「それで、おふたりさん。とても大きい声で言い合いをしていたけれどどうしたの?」

山吹乙女は少し怒った様な顔をし二人を見つめる。鯉伴と宵は目をそらした。

「もう…。二人してだんまりですか。」
「………。」
「………。」
「それに、貴方は自分の命を粗末に思いすぎですよ。」
「え?」

山吹乙女は宵の方へ向くと、宵の手を取り両手で包んだ。そして、その手をゆっくりと撫で、微笑む。

「この身体は、貴方のお母様が貴方に与えてくれたもの。1人の身体ではないんですよ。その魂もまた貴方だけものもじゃない。貴方が今持っている魂は、貴方が出会ってきた全ての者達によって構成されているんです。だから、貴方の魂はその人たちのものでもある。もちろん、貴方も貴方が出会ってきた人達の魂を持っている。それを、汚いなどと言うのはいけません。」

山吹乙女は子供に諭すようにゆっくりと丁寧に説明する。その優しい声を聞きながら宵は泣きそうになっていた。
宵は頭では自分の犯した罪の代償だと納得していたつもりだった。けれど、心ではまだ何も納得出来ていなかった。幾つものやり場のない憤り。そして、嘆き。誰にも吐き出せずずっと心の奥に溜まっていたわだかまり。

「俺の命が、俺が関わった者達とのものであるのなら、俺の命は貴方のものでもあるんですか?乙女さん。」
「……えぇ。そうです。貴方は今私と関わった。だから、貴方の魂、命は私のものにもなりました。それだけじゃありません。鯉伴様のものでもあるんです。」
「じゃあ、鯉伴様や乙女さんの命も俺のもの?」
「ええ。私はそう思いたいですよ。」

宵は俯きながら笑った。そして、肩の荷が降りたように1つため息を吐くと山吹乙女を抱きしめた。それは母に甘えるように。

「乙女さん、貴方が俺を忘れてしまう事は……もう諦めます。でも、これだけでいい、これだけでいいから覚えておいて下さい。貴方を想っているのは鯉伴様だけじゃないって。」
「え?」

宵はするりと山吹乙女から離れると部屋を出ていった。山吹乙女は少しの間呆気に取られていたが、数回瞬きをした後鯉伴に詰め寄った。

「鯉伴様!あれはどういう事です?」
「あー……。まぁ、おいおい、な。乙女はただあいつに優しくしてやってくれれば良いから。」
「………分かりました。もう、いいです。あなたには頼りません。」

山吹乙女はいつもは優しげな目元を釣り上げ顔を背けるとその部屋を出ていく。そこには乾いた笑いをした鯉伴だけが残った。

「俺に、どうしろってんだい。」

か細く呟いた声はいつになく頼りなかった。


***

「若!本当にありがとうござやした!」
「いやいや、そんなに頭下げなくていいよ!猩影くん!」
「いや、でも。」

宵はリクオに頭を下げている猩影とそれに、困っているリクオを見つけた。何事かと声をかけようとするが今の自分の悲惨な顔に気がつく。1度大きく深呼吸し、無理やり笑顔をつくった。

「どうしました?」
「夕月さん!聞いてください!」

キラキラした目を宵に向け、猩影は話し出す。

「リクオ様が俺のシマで悪さしてた妖怪を倒してくれたんです!いやー、もう惚れ惚れっす!」
「ふふ、そっかそっか。良かったな。」
「はい!親父が言ってた"力なら自分の方が上なのにどうしてか付いていきたくなる"って事が納得しました。」
「猩影、君は…。自分の目で見て納得したのか。じゃあ、俺からは何もいうことは無いな。」
「え?」

宵の言葉に猩影はキョトンとした。安心した様な宵の顔に自分は何か心配されるような事をしていただろうかと考えるが思いつかない。そんな猩影を察したのか宵は微笑んだ。

「狒々様の組が襲われて君は深く傷ついた。けれど、リクオ様は玉章に復讐を許してはくれなかった。その事を納得していなかっただろう?でも、今君はリクオ様に魅せられている。強くこの方の力になりたいと思っている。君は複雑な心の思い以上にリクオ様に魅せられてしまったんだ。それが俺には嬉しくてね。」

思考が追いついていないのかただ宵を見つめる二人。

「えと、宵。なんで、猩影くんが僕に魅せられると君が嬉しいの?」
「え、そんなの。俺が、リクオ様の兄だからですよ。当たり前じゃないですか。」
「え?」
「いつの時代も兄は弟が認められると嬉しいものなんですよ。」

頬を赤く染めながら笑う宵に2人は見蕩れた。そんな二人に宵は目に影を宿した。だが、二人は気付かない。

「俺が、貴方の事を本当に愛することが…出来たなら……。」
「え?宵、何か言った?」
「いえ、何も言ってないですよ。俺は、明日の準備がありますのでここで。」
「あ、夕月さん!俺も手伝いますよ!」
「大丈夫。君はもっとリクオ様と話してな。まだ話足りないだろう?」

そういい、宵はその場を立ち去る。リクオと猩影はその後ろ姿を見て首をかしげた。何時もの宵にしてはどこか違うような気がする。そんな違和感を感じたのだ。だが、それもすぐに霧散した。
一方で宵はリクオたちの気配が無くなると詰めていた息を吐き出した。荒くなる息を抑え、目をつぶる。

「本当に愛せたのなら、俺は…俺は…。
簡単に死ねたのに。
一度は死んだ身で怖いなんて、………バカげてる。俺が死ねば、誰も傷つかずに済んだのに。俺の命が皆のものだと言うのなら、皆のために死んだ方がいい。」



重い負担なんて、誰も持ちたがらないんだから――。



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