21-3

地下には循環システムが広がっている。
エレベーターを降りればすぐに目的地だ。
進めばすぐに、薄暗く大きな空間に出る。
奥には滝があり、小さな水路が左右にある。
マオは最奥の石段に腰掛け、空に気づいて立ち上がった。
嬉しそうな笑顔をキラキラさせている。

「ソラ!!
ありがとう! ちゃんと一人で来てくれたんだねっ」

はしゃぐ子どものような声だ。
空の瞳に怒りが宿る。

「一人で来なきゃバラすって言ったのはマオじゃない」
「ごめん。ああ言わないとソラが来てくれないと思ったんだ。
ねぇ、どうして行かないって言ったの?
自分で決めたんだよね? ちゃんとした理由を教えてよ」
「ルルーシュに全部聞いたから。
マオのところに行くわけにはいかなかったの」

ずっと探していると言っていた。
優しくて静かな大切な人を。
C.C.を探していたはずなのにどうして。
空は掴みかかりたくなるほどに憤る。

「どうしてあんなことをしたの?
ルルーシュを殺そうなんて、どうして?
マオは次に何をするつもりなの。
シャーリーの時みたいに、あたしにも何かするの?」

怖くて膝が震えてしまう。
マオはもしかしたら自分じゃなくてナナリーに手を出すかもしれない。
マオは血相を変えて否定した。

「ソラは別だよ! キミにはあんなことしない!!
ルルーシュに罰を与えたかったんだ。
アイツはソラを好きでいる資格なんてないから」
「罰……?」

考えもしなかった理由に唖然とした。

「許せないんだ。
好きだと思っているくせに他の事を優先して。なのにそばにいたい、だなんて。
おかしいよね。ボクのほうがソラのこと好きなのに。
どうしてボクじゃなくて、キミのそばにアイツがいるんだろう」

マオは満面の笑みで石段を降り、こちらに向かって大股で歩いてくる。
電話で話していた時の恐怖を感じて後ずさりすれば、マオは早歩きで距離を縮めてきた。
 
「どうしてそんな顔するの? ボクを怖いって思うアイツらみたいな顔を、どうしてキミもするのかな?」

ヒッと息を呑み、後退しようとした足がもつれて転倒する。
マオは一気に至近距離に。
空は息が出来ないほど緊張した。

「……そっか。前にソラ、怖いって言ってたよね。
もし、自分の考えてることが相手に筒抜けだったらどうするって聞いた時に」

心理テストだと思っていた質問は、マオが持つギアスのことだった。
マオがゴーグルを外す。
両目は煌々と赤く輝いていた。

「大丈夫だよ。キミの心の声は聞こえないから。
ねぇソラ。ボクのそばにいて。
ルルーシュのところになんていないでよ」

涙の混じった懇願を拒否すれば、マオはきっと自暴自棄になる。
自分の言葉ひとつでどう動くかは簡単に想像できた。

「あたしがマオのそばにいればルルーシュには何もしない?」

マオの手をきゅっと握り、ギアスの瞳をまっすぐ見つめた。

「お願い、マオ。
ルルーシュにも、ルルーシュの大切な人にも何もしないで。
あたし、マオのそばにいるから」

驚いたようにポカンとしていたマオが唇を噛む。
顔が今にも泣きそうに、悔しそうに歪んだ。

「へぇ、そうなんだ。
そんなにルルーシュが大事なんだ」

グッと左腕を掴まれてグイッと引っ張られ、空はマオのほうに倒れてしまう。
マオの手は細いが力は強い。
腕を圧迫され、空は指先すら満足に動かせなかった。

「今までルルーシュの近くにいたからきっと毒されちゃったんだね。
ボクがソラを助けてあげる。自由にしてあげるよ」

どこから出したのか、いつの間にかマオの手には注射器が握られている。
医者が使用する物とは別の形状をしているが、注射器だと思える器具だった。
空の顔が恐怖に引きつり、必死に抵抗する。

「やだ!! マオやめてッ!!」
「大丈夫。怖くないよ」

マオは細身でも男だ。
抵抗をものともせず、彼女の腕に注射器の先端をグッと押し当てる。
小さな音が聞こえ、腕に痛みが走り、得体の知れない何かが注入される。

「イヤァアアアアッ!!!」
 
空が腕を振り上げ、マオの手から逃れた瞬間、マオの肩に鋭利なナイフが二本刺さった。
マオは痛みに叫び、背後をキッと睨む。

「誰だッ!!」

マオが睨んだ先に咲世子がいた。
手には鉄製の鋭利な武器を握っている。

「空さんから離れなさい!!
さもなければあなたを殺します!!」

ギアスで聞こえた心の声は全てが身震いする内容で、マオは咲世子の言葉がただの脅しではないことに気づく。

「クソッ! 覚えてろよ!!」

吐き捨て、マオは一目散に逃げた。
学園の循環システムには出入り口が二ヶ所ある。
通常時に使用するエレベーターと非常用の階段だ。
マオが使うとしたら後者だろう。
咲世子は逃げたマオを追わず、ぐったりと倒れる空に駆けつけた。

「空さんッ!」

名前を呼んでも反応しない。
呼吸はしているが、何かの薬を投与された。一刻を争う状況だ。
咲世子は空を軽々と抱き上げる。

「早く空さんを安全な場所にお連れしなければ……!!」

空に負担をかけないように、咲世子は最速で学園の廊下に戻った。
ここまで来れば安心だろうと警戒をとくが、廊下を駆ける足音が近付き、咲世子は臨戦態勢に入る。
姿を見せたのはルルーシュとスザクで、咲世子は驚きを隠せなかった。

「ルルーシュ様とスザクさん……!!」
「「咲世子さん!?」」

ルルーシュは咲世子に横抱きされている空を見た瞬間、取り乱した。

「空!?
なにが! 一体なにがあったんだ!?」
「落ち着けルルーシュ! まずは先に病院!!」

スザクの声にルルーシュはハッと冷静さを取り戻す。
咲世子はスザクの言葉に頷いた。

「ミレイ様なら空さんを診ることができる病院を存じています。
スザクさん、ミレイ様を!」
「わかった!」

すぐに動いたスザクと違い、ルルーシュは少しも動けなかった。
そばにいる事しかできなかった。
 
空は租界で一番大きな病院に搬送された。
住民IDを持たない彼女が受け入れられたのは、多額の資金援助をしているアッシュフォード家の救急要請だからだ。
個室が並ぶエリアの最奥、純白の病室には最新の機器が設置されている。
ベッドで眠る空を見守るのは、ミレイとスザクとルルーシュの3人だ。

「学園の内部とその周囲、全て捜索したけど見つからなかったそうよ。
一体どこに逃げたのかしらね……。
咲世子さんから大体の話は聞いたわ。
まさかこんなことになるなんて……」

後悔を吐き出すミレイに、ルルーシュとスザクは無言で聞く。

「……私、あの男にちょっとは警戒してたのよ?
カンってヤツかな。この男は信用できないって。
ごめんね、ルルーシュ。あの男のこと話してなくて……」

ルルーシュは首を振って否定した。

「いいえ。謝らないでください。
会長には感謝しています。
持たなければならないものを持っていない人間は、本来なら受診すらさせてもらえないですから……」
「……そうね。ここだから特別に診てもらえるのよね。
ここの院長さん、昔お祖父様に命を救われたそうよ。
だから空を警察には密告しない。
それじゃあ、私は下で検査の結果を待っているわ」

病室を出るミレイにスザクも続く。

「僕も外で待ってるよ。
ルルーシュは空のそばにいて」
「あ、ああ……」

スザクも出て行き、聞こえるのは機器の動作音だけ。
ベッドに横たわる空はまるで死んでいるように見えて、耳をすませば聞こえる呼吸も、もしかしたら自分の呼吸かもしれないと錯覚するほどだ。
急に怖くなり、気づけば空の手を握っていた。
手は温かく、生きていることを証明している。
両手で握り直し、祈るようにまぶたを閉じた。

あの後、ルルーシュは地下で何があったかを咲世子から聞いた。
マオの策略で地下になかなか突入出来なかった事も。
彼女が“篠崎流37代目”で、武力でマオを退けた事も。
そして、ナナリーを説得し、自分が知らなかった詳細を聞き出した。
どうして気づかなかったんだ。
おかしいと思ったはずなのに。

マオの誘いを毅然と断った空が、何故マオの元に行ってしまったのか。どうして行かざるを得なかったのか。
空はきっと脅された。
自分か、ナナリーか、それとも生徒会の誰かに手を出すと脅されたんだろう。
マオのところに行くしかない。

「なにが離れるな、だ。
俺が離れなければこうはならなかっただろう……!!」

自分への激しい怒りが湧き上がる。
けれどルルーシュはそのまま自己嫌悪には沈まない。
するべきことをまだしていないから。

握っていた空の手を優しく置き、ルルーシュは立ち上がる。
必ずマオを見つけ出す。
揺るぎない決意を瞳に宿して。

病院から学園に戻る頃には日が沈み、クラブハウスの玄関は夜の色に染まっていた。
ルルーシュは閉めた扉に寄りかかり、携帯を操作して黒の騎士団に電話をかけ る。
アッシュフォード家が捜索している間、ルルーシュも騎士団に連絡し、マオの捜索を頼んでいた。

「私だ。マオの件で何か進展は?」
『申し訳ありません、ゼロ。
マオという男はまだ……』
「……そうか」

マオのギアスは厄介だ。捜索する人間からは簡単に逃げられる。
居場所を匂わせるようなヘマもしないだろう。
分かりきっていたルルーシュは、騎士団の報告に落胆しなかった。

『キョウトの情報網も使いますか?』
「いや。カントウブロックだけでいい。
網にかかったら私に連絡を……」
『わかっています』
「では、また定時に」

通話を終え、胸の内ポケットに携帯を戻す。
居場所を特定するヒントはあいつのギアスだ。
500メートル以内に入ればマオに心を読まれてしまう。
しかし、それが逆にあいつの手を読む条件になる。
今いる場所はどこだ?

「クッ……。
チェックをかけるには駒が一枚……!」
「足りないか?」

いつから居たのか、C.C.は近くの死角から現れた。
いつでも出れるように動きやすい私服に着替えている。

「マオの目的は私だ。これ以上の餌はないだろう?」

C.C.の言葉にルルーシュは顔をしかめる。
確かにその通りだ。しかし、マオのところにC.C.を送るのは危険だとルルーシュは考えた。

「マオが空に投与した薬が何か、まだ判明していない。
私が聞き出してやる」

その言葉に、ルルーシュは手段や駒を選んでいる余裕がないことを思い出す。

血液検査の結果はすぐに出た。
しかし、マオが空に使用した薬が何か、解明には至らなかった。
明日、研究機関の人間が派遣されるものの、それを悠長に待ってはいられない。
内ポケットに戻した携帯が唐突に鳴り響き、ルルーシュはすぐに反応する。
ディスプレイに表示されたのは『No Numbor』────非通知だ。
 
「……誰だ」
『ボクだよ、ルルぅ〜』

非通知の時点で相手が誰か分かっていたルルーシュは、聞こえる不快な声に顔色を変えなかった。

『C.C.はそこにいる?
二人っきりで話したいんだ。替わってよ』

返事の代わりにルルーシュはC.C.に携帯を投げ渡した。
パシッと受け取り、彼女はルルーシュから遠さがって電話に出る。
マオといくつか言葉を交わして「……ああ。分かっている」と言い終わった後、C.C.は耳に当てた携帯を下ろして笑顔で向き直った。

「喜べルルーシュ、私とおまえはここでお別れだ。
私はマオとやり直すことにした」
「裏切るのか?」
「裏切るとは何を今更……。
私はおまえと仲間だったつもりはない。
ただの共犯者だ」

C.C.が浮かべる笑顔は、違和感を抱いてしまうほどわざとらしい。
彼女がマオとどんな会話をしたかルルーシュは知らない。
しかし、脅された空のことがあったから、彼はC.C.の言葉を鵜呑みにはしなかった。

「おまえの事を喋るつもりはない。ギアスもそのままだ。契約だって果たさなくてもいい。
私はマオのそばにいるからな」

ルルーシュは静かに聞き続ける。

「マオだってもう二度とおまえの前には現れないだろう。
これで障壁は無くなったじゃないか。
おめでとう、さようなら」

携帯を操作して通話を終えたC.C.は玄関に進む。
ルルーシュに携帯を手渡し、一度も振り返らずに外へ出た。
開いた扉がゆっくり閉まる。
ルルーシュは携帯のディスプレイをすぐに確認した。
表示されている『VoiceMessagePlayback』に、ルルーシュはほくそ笑んだ。
まさか、マオとの会話を録音していたとは。すぐに再生する。


“ 「私だ」
 『C.C.ボクだよ』
 「マオ……」
 『クロヴィスランドで待っている。一人で来て』
 「フッ。相変わらず一方的だな」
 『だってC.C.に会いたいんだもん。
C.C.だってそうだろ? もちろん来るよね?』
 「……行くから待っていろ」
 『ルルーシュとちゃんとお別れしてね?
C.C.はこれから先、ずっとボクのそばにいるんだから。
できないならルルーシュの正体をバラすよ? 彼を抹殺するのはいつでも出来るんだから』
 「……ああ。分かっている」 ”


空が何故ひとりで行ったのかやっと分かった。
腹の底で怒りが たぎり、だがルルーシュはその怒りを表には出さない。

「……クロヴィスランド、か」

閉園時間を過ぎたあそこなら他人の心の声は聞こえない。
誰の邪魔も入らないうってつけの場所だ。
クロヴィスランドは知っている。
以前、学園のイベントで使う動物の着ぐるみを借りるために訪問した場所だ。
毎日毎時、クロヴィスの演説が巨大モニターに放送され、不愉快な気持ちになった遊園地だ。

「……待てよ。巨大モニター?」

思い出した途端、ひらめいた。
あるではないか。心を読まれることなくマオに近づく方法が。


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