21-1

本当のマオを知りたい。
できれば直接マオと話したい。
とは思うけど、それを実際にやればルルーシュの重荷に絶対なってしまう。
それは嫌だった。

どうしてマオは。
どうして。
考えても分からない。

胸の奥で黒く重いものがぐるぐるとずっと渦巻き、不安で不安で仕方ない。
「ユフィ」と何度呟いただろう。
行きたいと願っても、
行きたいと強く念じても、
引っ張られるいつもの感覚にはならなかった。

ほんの少し、眠ったような気がする。
部屋が明るくなって目が覚めた。
マオと話したいけど話せないのがもどかしくて、泣きたいのに涙は出なくて、重いため息だけがこぼれた。

廊下に2つ、玄関ホールに1つ、監視カメラにはすぐ気づいた。
『厳戒態勢』という言葉が脳裏をよぎる。
たった一夜だ。いつ購入して、いつ設置したのだろう。
着替えなどの身支度を整え、緊張しながらダイニングに行く。ここにもあった。
頭上を見上げた後、キッチンに顔を出す。

「ルルーシュ、おはよう……」
「ああ、おはよう空」

朝食をてきぱき作るのは日常の光景だけど、ノートパソコンがサイドテーブルに置いてあっていつもと違う。
異様な雰囲気だ。
凝視するあたしに「マオがどこから来るか分からないからな」とルルーシュは涼しげに言った。
ここまでしなければならないほど、ルルーシュはマオを脅威に思っている。
心が悲鳴を上げてるみたいに苦しくなった。

「あたしも一緒に作っていい?」
「ああ、頼む」

マオの事を考えるのもダメな気がして、無我夢中で手伝った。

時間はあっという間に過ぎ、ナナリーが咲世子さんと共に来る。
監視カメラの設置を知らないナナリーはリラックスした笑顔で挨拶した。
ルルーシュとあたしもおはようと返事をすれば、咲世子さんは一礼してナナリーから離れる。

「私は表のお掃除をして参りますわ」
「ありがとう、咲世子さん。お願いします」

咲世子さんも監視カメラの存在には気づいているはずなのにいつも通りだ。
ルルーシュから事前に聞いているのかもしれない。
ナナリーが席につき、朝食の時間になった。
ルルーシュの作ったスープを飲み、一口サイズのおにぎりをぱくぱく食べ、ナナリーは頬を染めて嬉しそうに笑う。

「お兄さまと一緒に朝ご飯を食べるの、本当に久しぶりですね」
「そうだね。こうやってみんなでご飯を食べるのは本当に久しぶりだ」

と、優しい声で言うルルーシュの目はパソコンから片時も離れない。
食べながら同時進行で本当に器用だ。

「家を空けてばかりだったからな。
すまない、ナナリー」
「いいえ、謝らないでください。
しなければならないことがお兄さまにはあるのでしょう?」

ナナリーは困ったように笑う。
パソコンから顔を上げるルルーシュの瞳には罪悪感が宿っていた。
申し訳なさそうな顔でまたパソコンに視線を戻す。

「一段落ついたんだ。今日からしばらく家にいられるよ」
「よかった。
これでお兄さまもゆっくりできますね」

ホッとした笑顔を見せ、ナナリーは朝食をきれいに完食する。

「ごちそうさまでした。
おにぎり、すごく美味しかったです。
わたし、てっきりあの塩辛いのがおにぎりだと思ってました」
「あれはスザクの塩加減が間違っていたんだろう。懐かしいな」
「それって小さい頃の話?」
「ああ。昼食にスザクが持ってきてくれたんだ。
何かを食べて舌が焼けると思ったのは生まれて初めてだった」
「ふふふ。あれにはすごくびっくりしましたね」
「ナナリーは全部食べきっていたな」
「だってあれは、スザクさんが一生懸命つくってくれたもの」
「気持ちは嬉しいが、せめて味見ぐらいはしてほしかったな」

楽しそうに話すナナリーとルルーシュは本当に楽しそうだ。
いいなぁ。見てて心があたたかくなる。


「えへへ。小さい頃に教えてもらったんだ。ボク花なら桜が一番好きだよ」
「おいしいねぇ。心の中まであったかくなりそうだ」



ふわりと浮かぶようにマオの声を思い出した。
泣きたい衝動に襲われ、ガタッと席を立つ。

「先、お皿片付けるね」

ルルーシュの視線を痛いほど感じながら、使った食器を手にキッチンへ逃げ込んだ。
なんとかシンクまで歩き、水を出す。


「やったぁ!
ソラにほめられた! 嬉しいなぁ!!」
「雪も好きだよ。つないだ手がすごく温かく感じられる」



マオの声が鮮明に。
あの時も、あの時のマオも全て、嘘だったって事?

「マオ……」
「話したいと思っているのか?」

ひどく冷たい声が後ろから聞こえた。
驚き、危うく皿を落としそうになった。
ぎこちなく振り返れば、すぐそばにルルーシュが立っている。
眼差しが刃物みたいに鋭くて、慌てて背を向け、震える手で食器を洗う。
気配が近づき、ルルーシュが至近距離に。

「友達だと思っていたから仕方ないよな」

耳元で低く、怒っている声で囁かれた。

「話したいだろう。しかし不可能だ。
外部からクラブハウスに電話は繋がらないようにしている。
話すなら直接話すしかない。
マオがここに来るか、おまえが外に出るか、どちらかだ」

ゾッとするほど冷えきった声だ。
マオに会いに外へ出るかもしれないと考えているのだろうか。
悲しくなった。ルルーシュをキッと睨む。

「あたしはここにいる。
ルルーシュのそばにいるよ。信じて」

紫色の瞳をまっすぐと見つめれば、ルルーシュは居心地悪そうに視線を外した。

「信じてないわけじゃない。
ただ俺は……」

言いたかったことを飲み込むように沈黙する。
ルルーシュも食器を持っていて、隣に並び、黙々と洗い物を始めた。
『ただ俺は』の続きは? ルルーシュは何を言いたかったんだろう。
洗い終わった食器を片付け、ルルーシュはあたしを見ないまま離れた。

「おまえはダイニングにいろ。
俺は一度自分の部屋に戻る」

ルルーシュはそそくさと行ってしまった。
消化不良でモヤモヤしたものを抱えたままダイニングに戻れば、ピアノの柔らかい旋律が耳に入る。
ナナリーは両手に白いラジオを持っていて、音色はそこから聞こえてきた。

「おかえりなさい、空さん」
「ただいま。
その曲きれいだね。なんて名前の曲?」
「曲名は知らないんですけど、前にお父さまが弾いていた曲で────」

ハッと表情を変えるナナリーは、一気に顔色を悪くして「えっと……。これは……その……」と、もごもごした。
お父さんはブリタニア皇帝だ。
これは話題を変えてあげたほうがいい。

「これ、すごくいい曲だね。
今度ルルーシュに聞いてみようかな……」

目を閉じて曲に耳を傾ければ、そばでホッとした気配がした。
聞けば聞くほど驚いてしまう。このゆったりとした穏やかな曲調のこれをブリタニア皇帝が弾くなんて。
弾いてる姿が思い浮かばない。

ヂリリリリリン、とダイニングの電話が鳴り響いた。
あたしは顔を上げ、ナナリーはすぐにラジオの音量を小さくする。

ヂリリリリリン、とまた電話の呼び出し音が鳴る。
マオからの電話? いや、外部からは繋がらないようにしたってルルーシュが言っていた。でも……

ヂリリリリリン。さらに鳴り続ける。

「……空さん?
電話、とらないんですか?」
「そ、そうだね。とらないとね……。
もしかしたら学校の先生かもしれないし……」

そろりそろりと電話まで進んだけど、鳴り続けるそれに手が伸びなかった。
ヂリリリリリン、とまた鳴り響く。早く出ろと急かされてるみたい。
電話をかけた相手は不明だ。もしかしたら……。
胸騒ぎがするけど、絶対出なきゃいけない気がした。

ヂリリリリリ、リン。
受話器を取って耳に当てる。

「……もしもし」
『やっほ〜。
おはよう、ソラ。今日もいい天気だねぇ』

驚きはしない。
本当は分かっていた。電話の相手はマオかもしれないって。

『昨日の電話、どうして勝手に切っちゃったんだい?
ボクのこと嫌いになったの?』
「違……っ。
あれはルルーシュが……!」
『ふふふ。分かってるよ、ルルーシュが勝手に切ったってことぐらい。
そんなことソラはしないって分かってるよ。
だってソラはボクのことが好きだもん』

子どもっぽい口調はいつも通りだ。
なのにどうしてだろう。怖い、と思ってしまった。

「ねぇマオ。今どこから電話かけてるの?」

外部と繋がらないなら、マオはアッシュフォード学園のどこかにある電話を使っている事になる。

『ソラはどこだと思う?』
「そんなの……」

怖いという気持ちが、思わず声に出てしまった。
マオは楽しそうにクスクス笑う。

『ルルーシュがイジワルするから来ちゃった。
だって外から電話かけようとしても繋がらないんだもん。
ボクね、ソラにどうしても会いたかったんだ。
だから頑張ったんだ、色々と』

何をどう頑張ったのか知りたかったけど、それを聞くのも怖かった。

『ねぇソラ。
今ね、ボクは地下にいるんだ。循環システムって知ってるよね。
生徒会にいるキミならどうやって行くかは知ってるだろう?
パスワードだけで入れるように設定したから』

循環システムにどうやって行くかは知っている。生徒会入りたての頃だ。
業者さんが来れなくなり、スザクとルルーシュと一緒に確認しに行った。
 
『待ってるから会いに来てよ。
ボクがキミのところに行ったら絶対ルルーシュの邪魔が入るから』

マオと話したい。
そう思っているけど、ルルーシュを裏切りたくなかった。

「マオ、ごめん。
あたし……行かない」
『どうして? ルルーシュに行くなって言われてるから?
それとも、ボクのこと嫌いになったの?』

違う。嫌いになったわけじゃない。
そう言いたかったのに、声が喉で詰まって喋れなかった。

『……どうして何も言ってくれないの?』

泣きそうなマオの声に胸が痛む。
受話器の向こうで、呆れたように小さく息を吐く音が聞こえた。

『……そっか。ボクのところに行けないのはルルーシュのせいなんだね』
「ッ!?
違う! 行かないって決めたのはあたしだよ!!
ルルーシュに強制されたわけじゃない!
ごめん。マオのところには行かない……!!」

言い終わった後、返ってきたのは沈黙だった。
緊張でゴクリと喉が鳴る。

『……ボクのところに来てよ。
じゃないと、ゼロの正体をバラすから』

低く呟いた言葉に、息が止まった。
 
『ルルーシュを守りたかったらボクのところに来るんだ。
もちろんひとりで。誰にも何も言わないで。
まぁ、誰かに話せばボクのギアスですぐに分かっちゃうんだけど。
循環システムの用水路で待ってる。
じゃあ、また後で』

マオは一方的に電話を切った。
体が動かない。受話器を耳から離すことができなかった。
言われた言葉がじわじわと心に広がっていき、受話器を戻す手が震えてしまう。

「マオさんからの電話ですか?」

ナナリーの声にドキリとする。
返事が出来ずに黙っていれば、ナナリーは車椅子を動かしてこちらに来た。

「大丈夫ですか?」

心の底から心配している顔だ。
勘の鋭いこの子に、大丈夫だなんて嘘は言えそうにない。

「大丈夫、じゃないな……。
……ごめん。ちょっと具合悪くなってきた……」

動揺が声にもろに出てしまう。

「部屋で休んでるね。
電話のこと、ルルーシュには黙ってて」

戸惑うナナリーに「お願い」と懇願してから早足でダイニングを出る。


「ボクのところに来てよ。
じゃないと、ゼロの正体をバラすから」
「もちろんひとりで。
誰にも何も言わないで」
「循環システムの用水路で待ってる」



マオの声が頭に響く。
少しも進んでないのに息切れがする。

どうすればいい?
そんなの決まっている。誰にも言わずに指定された場所に行けばいい。
でもマオのところに行ったら。
それはルルーシュへの裏切りだ。
すごく嫌な胸騒ぎがする。行きたくない。もうあたしは、マオを怖いと思ってしまった。
でも行かないと。
行かないとマオはゼロの正体を軍にバラす。脅しじゃない。マオなら確実にやる。
軍だけじゃなく、生徒会のみんなやスザクにもきっとバラす。

「空っ!!」
「ッ!?」

後ろから呼ばれ、ギクリと歩みが止まる。
ルルーシュは一気に駆け寄ってきた。

「どこへ行く気だ?」

刺されるかと思うほど鋭い眼差しで睨まれ、思わず目を逸らしてしまった。

「へ、部屋に戻ろうと思ったの。
すごく……気持ち悪くなっちゃって……」
「……そうか。確かに、今にも倒れそうな顔色をしているな」

絶対信じてない。そんな声をしている。
ルルーシュの目を見なくても分かった。

「俺に声をかけてから行けよ。
部屋まで送る」

言いながらするりと手を握ってくる。
紳士みたいな行動だけど、ギュッと握る力が強くて、ミシミシいうほど痛かった。

「マオが次に狙うとしたらおまえだ。
俺から離れるなよ」

これは無理だ。諦めた。
一言も喋らないルルーシュに連行され、部屋に到着する。
ベッドまでピッタリ付いてきた。
靴を脱ぎ、端に置いてからごろんと横になる。

「……少し寝るね。ルルーシュはナナリーのそばにいて」

ルルーシュは返事をしない。動こうともしない。あたしをジッと見据えている。
マオのところに行くのでは?と勘繰っているのだろうか。
鋭いなぁ、ルルーシュは。
今だけはひとりにしてほしいのに。

「ルルーシュ。
緊張して寝れないからちょっと離れてほしいな」

お願いするように呟けば、ルルーシュは「すまない」と言ってベッドから離れてくれた。
ごろんと寝返りを打ち、背を向ける。
まぶたを閉じ、眠ったフリで小さく呼吸を繰り返せば、ルルーシュは数分後に部屋を出た。
疑っている感じだった。
ナナリーのところには戻らず、部屋の前にずっといるような気がする。今すぐマオの元へ行く為にはどうすれば?
ゆっくりと体を起こして窓を見る。
行くにはそこから出るしかない。


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