初めてのお仕え | ナノ




#9 ファミレスが不味いとか言ってる奴、大人ぶるな



「副長、沖田隊長…失礼しました。人前で嘔吐するなどセレブとしてあるまじき行為…死にたい。」


眉を寄せ片手で頭を抱えた表情は、初めて見た。
少しだけコイツの素を見れた気がして、なぜか安心した。
いつも無表情でツンとはしてるが、感情がないわけじゃなさそうだ。


「んなことより…さっきの動き、並の反射神経じゃ出来ねぇ芸当だ。前にも聞いたが、お前どんな訓練をしてきた。」

「銃は…自宅に訓練ルームがあったので。と言っても、相手にしていたのは3Dの映像ですが…ただ、標的はかなり不規則に動く上に反撃してくるようプログラムしてあったので、ある程度実戦でも使えるかと。」

「それも護身の為か?」

「それもありますけど、銃に関してはどちらかと言えば趣味ですね。剣と体術は、ちゃんと師がいます。」


銃を扱うのは、とっつぁんの影響もあるんだろうか。
七星は無機質な音をたてながら、弾の補充をすると、太股の辺りに取り付けられたホルダーに銃を納めた。
いつの間にそんなもん作ったんだ。

侍は剣さえありゃいい。
そう思ってるが、敵の武器も多様化してきた時代だ。自分の身を守り、仲間を守るためには、それなりの武器が必要なこともわかっちゃいる。

コイツがここまで力を付けた理由が、"セレブだから危ない目にあう"だとするなら、一体どんな目に合ってきたって言うんだ。


「土方さぁん、一仕事したら腹減りやした。昼にしやせんか?」

「…そうだな。」


人の過去になんか興味はねぇ。
コイツが今までどう生きてきたか。これからどう生きていくか。
そんなもん、知ったこっちゃねぇ。

ただコイツが時々見せる冷えきった表情より、ゲロ吐こうが怒ろうが泣こうが、そんな顔の方がいい…気がした、だけだ。


「とりあえずこっから先は俺が運転しまさァ。土方さんはハンドル捌きにデリカシーがないんでさァ。しかも急発進するし停まるときカックンってなるし。正直アレウザいよな、七星。」

「運転中急にハンドル離すお前に言われたかねぇんだよ!!」

「沖田隊長、運転お願いします。」

「オイ!?!?ウザいと思ってたのか!?結構スーっと停まってただろうが!!」

「タバコを吸えないイライラが運転に現れてましたぜィ。」

「そんなんじゃモテませんよ?」

「うるせぇえ!!」


やっぱめんどくせェから無表情でいい!!


今度は総悟の運転で大通りに戻り、駐車場のあるファミレスに入ると、七星はまた物珍しそうに店内を眺めた。


「……これ、ゼロの数合ってます?」


メニューを指しながら真面目な顔で言うセレブに、今日何度目か分からない溜め息が漏れた。


「これが一般的な値段なんだよ。お前が普段食ってるもんと比べんな。」

「俺ハンバーグBセット。」

「Bセットとはなんです?」


七星の隣に座る総悟が、メニューを見せながら説明する。
この女が盛大に世間ズレしてるせいなのか、総悟が時々まともに見えるのが笑える。

散々悩んだ結果、結局七星はパスタを頼んだ。


「…美味しい。この値段でこの味とは…ここまでコストパフォーマンスの良いものに出会ったのは久しぶりです。この企業の株を買うことにします。」

「アンタ、その株だとかそのパスタにぶっかけてるキャビアだとか、それも親の金で買ってんのかィ?」

「一応…私名義の不動産がいくつかあるので、その収入です。あとはあまり使うことのない父のクレジットカードもありますが…まぁ結局元は父の収入ですね。」

「ふーん。金を稼ぐ苦労とは無縁だったってわけか。」

「…そうですね。父に、働くことよりもセレブとしての嗜みを身に付けろと言われていたので…。」


そう言う七星の目は、また少し冷たくなった気がした。


「だから、働くことは勿論、誰かに仕えることは初めてです。」

「そりゃいい奴隷になりそうですねィ。」


食事を食べ終え会計をしようとすると、七星は懐から財布を取り出す。
それは明らかに厚みがおかしく、開かずともそこに札束の存在を感じた。

レジへ向かう七星の肩を押し退け、三人分の料金を支払う。


「さすがモテる男はちげェや。職場の人間だろうと、女には金を出させねェってか。」

「ちげェよ。人前でそんな札束入った財布出されて、幕府が金横領してるとでも思われたら組織ぐるみで迷惑なだけだ。心配しなくても給料から天引きしてやる。」

「あの、一応言っておきますが…札束ではありませんよ?」


会計を終え出口に向かう俺に見せつけるように財布を開いた。


「なんで金塊ぃいいい!?!?札束よりタチわりぃよ!!!お前それで支払いできると思ってんの!?原始人なの!?!?」

「現金もちゃんとありますよ。金塊はトレーニングがてらいくつか身に付けてるんです。」


そう言ってブーツに指をかけ少し引っ張ると、太陽光をきらびやかに反射する金色が見えた。

ヤバイ…このままだと溜め息生産機になる…


「あ、旦那ァ。」


総悟が発したその言葉に、今日イチの溜め息が出たのは言うまでもない。

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