似て似つ | ナノ




#5 休みの前の日は、何かしたくなる



接客業という仕事柄、休みは大抵平日。
オープン日から数日、私は今日もカウンターに立っている。

でも、心なしかいつもより仕事にも精が出る。
翌日が休みだからだ。


明日は歌舞伎町を散策しよう。


引っ越してきてから1週間程になるけど、なんだかんだ忙しさに追われ、休みがあっても1日中ゴロゴロして終わってしまっていた。

明日どの辺りに行こうかなんて考えながら、あっという間に時間は過ぎ、そろそろ退勤時間になる。


今日は早番なので17時には退勤。


翌日が休みなのに、まっすぐ帰るのも勿体ない。
数日間の連勤で体は疲れているものの、休みの前の日は無理をしてでも何かしたくなる。

でも、歌舞伎町に引っ越してきたばかりの私には、暇つぶしに付き合ってくれる友達もいなければ、行きつけの店があるわけでもない。


店の制服のスーツから上のブラウスだけ少しラフなシャツに着替え店を出るともう夕日は沈みかけていて、日中とは打って変わって少し冷えた風が頬を撫でる。


ほんの少し肌寒さを感じ、思わずポケットに手を入れた。
何かが手に触れ、数日前の出来事を思い出しながら私はその紙に目を止めた。


"万事屋銀ちゃん"


あの時貰った名刺。
制服のスカートのポケットに入れっぱなしにしていた。


私は立ち止まりそれを少し眺めた後、そこに書かれた住所の方向に足を向けた。

別に、目的地は万事屋じゃない。
ただ知らない道を歩きたくなっただけ。



と言ってもやっぱり土地勘がないため、時々電信柱に書かれた住所を確認しては手元の名刺と見比べ、仕舞いには通りすがりのおばさんに声をかけてしまった。


「あの、すいません。万事屋銀ちゃんってこの辺りですか?」

「あぁそれならねぇ」


おばさんは笑顔で教えてくれた。
「早く行かないと銀さん飲みに行っちまうよ」なんて付け加えて。


場所を聞いてしまったからには仕方ない。

どこにあるのか確認するだけ。

そう思いながら角を曲がり、平屋が並ぶ昔ながらの商店街に足を踏み入れた時、目に入った黒い隊服に、目的地を決めた数分前の自分を呪いたくなった。


それに、数人で歩く列のなかパッと見ただけですぐ見つけてしまった。
あの、腕を掴んできた青年を。

でももう振り返って反対方向に進むには不自然すぎる距離感だし、向こうも隣にいる隊服の地味な男性と話していてこちらを見ていない。
それに今日は着物じゃなくて洋服だし、ちょっと印象も違って見えるはず。


きっと気付かない。


それでも私は慌てて道の端に移動し、顔を下に向け気付かれないよう足早に通りすぎようとした。


だけど、すれ違い様確かに聞こえた。


「チッ」


思わず目を見開き振り返って青年を見てしまった。
歩みを進めながらも首と目線は私の方を向いていて、やっぱり私に対する舌打ちだったのだと理解する。


途端に私は頭にカッと血が昇るのを感じた。
こんなに腹が立ったことなんて、生まれて初めてかもしれない。


こっちが気を使って道の端に避けたのに、舌打ち?
私何も悪いことしてないのに!


きっと今私は物凄い顔をしてるだろう。
自分でも顔が熱くて、真っ赤になってるのがわかる。たぶん目も血走ってる。
もうムカつきすぎて、涙も出てきた。


堪らず小走りになりながら、目的地の目印を見つけ階段を駆け上がった。

少し息を整えてからインターホンに指をかけた瞬間、ガラガラッと音をたてて戸が開く。


「おわっ!ビックリしたじゃねーか人んちの玄関に突っ立ってんじゃ…あれ、お前パチンコ屋の…」


騒ぎながら私の顔を見て、銀さんは少し驚いた顔をした。

私の目に溜まった涙が、ポツンと地面に落ちたから。

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