初めてのお仕え | ナノ




#10 ヒロインの心得、貧乏人には近付くな



依頼先でファミレスの割引券を貰った故に、神楽と新八を連れていつもより少し離れたファミレスへ向かうと、ちょうど出口から出てきたのは見慣れた黒い隊服と見慣れない金髪美女だった。

生け簀かない野郎共だが、その状況を突っ込まずにはいられないわけで。


「え?なにこの子。またイメージアップキャンペーンですか?一日局長ですか?今度はどっから捕まえてきたの?アイドルには見えねぇな。アレか、洋物AV女ゆ


言い切る前にズキャーンと物騒な音と共に、俺の股間スレスレを鉛玉が掠めた。


「あ、すいません。つい。」

「ぎ、銀さんが失礼なこと言うからですよ!?!?」

「トッシー、誰アルかこのスカした女。」


股間の悪寒から顔を青くする俺を他所に、勝手に話が進んでいく。


「誰がトッシーだ。わざわざお前らに教える必要ねぇだろ。」

「コイツは今回婿探しキャンペーンで入隊したメス豚でさァ。」

「余計なこと言うんじゃねぇええ!!」

「初めまして。この度真選組でお世話になることになりました、金城七星です。」

「お前も!とっつぁんに名字隠せって言われてたろ!!」

「あぁ、そうでしたね。でもなんとなくセレブ界とは無縁のオーラを感じたので大丈夫かと。」

「アレ?なんかよくわかんないけどもしかして今俺達バカにされてる?絶対バカにされてるよね?」

「あなた方は?副長と隊長のお友達ですか?」

「「「「誰がこんなやつと!!」」」」


不覚にも声が揃ったのは、俺と土方くん。神楽と沖田くん。


「お前らもついにヒロインの必要性に気付いたアルな。ヒロインの心得について不安があれば私に相談するヨロシ!」

「どこの誰がヒロインなんでィ、鼻垂れ娘が。」

「今日こそぶっ殺すアルクソサド芋侍ぃい!!!」

「はは、すみません騒がしくて…僕たちは銀さんが営む万事屋の従業員です。真選組の方たちとは何かと顔を合わせることが多くて…顔合わせるとこんな感じですけど…あっホラ、銀さん!名刺渡しといたらどうです?」

「あぁ、ホラよ。金さえ貰えりゃ何でもやってやるから、そいつらのセクハラに困ったらいつでも相談しろや。ぜってェ苦労すんだろ、そんなむさ苦しい組織の紅一点じゃ。」


嫌味を放ちつつ名刺を差し出すと、長いまつげを少し伏せて手元の名刺を見つめた。


「頼めば何でもやってくれるんですか?」

「このドS上司がムカつくなら、始末は私に任せるアルぅう!今なら三割引で請け負うネ!」

「上等でィ、3秒で返り討ちにしてやらァ。」


例のごとくガキの喧嘩が盛り上がり騒がしいなかで、目の前の女から澄んだ声が発せられる。


「でしたら…社長の、坂田さん。私の処女、買ってくれません?」

「「……は?」」


ちょっと待って今なんつったこの子。
オタクの上司もポカンとしちゃってるけど。


「もしかして、何でも屋なのに、そういう依頼はできないんですか?」

「いやいやいやいや俺としては大歓迎だけどちょっと待って、オタク初モノなの?そのハイスペックで?」


顔は美術品みてぇに整ってるし、足は長いし見るからにボンキュッボンだよ?
これで処女?そんなの世間が許すわけねぇだろ!!


「まぁ諸事情でここまで守られてきたんですが、さっきコンビニで見つけた雑誌の見出しに書いてあったんです…"これが世間の声!処女がめんどさい男60%!"と。これから婿探しをするのにそんな事が理由で躓くくらいなら、貴方に買い取って頂いた方が良いのかと。」


確かにその世間の声は分かる。銀さんも処女めんどくさい派だから。
でもそれはプレイ的な意味よりもむしろ精神的な意味でってのがデカイ。
大抵の処女は「処女奪ったんだからちゃんと責任とって!」とか重い発言し始めるだろ。結婚を前提の付き合いとか言い出すだろ。
でも依頼となりゃその心配もなくなるわけだよな?
一発貫通させて金も貰える?
え、もしかしてコレ超おいしい依頼なんじゃねえの?


「銀さん、下心が全部鼻から出てますよ。そもそも!僕はそんな汚れた依頼許しませんよ!!」

「いやむしろ汚されんのはコッチだろィ。」

「童貞は頭が固くていけないアル。銀ちゃんの身体が欲しいならそれなりの金払いなネーチャン!!」

「……これでどうです?」


懐から取り出した紙切れに何やら書いて差し出される。
それが小切手だと把握するのは簡単だったが、書かれたゼロの数を理解するのには時間を要した。


「え…なにコレ…なんかのドッキリ?」

「銀ちゃぁああああん!!!一発キメてくるアルぅうううう!!!!」

「だ、ダダダダダダダメですよ!!!そもそも!!二人とも身体をお金で売ろうとか買おうなんて考えが間違ってます!!!七星さんでしたっけ!?そんなに簡単に"初めて"捨てちゃダメですよ!!僕は…"初めて"がめんどくさいなんて思いませんよ!?むしろ嬉しいです!!皆そういうものなんじゃないんですか!?」

「………なんか童貞が恥ずかしいこと言ってるんですが…そうなんですか?副長。」

「必死の説得したのに童貞呼ばわり!?!?」

「そもそも、テメェ警察が売春なんかして許されると思ってんのか。」

「…コレ売春なんですか?私的には勉強のつもりもあって、この性生活が爛れてそうな人なら師になり得ると思ったんですが。」


誰が爛れてるって?
クールそうに見えて意外と喋るネーチャンだなオイ。


「つーかお前そんなくだらねぇ情報、なんの雑誌から得た。」

「プレイ☆ボーイという雑誌ですね。見出しに書いてあっただけで、まだ中は読んでいないので詳細は分かりませんが。」

「そりゃ世間の一部の変態が読む雑誌だ。そのなかで取ったアンケートなんか参考になるわけねぇだろ。」

「そうなんですか?」

「随分詳しいんですね土方さん。愛読者なんですかィ?」

「オイオイ商売の邪魔すんじゃねえよ!!婿探しだかなんだか知らないけど絶対知識はあっても損しないよ!?一発かますかどうかは別として!銀さんの"未来の夫を満足させるドSによるドSの為のドS講座"だけでも聞いてみない!?半額で請け負うからぁあ!!!」


小切手を指差しながら血眼で少し距離を詰めると、こめかみに血管を浮かべた土方くんにその金を産む紙切れを取り上げられ、一瞬でビリビリに引き裂かれた。


「何すんだテメェええええええ!!!」

「いいか、よく聞け。」


相変わらず開いた瞳孔と鬼の形相が、例に漏れず自由奔放な部下の女を見下ろす。


「テメェのその金でなんでも片付けようって魂胆が気に食わねぇ。お前が誰と寝ようが関係ねえが、この男に本気で興味があんなら、金で物言わせずに正面からぶつかってみやがれ。」

「………。」

「…土方さん、そっちの童貞と大差ないくらい恥ずかしいこと言ってやすけど、気付いてます?」


沖田くんの台詞で一気に顔を赤らめた土方くんは、誤魔化すようにタバコをくわえ、パトカーに向かおうとした。
その腕を引いたのは…


「副長は…、相手が処女でも…面倒臭くないですか?」

「…俺は、別に…まぁ、」


答えを濁したつもりだろうが、沖田くんと目が合って心が通じた。
コイツ、ぜってェ「処女の方が嬉しい派」だ。

何なんだこの茶番感。というか何なんだこの女。
あの額サラッと出せるって何者だ。
なんでそんな女が真選組にいんだ。


「チッ!オラ行くぞ!!見廻りの途中だ!!」

「はい。」

「土方さんが処女厨とは知りやせんでした。」

「んなんじゃねえ!!別にどっちだって関係ねぇって意味だろ!!」

「関係ありまさァ。俺は処女大歓迎ですぜィ。調教のしがいがあらァ。」

「そうなんですか?やはり雑誌よりも生の声の方が参考になりそうですね。」


パトカーに向けて背を向けた三人に、何処と無く今までにない空気を感じる。

今までいなかった奴がいるから…それだけじゃない。
今まで見せなかった顔が見えそうな気配、そんな感じだ。

あの女も、タダ者じゃない気配がビンビンするし、金の匂いもプンプンする。
あの女は何やら秘密も多そうだし、これからあの女とアイツらが一悶着起こしたとして、その秘密も握れればコッチのもんだ。
一悶着起きるように仕向けることも出来なくもねえしな。

こりゃもしかすると…


「新八ィ、神楽ァ。」

「はい?」

「アイツら…これから死ぬほどカモれる気がする。」


金に縁がない分、金の匂いには敏感なもんで。

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