騒がしい夕食を終え、鯉伴は1人夜空を眺めていた。手が届きそうな程近くそれでいて強く輝く星達に鯉伴は感嘆の溜息を吐く。

「でも、江戸の頃よりは少なくなっちまったな。」

昔を懐かしむように目を閉じる。そこには山吹乙女と共に見た夜空が浮かんでいた。コトリ、と音がし鯉伴がそちらを見ると宵が酒を持ってきていた。

「呑むでしょう?」
「あ、あぁ。」
「では、俺はこれで。」
「宵。一緒には飲まねぇのかい?」
「ふふ。そこまで仰るならば。お供致しますよ鯉伴様。」

鯉伴は片眉を器用に上げた。

「宵?」
「今は、夕月とお呼び下さい。」
「な、に言ってるんだ。」
「思ったんです。今日、1日夕月として過ごしてみて。ここでは、宵は居てはいけない。存在してしまったら、リクオ様の障害になってしまう。」

宵の言葉に鯉伴は目を見開く。そして、胸倉を掴み上げ顔を近づけた。

「どうして、お前はそう悲観的なんだよ!」
「悲観的なんかじゃない!よく考えたよ。俺の存在と、リクオ様の存在。でも、天秤がどちらに傾くかなんて明白じゃないか……!
俺は、僕は!父さんが、リクオが好きだから……こうするしかないんだよ。」

鯉伴は怒鳴るがそれに宵も負けじと言い返す。互いが怒鳴りあい、その勢いで宵と鯉伴は倒れ込んだ。

「っ!好きなら……、好きならもっと主張しろ!欲張れ!手を伸ばせ!なんで、最初から諦めるんだ。」
「だって、父さんはあの空と同じじゃないか!」
「は?」
「皆のものだ。全ての者に平等に与えられる存在だ。俺ひとりが奪っていい存在じゃないんだ……!」

宵はそろそろと鯉伴の頬に手を伸ばし、愛おしげに撫でる。そして、その手は首へいき、肩にを辿った。心臓がある所に手を当てその上に額を乗せた。

「なぁ。父さん……。本当に僕が生まれて嬉しかった?」
「そんなの当たり前だろう…!」
「でもさ、僕がいなければさ腕が動かなくなることも無かったかもしれない。こんなに苦しい思いをしないですんだかもしれない。
……そんな事をさ、思っちゃうんだ。」

見上げた宵の顔は笑っているがどこか暗い。鯉伴は掴んでいた腕を緩めた。

「僕なんかが、こんな事思っちゃいけないけれど。父さんが、母さんだけのものだったら良かったのに。」

吐き捨てる様に言ったその言葉は決して叶うことのない願い。鯉伴は今はもう降りてしまったが、元奴良組の二代目総大将。鯉伴に憧れている者も少なくない。そんな鯉伴が山吹乙女だけをみるなど到底叶わない。だが、宵はそれが苦痛だった。ずっと、山吹乙女は鯉伴だけを見つめていた。どんなに辛くとも、宵に面影を重ねては悔やみ、嘆いてきた。なのに、鯉伴は山吹乙女だけを見ることは無い。

「そうしたら、僕が生きてきた意味がまだあったと思えるのに。」
「生きてきた、意味だと?」
「そう、生きてきた意味。母さんが、もう、母さんじゃなくなった今、僕の生きる意味は何?僕が、生まれてきてしまったから!母さんは、ずっと、苛まれてきてしまった。
僕は最低だ。母さんがあの女狐になって、ほっとしてしまったんだ。生きていく意味を最低な形で見つけてしまった。」

鯉伴に触れている手は震えていた。それに、鯉伴は気づき片手で宵の手を握った。

「こんな、こんな汚い命、生き返らなければ良かったのに!」

パシンッ――と高い音が響いた。それは、鯉伴が宵を叩いた音、ではなく山吹乙女が両手を叩いた音だった。

「おふたりさん。1度お部屋に行って、落ち着いてお話をしましょう?」



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