初めてのお仕え | ナノ




#14 あの空の何処かに



「うぉらあああああああ!!遠慮しねぇで本気でこいぃいいいい!!!」


躊躇いなく突っ込んできた近藤さんの楽しそうな声が響く。
数人の隊士が相手をしているが、恐らく遠慮してる奴なんか誰もいない。相変わらずの豪腕で、かかってきた奴から順に吹っ飛ばされていく。

俺はというと、お決まりの標的に向けて竹刀を降り下ろしている。


「死ね土方ぁあ!!」


受けて立つと言わんばかりに、タバコをくわえた口角を少し上げ構えた相手にもう少しで竹刀が届くという所。

横から突き刺すように伸びてきた竹刀をギリギリで避けながら止めた。
割り込んできた竹刀を辿るように横を向けば、いつも退屈そうにツンとしている女が、珍しく目の奥を輝かせている。


「沖田隊長、まだ終わってませんよね?"ゲーム"。」


どうやらコイツも、勝ち負けにこだわる質らしい。


「上等でさァ。」


俺が七星に竹刀を向けると同時に、数人の隊士が土方目掛けて竹刀を降り下ろし、乱戦が始まる。

一瞬の隙も与えないよう竹刀を打ち付け続け、七星の体勢が崩れると同時に、土方を狙いに行く。


七星から目を離したのは一瞬だった。


だが、後ろから音もなく風が駆け抜けるように小さな影が土方目掛けて飛んでいった。

次の瞬間には、土方を取り囲んでいた隊士が薙ぎ倒され、"ゲーム"の標的を護るよう土方の前に立ちはだかった。


「なっ、お前に護られる筋合いはねェ!!退け!!」

「苦戦していたように見えたんですが。」

「手加減してやってたんだよ!!」


真選組でも、他でも、速さで負けることなんてまずなかった。なのに、たった今この女は、俺の横を優にすり抜けた。
速さだけじゃねェ。驚くのはその静かさだ。
こんなに静かに動ける奴ァ、真選組には恐らくいないだろう。

ポカンとする俺を他所に言い合いを始めた土方と七星に、苛立ちと興奮と興味が交差する。


「おいテメェら、いつまでも寝てねェで起きろ。」


足元で項垂れる隊士どもにカツを入れ、先頭を切って竹刀を構える。


「しっかり護られて下さいね、副長。」

「こっちのセリフだ、どけ!」


並んだ二人を取り囲むように隊士が動けば、二人は自然と背中合わせになる。
行け!と俺の声を合図に全員で突っ込めば、バチンと竹刀の震える音が庭中に響いた。


「テメェらそれでも一番隊かァ!?オラもっと本腰入れろ!!」


隊士を敢えて煽って自分に注意を向けようとしているのは見え見えだ。
七星は相変わらず俺を攻める。俺と七星がやり合う間に、バタバタと隊士が地面に転がっていく。


「よぅ総悟ぉ!助太刀するか?」


声をかけてきた近藤さんの方を見れば、そちらにも地面に伏した隊士が転がっていた。


ズザァァアアアアアア


後ろからふっ飛んできたのも、うちの隊士だ。つまり、今ここに立っている一番隊隊員は俺だけということ。


「はっ、こりゃコイツら全員鍛え直さなきゃならねェな。」

「トシ!!久しぶりに一本やるか!!」


まだまだ動き足りないとばかりに、肩を回した近藤さんに、土方が竹刀を握り直す。
武州にいたときはよくこんな風に稽古したな、なんてふと思い出して懐かしくなった。


「お相手して頂けますか、隊長。」

「ふん、言われなくてもっ!!」


風を切るように動き出せば、七星は少し、楽しげに目を細めた。



***


「だぁーーーー!!つっかれたぁああああ!!!」


すぐ横に、ドサッと音を立てて寝転んだのは近藤さんで。
相手をしていた土方も、竹刀を放り投げ地面に寝転びタバコをくわえた。

それを見て、俺も竹刀を七星の前に放った。


「なっ…ハァ、まだ、終わって、ません。ハァ、ハァ。」


そのまま地面に座り込むと、七星は不満げに眉を寄せ近付いてきた。


「もう、充分でィ。」


息を整えながら言えば、七星は「まだ、勝敗がついてません」と俺を見下ろした。
ニィと口角を上げながら、七星の持つ竹刀を思いっきり引き寄せる。さすがに疲れきった身体では反応しきれなかったのか、地面に座る俺に向けて倒れ込んできた七星を、そのまま地面に転がした。


「勝敗なんかどうでもいいんでィ。"ゲーム"は、楽しんだもん勝ちなんでさァ。」


七星を地面に押さえつけた手を離し、俺も寝転び空を見上げる。
久しぶりに一緒に稽古をしたせいか、きっと近藤さんも思い出したんだろう。武州にいた頃を。
稽古終わりは、良くこうして空を見上げてた。


「どうだ七星ちゃん、いい天気だろ。」


寝転んだ近藤さんが首をこちらに向けそう言うと、七星も大人しく大の字になり、空を見上げた。空色の瞳で。


「綺麗な…空。」


ポツリと呟いた横顔は、柔らかく微笑んでいた。
だがその微笑みは、何処と無く切ない表情にも見えた。

まるで、あの空のどこかにいる誰かを思うような、そんな表情に。

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