初めてのお仕え | ナノ




#12 燃えやすい二人



午後は滞りなく勤務が終わり、日が暮れた頃屯所へ戻った。夕飯までは少し時間がある。
こういう時やるべきことはひとつだ。


「総悟、先週の件の始末書書け。」

「……なんのことだかサッパリ。」

「町中でバズーカぶっ放して家屋3件損壊させたアレだ。」

「そりゃ先週じゃなくて今週のことでしょう。」

「今週もやったのかテメェ!!!!」


総悟の首根っこを掴みながら自室へ連行しようとすると、後ろから七星が着いてきた。
隣の部屋だし部屋に戻るなら当然かと思っていたが、自分の部屋に入ることなく、後を着いてくる。


「…夕飯まで休んでていいぞ。」

「私はこれから雑務も任されるんですよね。書類関連のことは覚えておきたいので、ご一緒してよろしいですか。」

「あ、あぁそうだな。」


雑務を積極的にやりたがる人間はこの組織には存在しない。まず始末書の期限を守るやつすら少ない。書類に関して奴等のやる気が出るのは、俺が殺意を見せてからだ。
雑用としてしょっちゅうコキ使ってる山崎さえ、雑務となれば嫌な顔をする。そん時ゃ殴るが。

雑務に対して積極的に取り組む人間を初めて見たせいで、軽く動揺すらしてしまったわけだ。


「失礼します。」


七星は一礼した後部屋に入ってきたが、数秒すると踵を返して出ていった。
え、なんで。


ガゴゴゴゴゴゴ


音を立てながら何かを運んで来ると、勝手に部屋のコンセントを探し、稼働させ始めた。


「一応聞くがなんだそれ。」

「空気清浄機です。」

「悪かったな空気淀んでてぇえ!!!」

「淀んでるというか部屋に染み付いたニコチン臭がキツいんでィ、なっ?」

「はい。」

「フェブリーズ振り撒くな!!!!」


部屋を移ることも考えたが、必要な書類関係の物は大抵俺の部屋にある。わざわざ移動するのも手間だった為、仕方なくしばらく臭い対策に付き合った。


「これが始末書だ。事故処理後に、賠償内容やら の詳細が書かれた用紙が届く。内容確認したらやらかした本人にその用紙にサインさせる。釈明内容をこっちに書かせて、責任者印をここに押す。以上だ。」

「なるほど。」

「総悟、お前はこれ書いてろ。」

「へいへい。」


今日こそは逃げられないと観念したのか、それとも新人を前に仕事から逃げるのはさすがにみっともないと思ったのか、珍しく言うことを聞いて机に向かった。

その間、この雑務担当らしい女に、とりあえずざっと仕事を教えておこうと、数種類の書類を取り出した。


「これが各隊の業務報告書。通常業務とは別に、討ち入りの場合はこっちも書く。損害報告書だ。死亡者数、怪我人は入院の有無、復帰目処を記入する。 それから、給与関係と収支報告書は

「あの…」

「なんだ。」

「これは全て、副長一人で管理を…?」

「大抵はな。」


それを聞くと、金色の髪を揺らしながらまた部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。
ノートパソコンとプリンターを抱えて。


「少し拝見して思ったのですが、この記入形式、明らかに効率が悪いです。それを全て筆で書くとなれば、仕事量が膨大になるのは当然。雑務をやる人間がいないならば、効率化を図りましょう。」

「俺はカラクリは好きじゃねえ。」

「まずこの書類ですが、これは勘定方から配布されている物ですか?」

「無視か。」


何かスイッチが入ったのか、七星はパソコンをカタカタと弄りながら、ひとつひとつ書類を確認しながら質問を重ねてきた。

これは誰が作ったのか、これは何処に提出する物なのか、変更は可能なのか、許可は何処へ取れば良いのか。
忙しなく続く質問に、ついこちらも真面目に答えてしまった。
気付けばパソコンの画面に、経費明細書と記された表が作られていた。


「とりあえず、特に許可なく変更出来そうな物を作ってみました。」

「これで何が楽になるっつーんだ。」

「今までは、購入した物のカテゴリーと金額をいちいち筆で書き込んで、合計金額を計算していたんですよね?」

「いちいちな。」

「ここに、カテゴリー一覧があります。食品、生活必需品、隊服・衣服、武器…ここから選択します。あとはここに金額を入力していけば…勝手に合計してくれます。」

「…なるほどな。」

「領収書は別紙でまとめれば問題ないかと。プログラムを作ったので、許可さえあれば他の書類もこの形式にできますが…。あとこちらの勤怠管理の書類なんですが」


パソコンのことはよく分からないが、ひとつ分かったことがある。


コイツは思ったより、ずっと優秀だということ。


気付けば時間を忘れて作業をしていた。
後日にしようと思っていたが、七星の勢いにつられ、書類の変更に必要な許可を取るため、勘定方やらとっつぁんにも連絡を取った。


「おい、こここれでいいのか?」

「はい。印刷したい時は、ここです。あと、給与に関してなんですが、基本は固定給なんですよね?」

「あぁ。そこに、討ち入りなんかかあれば特別俸給がプラスされることもある。」

「給与明細はどうされてるんです?」

「変更があった時だけ俺が書いてる。」

「…それも作ります。」


いよいよ七星に呆れの色が見え始めた時、縁側の方から声がかかり、障子が開いた。


「トシ!七星ちゃんも!ここにいたのか!アレ、総悟も。」


近藤さんの目線に釣られるように後ろを振り返ると、いつの間にかアイマスクを着けて机に突っ伏した総悟が目に入った。
おい、書類ヨダレまみれじゃねえか。

体の向きを戻そうとしたら、隣にいた七星と目線がぶつかった。


ザッ


思いの外、近距離にいたことに、たった今気付いた。
向こうも同じことを思ったのか、俺と同じように音を立てて距離を取った。


「二人とも、随分熱心にやってるじゃないか!!」


近藤さんの向こうに見える庭は暗闇で、時計を見れば20時を優に過ぎていた。
3時間以上ぶっ続けでパソコンに向かってたってことか…。

だが、普段雑務をこなした後に感じる、嫌な倦怠感はそれほどない。むしろ充実感が勝る程だ。


「わりぃ、飯も食ってなかったな。」

「そうなの!?俺もこれからだから、一緒に行こう!」

「ご一緒させて頂きます。」

「おい総悟、起きろ。飯行くぞ。」

「…んー、…なんでィこの書類地獄。二人でこんなとッ散らかして何遊んでたんですかィ。」

「遊んでたのはテメェだろ。書類に水溜まり作りやがって。」


立ち上がって総悟の頭を小突いて起こし、部屋を出ようとしたものの、何故か七星がその場から動かない。


「どうした?七星ちゃん。」

「……先に行ってて頂けますか。」

「なんだ、続きなら明日でもいい。」

「早くしろィ。腹減ってんでィ。」


俺の後ろにいた総悟が、七星に近寄り腕を引こうとすると、七星はその手を拒絶するように掴みながら少し眉を寄せた。


「……お前もしかして、」


3時間、座りっぱなしだったんだ。


「足痺れてんのか?」


正座で。


「痺れてませ、ん"ん"っ!!!」


総悟がニタリと笑いながら、七星の足を踏みつけると、あまり動くことのない表情筋が歪む。
だが、やられっぱなしでいる女ではないようで、総悟の足を掴み捻りあげ、書類の山に張り倒した。


「ははは!!そんなことなら早く言ってくれればいいのに!!」


豪快に笑いながら、ろくに動けていない七星に近付いた近藤さんは、"ちょっといいか?"と言いながら七星を軽々持ち上げた。お姫様抱っこで。


「はっ、局長!…お、下ろしてください!!」


この人は、人助けとなると男も女も見境なく突っ込んでいける。いざ女と意識すると、たちまち気持ち悪くなるが。


「ははは!!軽いから大丈夫だ!!」

「いや、あのそうではなくて…!!」


コイツのプライドが許さないのか、上司に対して失礼だと思っているのか、細い身体をスルリと回すように、無理矢理近藤さんの腕から這い出た。

まではいいとして、


「っ!!!」

「おわっ!!」


まだ足が痺れていたのか、よろけた七星が突っ込んできた。
そりゃ、こっちに倒れ込んできたら、抱えるだろ…反射的に。咄嗟に触れた背中から、慌てて手を浮かせた。

俺の胸に顔を突っ込んだまま、一瞬時が止まる。


「………。」

「…お、おい。」


声をかけると、金色の後頭部がゆっくり動く、少し伏せた表情は、いつものように無表情で感情が読めな


「おい何してんだぁあ!!!」

「落ち着け七星ちゃんんんんんん!!!!」


コイツの中の"失態"という名のキャパを激しくオーバーしたのか、七星は自分の頭に銃を突き付けようとしていた。

当然、後ろから羽交い締めるように近藤さんが止めに入る。


「止めないで下さい。もう私に生きる価値はありません。父上とおじさまによろしくお伝えください。」

「やめて七星ちゃんんんんんん!!!!俺達が悪かったぁああああ!!!!」

「そんなに死にてェなら俺が粛清してやらァ。」

「お願いします沖田隊長。局長ごと斬ってください。」

「アレこれ俺のせいだと思われてるぅうううう!?!?」


溜め息をつきながら、喧騒を背に廊下を進む。
胸ポケットのタバコを取り出そうとした自分の手が視界に入って、ふと動きを止める。

……アレ、俺女に触れたのいつぶりだ。


「土方さん、今夜のオカズ何にしやす?」

「あ"!?オカズ!?!?」

「…え、晩飯の、……今何考えてやした?」


悪魔のような笑みに、無言でタバコを噛み締めることしかできない。
別に下心なんかこれっぽっちもねえよ!!!

楽しそうにニヤつく総悟に苛立ちながら、夕飯のピーク帯を過ぎてガランとした食堂で、食事を選び、腰をかける。


「七星ちゃん、今日1日働いてみてどうだった?やってけそうか?嫌なことがあったらなんでも教えてくれ!!」

「嫌なことがあったとしても、局長の手は煩わせません。今日も、空気清浄機とフェブリーズが何とかしてくれましたので。」

「俺の臭いかよ!!!」

「ははは!!仲良くやってるようで安心したよ!!」

「いやどこが仲良し?」

「抱き合うくらいなんだから、仲良しじゃねェですかィ。」

「抱き合ってねえ。」
「抱き合ってません。」

「ふん、足は治ったかィお嬢さん。」


完全にバカにしながらニヤつく総悟に、七星はいつものツンとした表情で淡々と答える。
コイツらも、気が合うんだか合わないんだかよく分かんねぇな。


「とっくに治りました。ひとつ言わせて頂きますと、セレブは床に座る習慣があまりないんです。正座をするのは花道や書道を習うときのみで
「あ、おばちゃん!さばの味噌煮俺のでさァ!…で?なんだっけ?」

「…いえ、何も。」

「そ、そうだ!明日の夜、七星ちゃんの歓迎会をやりたいんだが!!七星ちゃん、お酒は?」

「嗜む程度ですが、飲めます。」

「良かった!何が好き?明日誰かに買い出しさせるから、今のうち好きなお酒教えてくれ!」


何故か喧嘩を売るような態度をとる総悟のせいで、空気が悪くなるように感じたのか、近藤さんが話を変えた。


「ロマネ・コンティですかね。赤が好きなので。」

「え、何?」

「ロマネ・コンティです。」

「もまれこんち?」

「近藤さん、深く聞かない方がいい。黙ってボトル1000円の赤ワイン買ってきてやれ。」

「副長、冗談は止めてください。1000円でアルコール飲料が買えるわけがありません。」


このぶっ飛んだ金銭感覚さえなきゃなぁ。

真面目な顔で親子丼の上にキャビアをぶっかける姿を見ると、また溜め息が漏れた。


「じゃあ、お休み!トシ、七星ちゃん!」

「お休みなさい。失礼します。」


それでも、


「副長、部屋の片付け…手伝います。」

「あぁいい。」

「ですが、」

「今日はもう休め。"経理部長"。」

「……分かりました。失礼します。」


少しは認めてやるよ。

世間知らずの箱入り娘が、どこまでやれるか、見ててやるくらいにはな。

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