モノクロメトロ

氷が溶けかけているミルクティーを啜りながらトラファルガーさんが来るのを待っていた。帰宅ラッシュの時間のせいなのか、大学の最寄り駅前のカフェには学生よりもサラリーマンやOLが多い。食堂でサボとお昼を食べている時に場所と時間だけの簡素なLINEが私からきた。正確には私のアカウントを使ったトラファルガーさんからだ。多分電話番号を登録して追加したのだろう。約束の時間から五分程過ぎているが、その内来るだろうと呑気に紙ナプキンで鶴を量産する。テーブルに置いた携帯が振動した。画面には私の携帯番号が映し出されていて迷わず受話器のマークをタップする。

「トラファルガーさんですか?」
「店の前まで来た。どこにいる」
「入口からは見えないと思います。結構奥の席です」
「奥?……あぁ」

店内を見回すと電話をする男性と目が合った。近付いて来るところを見ると恐らくトラファルガーさん本人だろう。

「待ったか」
「いえ、お仕事お疲れ様です」

通り掛かった店員さんにコーヒーを注文したトラファルガーさんは昨夜と同じく黒いスーツ姿だ。暗かったし酔っててぶっちゃけ顔を覚えていなかった。なんか…ガラ悪くない?

「トラファルガー・ローだ」
「ミョウジナマエです」

軽く会釈し、お見合いかよと思いながらも交換した携帯を確認する。パスワードは設定していない。やはりかなり酷似しているが電話帳やフォルダの写真の中身を見ると私のだとはっきりと言える。顔を上げるとじっと射抜くようにこちらを見つめる目にどきりとした。

「やっぱりお前だったか」
「?やっぱり?」

カップをソーサーに置いて両手の指を交差させたトラファルガーさんが話し始めるのを待った。

「まずロシナンテがおれの携帯を持って行った。お前のも間違えたんだろ」
「えっと…全く分からないんですが…」
「飲み会であいつがおれの携帯を間違えて持って帰ったんだ。迎えに行った後に車の中で交換してみりゃおれの手元には誰だか知らねえ奴の携帯があった。言ってる意味は分かるか?」
「……私、先生とお互いのアプリで遊んでてそのまま持って帰っちゃったかも…?」
「迎えに行った時に二人して弄ってたから可能性として考えてた。まあ大当たりだったわけだがな」
「本当にすいませんでした!」

まさかそのまま持って帰ってしまっていたとは。しかも全く見ず知らずの人の物を。「そんな謝る事じゃねえだろ」と平謝りを続ける私を手で制すが血の気が引いたままだ。

「仕事にも差し支えねえしそんな困ってねえよ。むしろお前の方が支障出るだろ、学生だし」
「電話掛かってきた時に初めて携帯触ったんですよ。お恥ずかしい話、入れ替わってる事にも気付きませんでしたので」
「まあ画面似てるしな。一応言っておくが連絡取る時以外は弄ったりしてねえから安心しろ」
「いえ、そんな見られて困る物は無いですし…あ!そういえば私、昨夜先生とクラゲのアプリで遊んじゃいました」

「それは別に構わねえ」とトラファルガーさんは初めてちょっとだけ笑った。口の端を少しだけ上げる感じの。終始無表情だからめちゃくちゃ怒ってるんじゃないかと若干ビビっていたが、穏やかな空気に少しほっとした。だが目的を果たした今、ここに長居する理由は無い。同じくそう思っていたらしいトラファルガーさんはサッと会計を済ませてしまった。

「なんかすいません…ありがとうございます」
「別に。学生に払わせる方がどうかと思うが」

すぐそこの駅まで送ってくれるという。最初ガラ悪いとか思っちゃったけど普通に良い人じゃないか。もう会う事もないだろうけど。特に会話もなく駅に着き、再度お礼を言った。

「あ」
「?」
「LINEの通知消したままだ。お前の知り合いは一般常識が欠落してるのか?夜中から通知がうぜえんだよ」
「ああ、飲み会途中で逃げ出したんでその友人達でしょうね。御迷惑お掛けしました」
「もう飲まれんなよ。つーか飲むな。付き合う人間をよく考えろ。分かったな」
「ええ?」
「返事は」
「…はあい?」

私が間抜けな返事をするなり来た道を戻って行ったトラファルガーさんの背中をぼんやりと見つめた。すいません、意味分かりません。




  

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