20万打リクエスト | ナノ




異常気象ひとつ取っても、偶然と必然の交差から



休日、午前中をだらだらと過ごしていたら携帯が鳴った。
画面に"万事屋"と表示されたから、てっきり相手は銀さんだと思って通話ボタンを押してみると、聞こえてきたのは高くて明るい声。
"暇だから遊びに来るヨロシ"神楽ちゃんの言葉に、つい笑顔になる。


準備をして家を出た。


帰りは銀さんに原付きで送ってもらおうと思ったから、少し距離があるけど歩くことにした。
万事屋に行くときは、大抵食料を調達する。常にお腹を空かせている育ち盛りの子達の為に。

歩きだからあまり重いものは買えないなと思いつつ、食べさせたいものを考えながら買い物をしていたら、いつの間にか買い物カゴはパンパンになっていた。

大きな袋を両手に下げ、スーパーから万事屋への近道である、少し寂れた人気のない商店街を突っ切ろうと足を向けた。
その時ポツリと頬を冷たい物が掠め、それが雨だと気付いて空を見上げると、バケツを引っくり返したように大粒の雨に身体を打たれた。

こんな寒い季節には、珍しい驟雨。


「つめたっ」


その雨粒のあまりの冷たさに思わず声を漏らしながら、シャッターの閉まった小さな店の軒先で雨宿りすることにした。
こんな荷物を抱えながら、こんな冷たい雨の中を走る気にはなれなかったから。

傘を持って迎えに来てもらおうと、携帯を取りだした時、この大雨の中三度傘を目深にかぶり慌てる様子もなくこちらに歩いてくる人影が視界の端に入った。

通話ボタンを押す前に、その人が私と同じく軒先に入ってきた。
そしてポツリと呟く。


「酷ぇ雨だな。」


"そうですね"
そう言おうとした。でも、水滴を滴らせながら傘を外したその人の姿を目にしたら、当たり障りない世間話など、出来るはずもなかった。


「た…か、すぎ…さ、ん。」


分厚い雨雲に覆われ、昼間なのに薄暗くなった視界の中だろうと、隣に見える左側の横顔が包帯に覆われていようと、間違うはずもない。

この人は、高杉晋助だ…。


「お尋ね者に"さん付け"たぁ、珍しい奴だな。」


右目と目が合う。
いつかあの時の恩人に会えたらどんな風にお礼を言おう、なんて考えていた、妄想の中の自分の様には上手く言葉が出てこない。
何故なら、今目の前にいるこの人が…命の恩人が、怖いと思ってしまったから。


「わ、たし…過去に、命を…救って貰ったことが、あって…貴方に…」


振り絞った声は、震えていた。
震えるのは、冷たい雨のせいだと、自分に言い聞かせた。


「ほぅ…そりゃ初耳だな。なら…お前が今、銀時といい仲なのも…何かの縁ってわけか。」


口ぶりからも、私の事を覚えていないのは明白だし、そうだろうと思っていたから驚かなかった。
私が目を見開いた理由は、他にある。


「なんで、銀さんとの…こと、知って


言い切る前に身体に衝撃が走った。
買い物袋がどさりと地面に落ちる音。押さえ付けられた背後のシャッターが揺れる音。
音が静まるのと同時にぎゅっと閉じた瞼を開けば、獣のような鋭い瞳と、首元で鈍く光る刀身が目に入る。

あの時と、同じ感覚だ。
死ぬかもしれない、恐怖。


「……何故、こんな…腐った世界で、のうのうと生きていける。何故、大事なもんを抱えられる。一度全て失ったその手で。」


目の前の高杉さんは私を見ているはずなのに、その言葉は、私ではない誰かに向けられているような気がした。


「…俺が、てめぇを助けたってんなら、その命…俺の為に使う気はねェか?」


冷たい指にスッと顎を掬われても、抵抗する勇気などあるはずもなくて。身体は震えて、声もでない。

高杉さんの指が首から襟元へ下りていこうとした瞬間、薄暗い路地の先から、白い塊が飛んで来たのが見えた。
何かがぶつかり合う様な強い音と、巻き起こった強い風に、反射的に腕で視界を覆った。


「高杉てめぇ…」


耳に入った声に腕を下ろせば、視界に広がったのは見慣れた背中。
なのに…何故だか、いつかの高杉さんの背中と重なって見えた。


「てめぇが珍しく肩入れしてる女がいると耳にしてな…銀時ィ、てめぇが固定の女なんか作るたぁ珍しいこともあるもんだな。」


高杉さんが降り下ろしたであろう真剣を、銀さんは木刀と閉じられたビニール傘で止めていた。
ギリギリと力む二人からは、何か計り知れない因縁があるように思えた。


「実を言うと…昔っからてめぇとは女の好みが似通ってんだよ。あの頃ぁてめぇに譲った物件も多いが……そう易々と、コイツぁ渡せねえなっ!!」


まだ雨の降り続く中、ビニール傘で高杉さんの刀を止めたまま木刀を下から振り上げる。
後ずさる高杉さんに、木刀とビニール傘を構え戦う様は、今まで見てきた銀さんの姿とは違う。

銀さんは、こうやって生き抜いて来たんだ…


「ふっ、久しぶりに肩慣らしに地球まで来て正解だったぜ銀時。てめぇのその牙が見れただけで、今日は満足ってことにしてやらぁ。」

「俺は満足できねぇな…てめぇが今日ここでくたばるまでな!!」


「お遊びは済んだでござるか、晋助。」


銀さんが再び木刀を振り翳そうとした時、私の背後から聞こえてきた声に息を飲む間もなく、後ろからぬらりと伸びた刀身が首筋に触れた。


「今日の処は見逃してくれぬか?白夜叉殿。」


"見逃す"という言葉を使ってはいるけど、これはどう見ても囮を取られ脅されている状況だ。

動きを止めた銀さんは、そのまま木刀をカラリと落とした。ボロボロになった傘も。
此方に振り返って、初めて見えた銀さんの瞳は、雨雲に覆われた薄暗い路地の中で鋭く光っていた。今私は、足手纏いでしかないんだと思い知らされる。


「勘違いすんな…、囮がいて助かったのは…てめぇらの方だ。コイツがいなきゃ、2人まとめて地獄へ送ってた。」


私の後ろにいる誰かが、スッと刀を下ろすと、小さく喉を鳴らしながら私の隣に歩み寄った。


「相変わらず面白い男でござるな。それを射止めた女に、興味を抱く晋助の気持ちも分かる。それほどにお主も…面白い女という事だ、夕日殿。」


見ず知らずの男に名前を呼ばれ、肌が粟立つ。
恐る恐る首を回し隣の男を見上げると、サングラスの奥の瞳と目が合った気がした。


「行くぞ」


辺りの雨音など無になったように高杉さんの低い声が響き、サングラスの男と共に背を向けて歩き始めた。


雨の中立ち竦む銀さんは、その姿を暫く眺めていた。
その後ろ姿に、なんて声をかけていいかなんて分からなくて、軒先の下で黙っていることしかできなかった。


「怪我ねぇか。」


数秒後か、数分後か。
頭を掻きむしりながら振り返った銀さんは、いつもの気だるい表情だった。


「だい、じょうぶ。」


精一杯平気なふりをして放った声は、弱まってきた雨にさえ掻き消されてしまう程小さくて、我ながら嘘が下手だと思った。

銀さんは木刀と歪に折れ曲がったビニール傘を拾い、濡れた髪をかき上げながら、次に路地裏に開いたまま落ちている傘を拾い上げた。きっと自分が差してきた傘だ。


「巻き込んじまって、わりぃ。」


軒先の外で傘を差すその瞳から頬に伝う水滴は、きっと雨粒なんだろうけど、なぜだか銀さんが小さく見えてしまって、相手がずぶ濡れなのにも構わずギュッと抱き着いた。


「巻き込んだのは、私の方だよ。戦時中のあの日に。」


銀さんの腕の中で、高杉さんに助けて貰ったあの日を思い出した。あの時から、全て繋がってると思えば、銀さんが巻き込んだ訳じゃない。全部、必然的に繋がっただけだ。

あの頃、悲しくて苦しくてどうしようもない事がきっと、たくさんあったはずだ。
銀さんが小さく見えたのは、その頃の辛さを、今も、纏っていたからかもしれない。


「銀さん、帰ろう?」


下から見上げて微笑むと、銀さんも同じように微笑んで"そうだな"って、地面の土がこびり付いた買い物袋を拾い上げた。


使い古された小さなビニール傘に、二人肩を並べて入る。買い物袋を1つずつ持って。


怖い目にはあったけど、もし銀さんが…こんな日常を少しでも幸せだと思ってくれているなら、いつかまた会えた時はちゃんと"ありがとう"と、伝えたいと思った。あの時助けてくれた、命の恩人に。

例えそれが、誰かの天敵で、誰かの仇で、凶悪な指名手犯だとしても。

この傘の中の小さな幸せは、彼のおかげで、今此処にあるのだから。



*コメント&お返事*

凪様!リクエストありがとうございました!!
遅れてしまい申し訳ありませんでした(T_T)
高杉とバッタリというリクエストを頂けて、高杉さんを初めて書くことができました!!
キャラも口調も掴めずキャラぶれてると思いますし 、高杉滞在時間短くね?という感じが否めないですが…時間をかけて書きましたので…なんというか…銀時と高杉が絡んだ時のシリアス感が少しでも再現できていれば…幸いですorz
余談ですが、女のタイプが似ている件で、攘夷の頃「あそこのさぁ茶屋の姉ちゃん可愛くねぇ?」って銀時が話してるところに通りすがった高杉が「あー、そいつ3回寝た。」ってドヤ顔で爆弾投下して通り過ぎる…的な過去があったらいいな、なんて思ってます(笑)

あっ、これも2話もので、次の1話に続きます。そちらも含めて楽しんで頂けると嬉しいです(T_T)
本当は2話同時更新したかったんですが、最近遅筆な自分に渇を入れるため先に更新させて頂きました…!
すぐ更新できるよう頑張ります!

リクエストありがとうございました!!

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