#13 たまにはテンションに身を任せとけ
そろそろ朝礼も終わる時刻。
盛大に寝坊をかましたが、特に急ぐわけでもなく広間へ向かった。
「七星さん、わ、わたくし、10番隊の原田右之助と申します!以後お見知りおきを!!」
「よろしくお願い致します。原田隊長。」
何故か七星の元に群がる隊士が、順に自己紹介をしていた。
近藤さんが話してるにも関わらず。まぁ俺も、普段話を聞いているかと問われれば答えはノーだが。
見渡すと、アイツの入隊から今まで、いつも隣に張り付いていた土方の姿がない。邪魔者がいないことを良いことに、アピールタイムってわけかィ。
「ちょっとお前ら聞いてんの!?ここ最近見廻り組と比較されて俺達の評判が更に
「七星さん!今日の歓迎会来てくれるんですよね!?」
「はい。」
「よっしゃぁああああ今日一日頑張れるぅううううう!!」
「七星さん好物なんスか!?」
「松茸ですね。」
「オイ10番隊ぃい!!松茸狩り行くぞコラァアア!!!」
「ちょっとお前ら聞いてんのぉおおおお!?!?」
「総悟、1発頼む。」
後ろから聞こえてきたのは携帯を片手にこめかみに青筋を浮かべた土方の声。
指示すんなコノヤローと文句を言いつつ、眠気覚ましに1発バズーカをお見舞いした。
全員アフロと化した中、「さっさと仕事しろ。」という土方の声と共に部屋から人気がなくなっていく。
ふと部屋の端に飾ってあった大きな坪に目を向けると、七星がひょっこり顔を出した。
涼しい顔で肩のホコリを払いながら、こっち…というか土方の方へやってくる。
「副長。昨日の書類の件なんですが、」
「あぁ今その件で電話してたんだが、許可取りに時間がかかるらしい。許可がなきゃ続きもできねぇし…あー、今日一番隊の持ち場は…」
「一番隊は今日当直ですぜィ。」
「当直とは具体的に何を?」
「屯所内の警備だ。緊急時に出動することもある。まぁ警備つっても大抵訓練や筋トレしながら…チッ、ちょっと待ってろ。」
また電話が来たのか、土方は携帯を耳に当てながら縁側へ向かいいつものように煙草をくわえた。
待ってろと言われ、途端に手持ち無沙汰になったのか、七星は縁側の土方を眺めながら、手袋をはめた親指で刀の鞘を撫でている。
「動かし足りねェか?身体。」
「……何故、そう思うんです?」
「俺もだから。」
正確に言えば、わざわざ疲れることなんざしたくねェ。面倒な仕事の為に動きたいわけじゃない。
ただ、遊び足りねェだけだ。
「ゲームでもしやすか。」
相変わらず人を見下すような目がじっとこちらを見ている。
「簡単でさァ。俺とアンタどっちがアイツを先に殺れるか。」
口じゃこう言いながら指は土方を指しているが、コイツに土方を殺らせるつもりなんざ更々ねェ。
アイツを殺んのは俺だから。だから、ルールなんか深く考えず口にした。
ただなんとなく、いつも気取ったコイツの面の皮をひっぺがして、もっとからかってやりてェと思った。そういう時は、暴れんのが一度早ェだろ。
「……そのゲーム、私にはなんのメリットもありませんね。」
相変わらず指を刀にかけたまま、七星は冷静な表情で続けた。
「例えば私と貴方、どちらかが副長を殺ったとしても、私は大事な婿候補を一人失うだけです。それに…もし貴方が副長を殺ったとして、同士討ちとして局中法度に触れ、貴方も切腹となれば、更に婿候補が減ります。」
「…これだからバカ真面目はつまらねェ。」
「知っていますよ、貴方が副長の座を狙っていることは。貴方が楽しむだけのゲームなど、くだらないことに時間を使う気はありません。」
実力から、遊び相手には丁度良いと思っていたのに、簡単に挑発に乗らない性格は鼻につく。
コイツだってその鞘からソイツを抜いて、振り回したくて仕方ねェはずなんだ。同族には分かる。
でもただの手合わせじゃ、お互い本気になれねェことも分かってる。
「…それなら、俺ァ今から土方を本気で殺りに行く。アンタにとってアイツが大事な婿候補なら、アンタがアイツを護れ。」
「…いい加減にしてください。」
「アレ、アンタ言ってやせんでした?"誰かを護れるくらい強くなりてェ"って。」
こちらを睨む目に、少し力が込められる。乗ってきたか?
俺ァ、一度決めたら、願望は曲げねェ主義なんでィ。
「誰かを護る機会を得られるなら、アンタにもメリットがあんだろィ。それとも、相手が俺じゃ、自信がねェか?」
「……しつこい男性はモテませんよ。」
「アンタ、ホントは遊びたくて仕方ねェんだろ。」
「…遊び、。」
急に何かを思い出すように、透き通るような青い目を一度伏せてからまた戻ってきた視線は、少し微笑んでいるように見えた。
「……分かりました。誰かを護る為の訓練ということなら、受けて立ちましょう。」
「訓練じゃねェ。ゲームでさァ。」
ゲーム開始、と言わんばかりにバズーカを構え縁側で怒鳴りながら電話をする土方に向け、躊躇うことなくトリガーを引いた。
ズバァアアアアアアン
庭の向こうの木が木っ端微塵になる。
バズーカを担ぎながら、土方の姿が見えなくなった 縁側へ近寄ると、縁側の下の地面に土方の頭を地面に叩きつけるよう、並んで伏せる二人の背中が見えてきた。
「ゲッホァ!なんの真似だコルァアアア!!!」
地面から顔を上げた土方が隣の七星に怒鳴る。
「今から副長を護ることになりました。」
「は?何言って
土方が言い切る前に、真剣がぶつかり合う音が鳴り響く。
「なっ!!何やってんだテメェら!!」
土方を背後にしながら、火花が散るほど刀をぶつけ合う。
このスピード感と、真剣の緊張感。いいね。
「無闇に暴れんじゃねえ!!あっぶね!!」
「下がっててくださいっ。」
止め入ろうとした土方に刀を降り下ろすと、土方を突き飛ばすように七星が割り込んでくる。
騒ぎに気付いたのか、一番隊の隊士や近藤さんが縁側から何やら叫んでいるが、俺の耳には届かない。きっとコイツにも。
「安心しなせェ、峰打ちにしてやらァ。」
「こっちのっ、台詞で、すっ!」
この勢いじゃ、峰打ちだろうと骨の何本かは折れてもおかしくない。
それを俺たちも、周りで見てる奴等も分かっている。
「やめろって言ってんぬぉああああ!!」
土方が池に落ちた。というか落とされた。
いちいち間合いに入り込んでくる土方に、ついに痺れを切らしたのか、七星が蹴り飛ばしたから。
バシャッと音を立てながら、池の藻を携えて出てくる様は笑える。
「あ…すいません…、つい。」
「テンメェエエエエエ!!お前さっき護るとか抜かしてなかったかあ"ぁん!?」
「だから…護っていたのに、いちいち邪魔…危ない所に突っ込んでくるので…」
「んで俺が箱入りお嬢様に守られなきゃなんねえんだ…!一番隊丸ごとまとめて相手してやるよ、テメェら全員かかってこいやぁあ!!」
瞳孔を開きながら怒りの笑みを浮かべ、ぬらりと刀を抜きぶちギレる土方に、相変わらずコイツは煽りやすくていいや、と嘲笑した。
三人で真剣を振り上げたその瞬間、頭にゴンッと衝撃が降ってくる。
「「いってぇえ!」」
俺と土方の頭に拳骨を食らわせたのは近藤さん。
殴られた箇所を押さえる俺達に、近藤さんの説教が始まった。
「真剣で乱闘なんかしたら、怪我人が出ることくらい分かるだろ!!何乗せられてるんだトシ!!総悟も!!七星ちゃんがいくら強いとは言え、真剣で斬りかかるなんて危ないでしょうが!!」
「でも近藤さん、俺ァコイツの調教係なんでさァ。この強情セレブ調教するには肋骨の二、三本ヤってからじゃねェと
「調教じゃなくて教育ぅう!!何物騒なこと言ってんのぉお!?!?」
七星は流れるような所作で刀を鞘に納め、近藤さんに軽く頭を下げた。
「申し訳ありません局長…沖田隊長の安い挑発に乗ってしまい。」
「…よし!!今日は久しぶりに一番隊と俺達で、合同訓練と行くか!!な!トシ!!」
ニカッと笑った近藤さんが俺と土方の肩を抱える。
なんとなく武州にいた頃を思い出した。
全員刀を竹刀に持ち替え庭に集まると、近藤さんがルール説明をする。
「よし!今いる一番隊の人数は…8人か。俺達3人でいけるよな!?」
「近藤さん、うちは真選組の特攻隊ですぜィ?いくら近藤さんでも、舐めてかかると痛い目あうんじゃないですかィ?」
「ハハハハ!!舐められたもんだな!!最近じゃ会議や接待ばかりだがなぁ!!俺もそこまで鈍っちゃいないさ!!」
「はっ、笑わせんなよ隊長。俺と近藤さんで4人ヤりゃいいんだろ?楽勝だ。よぉ経理部長、お前は自分の身だけ守ってな。」
ゴゴゴと音が出そうな程に闘志を燃やす真選組2トップの横で、七星は静かに竹刀を撫でながら澄んだ声で呟いた。
「私…一度やってみたかったんです…乱闘パーティー。」
"乱交パーティ"を連想させるそのワードに、俺の後ろにいた隊士が全員鼻血を吹き出して倒れた。
「…よくやった、開戦前に体力を削る作戦か。」
「土方さん、アンタのチームメイトが一番負傷してやすぜ。」
後ろで地面に鼻血の池を作る近藤さんを指差すと、また土方はため息をついた。
数分後、
「よぉおおし!!かかってこいぃいいいい!!!」
鼻にティッシュを突っ込んだ近藤さんの合図で、久しぶりに燃える"ゲーム"が始まった。