地上からかなり離れた上空にいたからだ。

大きな山が広がっていて、その先には正方形の街。
小さく見えるけど多分すごく大きい街だ。
その街を挟むように二つの河が流れている。

どこだ、ここ?
トウキョウ租界じゃないのは確かだ。

目覚める前の事を思い出そうとしたけど、カレンとクレープを食べたところまでしか覚えていない。
カレンと帰った後の、それ以降が少しも思い出せない。
寝落ちして幽体離脱したのだろうか?

思い出せないなら仕方ない。ここは気持ちを切り替え、トウキョウ租界まで戻らないと。
ルルーシュのところに帰らないと。
日没の時間になり、一気に空の色が暗くなる。
鮮やかな夕焼けに染まる山があっという間に夜闇に塗り潰され、正方形の街だけが煌々とした。
人が住んでいるのはあの街だけか。
それ以外に人工の明かりは無さそう────と思ったら、山のほうで小さな光がチカチカしているのを発見した。
星みたいな光だ。モールス信号のように点滅していて、その光がひどく気になった。山を目指して一直線に降りていく。
上の登山道は人の手で整備されているが、それ以外はひどい獣道だ。
チカチカした光は断崖絶壁じみた急斜面の下の方から見える。
生身だったら絶対降りられないなこの斜面……と思いながら飛び込み、下に降りた。
光の正体は懐中電灯で、真っ暗闇の中で男の人が倒れている。
けっこうヤバそうな感じで血の気が引いた。

「大丈夫ですか!?」

慌てて声をかければ、男の人は懐中電灯を点滅させるのを止めた。

「誰だ……キミは……」

苦しそうに喋る声はかすれている。
男の人は怪我をしているのか小さく呻いた。

よかった。この人はあたしが見える人だ。
少しも驚かないのは真っ暗だからだろう。

「キミは……いや、キミが誰かはどうでもいい。
昨日、雨が降っていただろう? 足を滑らせて落ちてしまったんだ。
腰の骨を折ってしまったかもしれなくてな……。
私はひとりでここに来た。
すまないが、洛陽 ラクヨウにいる誰かを呼んで来てほしい」

初めて聞く地名に少し驚いた。
ここは本当にどこなんだろう?

「すぐ近くの街ですよね? 分かりました!」
「……キミはここの人間ではないんだな。
私の名は黎 星刻 リー・シンクー
朱禁城の武官のひとりと言えば、必ず誰かが来てくれるはずだ」
「はい。
あたしは七河空です。
待っててください、すぐ助けを呼びますから」

ふわりと舞い上がり、街の明かり目指して真っ直ぐ全速力で進む。
5分くらいで街に到着した。
ここは中国だろうか?
テレビや映画で見たことある景色に、三国志の世界にトリップしたのではと勘違いしそうになる。
正面の大通りに着地した。
石畳の幅広い道が遠くまでずっと伸びている。
屋台が軒を連ねていて、行き交う人達はみんなが質素な服を着ている。

「……そうだ。シンクーさんを早く助けないと」

初めての中国に感動している場合じゃない。
まずはあたしを見ることができる人を探さないと。

「すみませーーーん!!
この声聞こえる人誰かいませんかーー!!?」

思いきり声を張り上げたものの、誰もこちらを見ようとしない。気づいてくれない。
人の身体を無差別にすり抜けて飛んでみても、誰も悲鳴を上げなかった。
なら家の中は?
不法侵入しまくったけど、やっぱりあたしに気づく人は誰ひとりいない。
これじゃあ本物の幽霊だ。
都をぐるりと回り、最後にたどり着いたのは中央にある巨大な朱色の門。
空中で目視すれば、都で一番偉い人が住んでいそうな宮廷が確認できた。
門番は2人。堂々と通ったが気づいてくれない。
奥へ奥へ進めば、隅々まで手入れされている見事な庭園に出た。

「ここにいる人は気づいてくれるかな……」

もし見える人が誰もいなかったら?
不安だけど、今は前に進まないと。

庭園を進んだ先に、シンクーさんが言っていた朱禁城らしき建物があった。
正面には2人の守衛がいて、堂々と横をすり抜けてもノーリアクションだ。
見える人を探して奥へ進めば建物の雰囲気ががらりと変わり、華やかで豪華な内装になる。
『絢爛豪華』という言葉がピッタリだ。
そわそわしながら進めば、向こうから法師様みたいな格好の人が複数歩いてきた。
薄い褐色の肌の人、小さな背の人、小太りの人、顔を白塗りにした人。
視線がぶつかり、あたしに気づいたみたいに歩みを止める。
目を大きく見開き、息もできない様子で驚いた。

「なんということだ……」

誰かが呟いた。見える人に会えてよかった。
先頭にいる顔を白塗りにした人が膝をついて屈んだ。

「我らとは違った御姿。
あなたは戦の女神、九天玄女 キュウテンゲンニョ様ですね」

法師さん達は一斉に膝をつき、厳かな対応に困惑する。
白塗りの人は立ち上がることなく続けた。

「私は高亥 ガオハイと申します。
顕現されたことを永年に感謝致します」

この感じ……キュウテン、ゲンニョ?だったっけ。
日本で言う『精霊』みたいな存在なんだろう。物凄い勘違いをされてしまった。
否定しそうになったけど、シンクーさんの事を思い出して慌てて口を閉じる。
救助をお願いすれば、命を懸けて必ず救出致しますと返事をしてくれた。
すぐに動いてくれてホッとする。
シンクーさんのところまで案内しようとしたら、何故か法師さん達に猛烈に拒否された。
この国を統べる人に会ってほしいそうだ。
ニコニコ笑うガオハイさんに付いていく。
このまま行っていいのだろうか? 事態がものすごく大きくなっていく予感がする。
いやでも、罪悪感から逃げたらシンクーさんはどうなるんだろう。
救出されたかどうか、ちゃんと見届けないと。

案内された先には暗い緑色の服の守衛さんがいて、深々と礼をして扉を開けた。
ガオハイさんに促されて入室する。
輝く鳳凰が壁に描かれた朱色の部屋にひとりの幼い少女がいた。
銀髪に赤い瞳の可愛らしい顔立ちをしていて、桃色の花飾りの冠を頭に乗せ、着ている服はため息が出るほど美しい。
お姫様はあたしが部屋に入った途端、深々と頭を下げた。
 
「はっ、初めまして九天玄女様。
わたしは89代目の天子、です。
この地に顕現されたことを永年に感謝致します。
どうぞこちらに……」

こんな幼い子が国を統べる人だなんて。
ガチガチに緊張する少女に胸が痛くなった。この子には本当の事を言わないと。
後ろに控えるガオハイさんを見る。

「すみません。天子様と二人きりにしてください」

深々と一礼し、ガオハイさんは部屋を出た。
二人きりになり、天子ちゃんはさらに縮こまる。
ぶるぶる震え、息すらできない様子だった。

「怖がらないで。
あたしはキュウテンゲンニョじゃないの」

近づいたらもっと緊張させてしまう。
離れたまま言えば、天子ちゃんは驚いて顔を上げた。

「あたしはただの幽霊だよ。
身体を抜け出してここにいるの。
幽体離脱できるけど普通の人間だから、あなたが思っているキュウテンゲンニョじゃないからね」

理解が追いつかないのか天子ちゃんは絶句している。
今にも倒れそうな顔色だ。
 
「本当にキュウテンゲンニョじゃないの。こんな姿してるけど普通の人と一緒だから。
お願い、信じて」

絶句していた天子ちゃんがやっと口を開く。

「でも……あなたのことはみんな九天玄女様だって……」
「それはあの人達が勝手にそう思っただけ!!
……誤解を解かなかったあたしも悪いけど。
あたしの名前は七河空だよ。
ここには助けを呼ぶために来たの」
「……助けを、ですか?」
「あっちの山で動けない人がいるの。
でも大丈夫だよ。今、助けに行ってくれているから」
「よかった……」

ホッと息をこぼした後、天子ちゃんはやっと年相応の笑みを見せた。
と思ったら、慌ててビシッと姿勢を正す。

「あ、あのっ!
あなたは本当に九天玄女様ではないんですよね?」
「うん。あたしは違うよ。ただの一般市民。
だからそんな固い言葉は使わないで。
あたしのことは空って呼んでほしいな」
「空……」

確かめるように呟き、天子ちゃんはにっこり笑った。
ぽかぽか暖かい太陽みたいな笑顔だった。

「うんっ」

胸がキュンとする。かわいすぎて溶けそうになった。
天子ちゃんは立ち上がり、ぱたぱたと走り寄って来る。
ああもう本当にかわいい! 生身だったらハグしたかった!!

「ねぇ空!
あなたはどこの国から来たの?」
「日本だよ。
……あ、今はエリア11か」

天子ちゃんの元気いっぱいだった顔が、しぼんだようにシュンとなる。

「わたし、朱禁城から出たことがないの……。
外の世界は知らなくて……あなたの国がどこにあるか分からないの……」

ガオハイさんや法師さん達は、この子に外の世界を教えてないのか。

「……そっか。
あたしの国はね、ここから東にずっと進んだところにあるの。
海に囲まれている島国だから、地図があればすぐに分かるはずだよ」
「海?」

シュンとしていた天子ちゃんの顔が、花が咲いたみたいに輝いた。

「わたし、それ知ってる!! すっごい大きな水たまりなんでしょう?
その水はしょっぱいって聞いたわ!!」
「聞いた? 教えてくれる人がいるんだね」

なんだかすごく安心した。
その人がいたら天子ちゃんはひとりぼっちじゃない。

「その人の名前は? どんな人か教えてほしいな」
「うん! 星刻っていうの!!」
「え!? シンクーさん!?」

驚いた。
まさか天子ちゃんから彼の名前が出るなんて……。

「え? 空は星刻を知ってるの?」
「うん。だってシンクーさんは……」

口をギュッと結ぶ。これは絶対言ったらダメなやつだ。
山で動けなくなってるのがその人だよ、なんて言えば、天子ちゃんは絶対心配する。

「少し会っただけだよ。
ごめん。ちょっとここで待っててくれる? 救助隊の人達を手伝ってくるね。
真っ暗な山を捜すのは大変だと思うから。
もしガオハイさんが戻ってきたら、神様に呼ばれて外に行ったって伝えてほしい」

天井をすり抜ける。
空めがけて上昇し、高く高く上空へ。
チカチカ光るサインを目指して山に飛んだ。
居場所を知っていると到着は早い。
シンクーさんの元へ降り立ち、声をかけた。

「シンクーさん!」
「……!!
その声は……!」
「あたしです。助けを呼びました。
今ここを目指しています。もう少し待っていてくださいね」
「これで天子様の元へ帰れる……。
……ありがとう。キミが来なければ、私は死んでいただろう。感謝する。
すまないが、ひとつ聞かせてもらいたい」
「はい。何ですか」
「あなたは……」

聞きづらい事を聞くつもりなのか、シンクーさんはどこか躊躇っている感じだった。
ひと呼吸してから彼は言う。

「……あなたは人ではない存在か?」
「え?」
「ここは簡単に人が行き来できる場所ではない。
私の元に来てくれた時、草葉を踏み歩く音がしなかった。
教えてくれ。あなたはこの山に宿る精霊か?」

落ち着いた声だ。
あたしを冷静に見定めようとしている。

「違います。あたしはただの幽霊です。
幽体離脱って言えば分かりますか?」
「そんなことが……」
「あるんです。
あたしの名前は七河空です。
死んでないですよ。今も生きています。
エリア11に住んでいて……」
「わかった。信じよう」
「え!?」

すんなり受け入れてくれて、むしろこっちが戸惑った。

「なぜ驚くんだ?
嘘を言っているわけではないのだろう?」
「う、嘘じゃないです本当です。
まさかこんな早く信じてもらえると思わなくて……。
幽体離脱で外国に行くなんて普通じゃ有り得ないし……」
「そうだろうな。
確かに人は、自分の考えが及ばない現象はまず否定するだろう。
だが、私は疑いも否定もしない。
あなたが救ってくれた事は、私にとっての真実だからだ」

はるか頭上で声が聞こえ、あたしとシンクーさんはハッとする。
松明の明かりが連なって動いているのが見える。助けだ。
懐中電灯を点滅させながら、シンクーさんは声を張り上げる。

「私はここだ! ここにいる!!」

松明の明かりめがけて飛んだものの、救助隊にあたしが見える人はいなかった。
時間はかかったものの、シンクーさんは無事救出された。

 
  ***


シンクーさんは平屋の病院らしき施設に運ばれた。
診察の邪魔をしたらダメだと思い、天子ちゃんの待つ鳳凰の部屋に戻ることにした。
部屋に戻れば一番最初にガオハイさんが出迎える。

「九天玄女様!
武官の黎 星刻を救出致しました!!」

ニコニコご機嫌な様子で、ガオハイさんは唄うように言う。
テンション高いなぁこの方。
ガオハイさんの後ろで天子ちゃんがうつむいたまま震えていた。
二人きりにしてほしいと頼み、ガオハイさんが部屋を出てすぐ、天子ちゃんの元へと行く。
まんまるな瞳に大粒の涙を浮かべていた。

「し、星刻しんじゃうの……?」

浮かんでいた涙がぼろぼろっとこぼれ落ちた瞬間、あたしの中の怒りが沸点を越えた。
誰だ!! 天子ちゃんを泣かせる事言ったのは!!

「死ぬわけないじゃないっ!
誰!? 誰がそんなこと言ったの!!」

思わず怒鳴り、ハッと我に返る。
天子ちゃんは怯えた表情で硬直していて、サァッと血の気が引いた。

「ご、ごめん、天子ちゃんを怒ってるわけじゃないの。
ただ、あなたを泣かせること言ったヤツが許せなかっただけだから」

天子ちゃんの頭を反射的に撫でようとしたら、そう言えば触れなかったよなと思い出し、出した手を慌てて引っ込める。
なんて不便な身体なんだろう。
触れないなら、言葉だけで天子ちゃんの涙を止めるしかない。

「いい? シンクーさんは怪我してるけど、死ぬようなひどい怪我じゃなかったから。
あたしはさっきまでシンクーさんのそばにいて、ずっと話をしていたの」

すぐには信じられないのか、天子ちゃんは不安そうだった。
シンクーさんが死ぬなんて言ったのはガオハイさんだろう。天子ちゃんのそばにいたし。
初めて会うあたしより、ずっとそばにいるガオハイさんの言葉を信じてしまうのは当然だ。

「あたしの言葉か、他の人の言葉、天子ちゃんはどっちを信じたい?
どちらが本当か分からない時は信じたいほうを信じるの」

ぐしゃぐしゃになっていた泣き顔を、天子ちゃんは小さな手でもみもみする。
再びあたしを見た天子ちゃんは雨上がりの晴れやかな顔をしていた。

「わたし……空の言葉、信じたい……」
「うん。大切な人だもんね。
あたし、シンクーさんの様子を見てくるよ。
怪我の治療がもしかしたら終わってるかもしれないから」

扉をすり抜けて廊下に出れば、誰かのひそひそ声が小さく聞こえた。
内容は聞き取れないけど悪口を言ってるような、何か企んでいるような嫌な感じがした。
通路の天井はけっこう高いところにある。
忍者みたいに張りつき、ふわふわと浮遊しながら話し声がする方へ行く。
死角で見えない場所で法師二人が隠れていた。

「天は我らに告げているのだろう。
今が戦端を開く時であると」
「相手が超大国のブリタニアだとしても負けはないじゃろうな。
なにせ、我が中華連邦には勝利と繁栄をもたらす九天玄女がついておる」
「まずは手始めに隣国から攻めるのが良いな。
占領されて間もないから疲弊しきっておるじゃろう」

盗み聞きした会話にゾッとする。
この人達、戦争して他の国を侵略する気だ。九天玄女なんて曖昧な存在を信じきって。

今さら人違いですなんて言えない。
シンクーさんの救助を頼んでしまったから。
真実を言えばシンクーさんに迷惑をかけてしまうかもしれない。
ここを今すぐ出ていかないと。
でも、その前にシンクーさんと天子ちゃんに話しておかないと。何も言わずに消えたくない。
でも話したら天子ちゃんをまた泣かせてしまうかも……。
想像しただけで胸が痛い。ここはシンクーさんに伝えてもらおう。

そうだ。天子ちゃんに大事なことを言っておかなければ。
再び天子ちゃんのいる部屋に戻った。

「ごめんね、なんか行ったり来たりで。
天子ちゃんにお願いがあるんだけど、あたしがキュウテンゲンニョじゃないってこと、ガオハイさん達にはナイショにしてほしいの」
「どうして?」
「あたしをキュウテンゲンニョだと思ってくれたから、ガオハイさん達はシンクーさんをすぐ助けてくれたの。
だから、ね?」

天子ちゃんは頷いて了承してくれて、ホッとしながら部屋を出た。
シンクーさんのいる病院へ急いで行けば、あっという間に目的地に到着した。
病室はひと部屋だけ。
たくさん並ぶベッドのひとつに横になっているのを発見する。
暗い山の中では分からなかったけど、シンクーさんはものすごく美しい男の人だった。
容姿端麗、そんな言葉が頭に浮かぶ。
さらさらの長髪は光を放ってるみたいに艶やかだ。

「シンクーさん」

離れた場所から声をかける。

「その声は……」

顔だけを少し上げたシンクーさんはあたしを見たのに驚かない。

「……あなたか。本当にただの霊体だな。
霊体でなければ、城下にいる娘となんら変わりない。
話は聞いたぞ。大宦官 ダイカンガンに九天玄女だと思われているようだな」
「だいかんがん……大宦官、ガオハイさん達の事だよね。
もしかして違うって言っちゃいました?」

不安で前のめりに聞けば、シンクーさんは首をやんわり振って否定した。

「いいや。私も九天玄女で通している。
大宦官がすぐに動いたのはあなたを九天玄女だと思ったからだろう」

よかった。
ホッとしたけど、安心できないことを思い出す。

「シンクーさん。
さっき廊下で聞いたんだけど、大宦官は他の国相手に戦争するかもしれないんです。
キュウテンゲンニョは勝利と繁栄をもたらすからって」
「何だと!?
愚かな!! そんな不確かなものが勝利をもたらすわけがない!!」

シンクーさんが怒りをあらわにする。
その言葉だけで、この人がこの国で一番信頼できる人だと思えた。

「今さら人違いですなんて言えなくて……。
すぐにここを出ようと思ってるんです。
そのことをシンクーさんに話したくて……」
「……そうか。
別れを告げに来たのか」
「はい。シンクーさんにお願いがあって……。
天子ちゃんに、あたしは自分の住む国に帰ったって伝えてほしいです。
自分の口からだと言いづらくて……」
「天子、ちゃん……!?」

シンクーさんが真顔で目をカッと見開き、土下座したい衝動に駆られた。

「ごっごめんなさい!!
天子様をちゃん呼びは失礼でしたね!!」
「い、いや……。
天子様をそんな親しげに呼ぶ者は今までいなかったからな……。
……構わない。きっと天子様なら喜ぶだろう。呼びたいように呼ぶといい。
あなたの事は、私が天子様に伝えよう。
別れは口にしづらいだろうからな」
「ありがとう、シンクーさん」
「はい」

ふわりと華やかに微笑んだシンクーさんは、次に真剣な顔で凜と見つめた。

「七河空というあなたの名、我が心に刻みました。
いつか必ずあなたの国へと赴き、命を救っていただいた恩を必ずあなたにお返し致します」

照れてしまう言葉をサラッと言うシンクーさんに、あたしは頷くだけで精一杯だった。
突然、シンクーさんが扉に顔を向ける。
耳をすましてやっと、こちらに近づく気配を感じた。

医者か大宦官の誰かだろうか?
大宦官だったらかなりマズイ!!

「じゃ、じゃあねシンクーさん。またいつか!」

慌てて天井をすり抜け、外に出る。
日本と違う満天の星空めがけ、急上昇した。都がぐんぐん小さくなっていく。

シンクーさんと天子ちゃんにまたいつか会いたいな。
不思議と、またすぐ会える確信を抱いた。


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