21-4

マオが操作したのだろう。
電光掲示板には『メリーゴーランドの場所で待っている』とだけ表示されていた。
C.C.は正面ゲートをくぐってクロヴィスランドに足を踏み入れる。
人で賑わった昼と違い、閉園した無人の遊園地は暗く不気味で寒々しかった。

指定された場所に到着した瞬間、園内の全てのアトラクションが華やかにライトアップされ、そばの巨大モニターには花畑が映り、白馬のメリーゴーランドが回り始める。
マオは回転する白馬のひとつに乗って現れた。
はしゃぐ幼い子どものように手を振りながら。

「C.C.〜! キミは何て静かなんだ!
キミの心だけは読めないよ! やっぱりキミは最高だ!!」
「相変わらず子どもだな」
「白馬の王子って言ってほしいなぁ。キミを迎えに来たんだからさ。
アハハハッ嬉しいだろC.C.?」

白馬から飛び降り、メリーゴーランドを囲う柵をまたいで地面に着地する。
マオが近づこうとする前にC.C.は口を開いた。

「マオ、その前に教えてほしい。
お前が空に使った薬は何だ。危険な薬なのか?」
「危険な薬!? そんなの、ボクがソラに使うわけないよ!
大丈夫だよ。あれはボクがいつも寝る時に使ってる薬だから。
あれ、前のと違ってよく効くんだ。ぐっすり眠れるんだよ。
ソラには眠って欲しくて使ったんだ。
連れていこうとしたら……イタタ、メイドのニンジャ女に邪魔されちゃって……。
ソラのいる病院がどこか知ってるから、もう一度ソラのところに行こうって思ってるんだ。
今度は失敗しない。C.C.とボクとソラと、3人で一緒にいるために頑張るよ」
「マオ、前にも言ったはずだ。
私はお前のそばにはいられない」
「え……?
じゃあどうしてボクのところに来たの? ボクのこと大好きだからC.C.はルルーシュにさよならしたんだよね?」
「違う。そう言わなければいけない状況をお前がつくったからだ。
私はお前のそばにいるために戻ってきたわけではない」
「そんなのウソウソ!
C.C.はボクのこと大好きなんだ!」

マオはつけていたヘッドホンを外し、C.C.に聞かせるように差し出した。
聞こえてきたのは、昔、マオを安心させる為に用意した自分の声。
子を愛する母のような優しい言葉の数々だ。

「やめろ!」
「C.C.キミがいなきゃ! キミがそばにいないとダメなんだ!」
「やめろ!!」

近づこうとするマオに、C.C.は隠し持っていた銃を突き付けた。

「最初からこうしておくべきだったんだ……」

今、マオが自分の前にいるのは、自分を慕ってくれたマオを捨てることができなかった自分の甘さが原因だ。
あの日、マオから去ろうとした夜明け前のあの時、眠るマオを殺していればこうはならなかった。
C.C.は迷わず銃口を向ける。
けれど、どうしても引き金を引くことができなかった。

先に動いたのはマオだ。
銃声が響き、衝撃が右腕を貫いた。
C.C.は燃えるような痛みに膝をつき、マオに撃たれたことを理解する。

「やっぱりC.C.はボクを撃てなかった! C.C.はボクが好きなんだよ! ハハハハハハッ!」
「違う! 私はお前を利用しただけだ!」
「何言ってんの? ウソはいけないよ、ウソは」

マオは躊躇うことなく銃を撃つ。
手早く4発、四肢を撃ち抜いた。

「ウソはダメなんだよ! ウソはッ!」

聞き分けのない子を叱るような口調だった。
マオは倒れるC.C.に優しく笑いかけ、銃を下ろす。

「心配しないで。ボクはわかってるから。
C.C.あのね、ボク、オーストラリアに家を建てたんだ。
白くてキレイなとても静かな家」

遠くを見てうっとりしていたマオは、不満そうに顔を歪ませる。

「……だけど、オーストラリアに行くには飛行機に乗らなくちゃいけないんだ。
でもC.C.を飛行機に持ち込むにはちょっと大きすぎる……」

激痛に うめくC.C.には目を向けず、マオはメリーゴーランドの裏に行った。
そして、大きなチェーンソーを手に戻ってくる。

「だからさァ……コンパクトにしてあげる!!」

耳障りな金属音と共にチェーンソーが回転する。

「これならあっという間だよォ!!」
「罰のつもりか……。私への……」
「違うよ。違う違う違う違う、違うんだよォ。
これは感謝の気持ちだよォ!」

マオは心の底から感謝しているような笑みを満面に浮かべた。
だけどC.C.には分かっていた。マオが自分を恨んでいると。
そばにいると言っておきながらマオを捨てた自分を。
ギアスのせいで、マオをここまで狂わせてしまった。
チェーンソーを動かしたまま、マオは軽い足取りでC.C.のそばまで行く。

「じっとしててね。すぐに終わるから」

動けないC.C.がギュッとまぶたを閉じた時、巨大モニターに突然ノイズが走った。
マオはチェーンソーを止めてモニターを凝視する。
花畑の映像が東京タワーに変わった。

『やはりそこにいたか』

さらにルルーシュまで映り、C.C.もモニターを凝視する。

『他人の声が邪魔にならない場所なら、おのずと位置は絞り込まれる。
お前のギアスの有効範囲は最大500メートルなら、この東京タワーまでは届かない』
「ヒャハッ! 確かに確かに!
でもねぇ、それでどうするつもり?
色々とハッキングして頑張っちゃったみたいだけど。
他のオモチャも遠隔操作してボクを襲わせるのかなァ?
それともその達者な口でボクを言い負かすの?」

沈黙するルルーシュに、マオは呆れたように鼻を鳴らす。

「お〜い。今度はだんまりかい?
C.C.が欲しいのならお前も……」
『マオ。お前まさか、C.C.というのが本当の名前だと思ってるんじゃないだろうな?
俺は知っている。本当の名前をな』

マオは大きく目を見開き、C.C.をバッと見る。

「そうなのC.C.? ボクには教えてくれなかったのに……。
どうしてあんな奴に!?」
『わかっただろう?
C.C.はこの俺のものだ。
C.C.はな、俺のものなんだよマオ』

「ちがーうッ!!」

喉が張り裂けるような怒声を上げ、マオは全力で否定する。

「違う違う違う違う違う違う違う!!
ずーっと前からボクだけのC.C.だったんだ!!」
『俺はC.C.の全てを手に入れた。
お前が見たこともない部分も含めて、全てをな』

ルルーシュの自信に満ち溢れた笑みと、
あざける言葉がマオを逆上させた。

「ルルゥーシュゥゥ…!!」

チェーンソーを動かし、マオは怒りに任せてモニターを叩き斬る。

「出てこーい!! ルルーシュゥ!!」

何度も、何度も、何度も何度も斬る。
ルルーシュの顔が消えてもマオはずっと斬り続けた。

「こっちに来い!! ボクの中に来い!! お前を覗き見てやるぅ!
このォ! ウソつきィィ!!」

モニターが割れて雨のように火花が散る。

『マオ、お前の負けだ』

まだ生きているスピーカーからルルーシュの声が聞こえた。

「何言ってるんだ!
もういい、ボクはC.C.と────」

無数の心の声が、ざわざわとした喧騒が聞こえ始め、マオは言おうとした言葉を途中で飲み込んだ。

「ルルーシュか!? でも距離が……!!」

東京タワーにいるはずだ。ここに来れるはずがない。
何故?と疑問に思った瞬間、武装した警官が大勢現れた。
銃を構えたナイトポリスも1騎駆けつける。

「そこまでだ!
武器を捨て、投降せよ!!」

状況が把握できないマオは戸惑うばかりだ。
さらに垂直離着陸機 VTOLまで飛来し、マオを頭上から照らしてくる。

「誘拐犯に告げる!
武器を捨て、投降せよ!」
「け、警察!?
誰だ! 通報したのは!!」

到着した警官達は迅速な動きでマオを取り囲む。
怯えて立ちすくむマオは警官の壁の向こうにいるC.C.を見た。
警官の服を着たルルーシュがC.C.を起こし、抱き上げている。
いるはずのない人間がここにいて、マオは大いに動揺した。

「ウソだ! だってさっきまでタワーにいたじゃないか!」

マオの絶叫にルルーシュは顔を向け、勝者の笑みを浮かべた。

「(お前バカか?
録画だよ、今までのは)」
「ウソだっ!!
だって! だって喋ってたじゃないかボクと!」

聞こえた心の声にマオは叫んだ。

「(お前の思考はシンプルすぎる。
心を読めるのがアダになったな)」
「ボクの答えまで予想できたってのか!? ふざけんなこのガキィ!
警察に捕まってもなぁ、すぐ出てきてやる!!」

怒鳴れば警官達の心の声が聞こえてくる。
どれもこれも耳を塞ぎたくなる罵声ばかりだった。

「うるさい!! ボクの悪口を言うなーっ!!」
「(……ふふふ。
C.C.が教えてくれたよ。お前はギアスをオフに出来ない。
しかし、有効範囲は集中力次第)」
「ボクの気をそらす為にモニターを使った!?
でもなぁ、ボクにはまだお前に勝つ方法があるんだよ!」
「(それをやった時がお前の最後だ)」

ルルーシュはC.C.を抱き上げたまま、その場を離れた。

「何が最後だ!
ポリスども、よーく聞け!! そこにいる奴がテロリストのォ〜!」

マオの言葉を最後まで聞かずに、現場の指揮を取る警部が発砲許可を出す。

「撃てぇ!!」

集中砲火の凄まじい銃声は、マオの名を叫ぶC.C.の声を掻き消した。


  ***


租界に並ぶビルの一つに垂直離着陸機 VTOLが着陸する。
ギアスをかけられたパイロットはルルーシュとC.C.を下ろした後、夜空へと飛び立った。
見送るように空を仰ぐC.C.の服は血に染まり、ひどく痛々しい。

「痛みはまだ残っているのか?」
「いいや。傷と共に消えた。
……すまないな、ルルーシュ。本当は私が引き金を引くべきだった。
私が終わらせるべきだったのに」

ルルーシュは沈黙する。
C.C.を見つめる眼差しはいつもと違って労るような優しさがあった。
だからなのか、C.C.はルルーシュから背を向け、ぽつりぽつりと話す。

「……契約した時、マオはたった6歳で……孤児だった。
読み書きも、親の愛情や善悪も、何も知らなかった。
私が与えたギアスの力はマオから人を遠ざけた。
だから私は、マオの親友で恋人で、他人だった……。
私だけがマオにとっての人間だった。世界の全てだったんだ……」

悲痛な声だ。彼女の背中に思わず、

「C.C.」

ルルーシュは彼女の名前を呼んでいた。
そして、心に芽生えた決意を口にする。

「俺はギアスに負けたりはしない。
この力を支配して使いこなして、この世界を変えてみせる!
俺の願いも、お前の願いも、まとめて叶えてみせる。
奴に果たせなかった契約を俺は実現してやる。だから、」
「ルルーシュ」

C.C.は言葉を遮り、振り返った。

「慰めか? 哀れみか?
それとも……執着か?」
「契約だ」

キッパリと断言するルルーシュの瞳は、凛と生きる力強さが宿っている。

「今度は俺からお前への」

C.C.の口が驚きでわずかに開く。
しかし、次には微笑みの形で唇を結んだ。

「いいだろう。
結ぼう、その契約」

差し出した自分の手をすぐ握るルルーシュに、C.C.は強く決意する。
『この男の願いを叶えるまで、共犯者として生きよう』と。


  ***


クラブハウスへの帰路の途中、ルルーシュ達は病院に立ち寄った。
空は変わらず眠り続けている。

「マオが空に投与した薬はマオが眠る時に使っていたものだ。
入手経路をたどればその薬が何か分かるだろう。
だが、マオのそれはただの睡眠薬じゃない。
前のと違ってよく効く、と言っていた」

C.C.から得た情報にルルーシュは唇を噛んだ。
薬は服用すればするほど効かなくなっていく。
眠る為に使い続けて、効かなくなったら用量を増やし、もしくは強烈に効く薬に切り替える。
そうやって毎日常用していたに違いない。
よく効く、とマオが言うなら、その薬は空にとっては猛毒だ。
目覚めたとしても、取り返しのつかない後遺症が残る恐れがある。
それ以前に目覚めるかも分からない。

「空……ッ」

触れたら崩れてしまいそうな弱々しい姿に、C.C.は見ていられなくなって顔を背ける。
月明かりが照らす病室に、ふわりと浮かび現れたのは空の霊体だった。
赤目の登場にルルーシュとC.C.は全身で警戒する。
気だるそうな顔の幽霊はゆらゆらと揺れ、不安定でどこか薄っぺらい。
わずかに開いている目は禍々しい赤色ではなく、ぼんやりと薄い色をしていた。

「久しぶりだな。何故ここに来た」

弱々しかったルルーシュがいつもの強さを取り戻す。
敵意を含んだ冷酷な声に、C.C.は安堵の笑みをふっと浮かべた。

「最悪だよ……本当に……」

口を開き、赤目が喋る。
空の声で疲れきった言葉を吐いた。

「世界一周……満喫してたのにさぁ……。
あのクソ気持ち悪いの、アイツのせいで……邪魔された……。
アイツ何? 本当に……気持ち悪いんだけど……」

薄い紙がペラペラと揺らめくような動きで赤目は不満をぐちぐちこぼす。
あのクソ気持ち悪いの? マオの事か、とルルーシュは内心呟いた。

「アイツのせいで……防衛機制が働いた……」
「防衛きせい?」
「心理学用語だ。自分を守ろうとする、無意識的な心の働きだが……」
「離れ……ばなれになるんだよ……。
助けてくれる人がいるところに……行っちゃうんだ……。
そこが例え夢の中でも……今じゃない、すごい遠いところでも……。
ボク迎えに行くからさぁ……ルルーシュは……帰り道を用意して……」
「帰り道?」

曖昧な表現で頼まれ、ルルーシュはわずかに困惑する。
赤目は小さく舌打ちした。

「音でも声でも何でもいいから……。
その帰り道を用意したのがルルーシュって気づいたら……戻って来られるから……」
「……それは確かか?」
「ああ……そうだよ不死の魔女……」
「魔女、か。
お前にはそう呼ばれたくはないな」

だるそうにゆらゆらしていた赤目は、顔を上げてC.C.を見てニヤリと笑んだ。

「それじゃあ、どう呼ばれるのがお望みなのかな?
C.C.? セラ? それとも、セリスフィール・クランかな?」
「……ッ!?
お前、お前は……!!」

うろたえるC.C.に赤目はケラケラ笑う。

「それじゃあ黒の皇子、頼んだよ」

ぐらりと崩れ落ち、赤目は空に倒れ込んで消えた。
C.C.の本当の名前が判明したが、顔面蒼白の彼女を見て、その話題には触れないほうがいいだろうと判断した。


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