似て似つ | ナノ




#27 怖がりなのは想像力が豊かだから



早めにお風呂を済ませ、脱衣所の大きな洗濯機に手洗いしたブラジャーとパンツを入れて乾燥のボタンを押す。


貸してもらった女中用の上下のジャージとTシャツとパンツ。サイズは見るからに大きい。
パンツは黒の綿素材で非常にダサいけど履き心地はいい。パンツもちょっとユルいわ…。
Tシャツの上にジャージを羽織ったところで、脱衣所の曇りガラスの外で何かが揺れ動いていることに気付く。


オレンジ色の…火?
ひ、ひひひひひひ火の玉…?
な、なんか白い人影みたいなのも見える……


「ぁ…ああああ、ぎっぎぎぎぎ銀さあああああん!!!!!」


思わず脱衣所の戸を壊れそうなほど勢いよく開け、廊下に飛び出すと座って寝ていたらしい銀さんが飛び起きた。


「っんだよ!!!ちょ、お前またパンツ!!!」

「見えちゃった…!私、見えちゃった!!」

「うん、見えちゃってるねパンツが!!!なんだよ!!その格好でくっつくんじゃねえバカ!!!」

「ちちちち違うの!!見えたの…ゆ、ゆ、ゆ…ゆうれあああああ言うのも怖いぃぃいいい!!!」

「なに、何何何。ゆうれ…ってもしかしてその次にくる文字…"い"?」


もう自分がジャージのズボンをはいてないこととか、ノーブラで銀さんの腕にしがみついていることとか全部忘れるくらいとにかく恐怖が半端ない。

だってここ屯所だよ?
真選組って局中法度が厳しくて破ると即切腹とかするんでしょ?
しかも、普通に切り合いとかで命落とす人もいるわけでしょ?
そうゆう人達の魂が…さ迷ってるんじゃ…ああああああああああ鳥肌ああああああああああ!!!


「お、おおおおおお前…そんなもん存在するわけねえだろ?バカなのか?バカなんだろ?ん?」

「だだだだって見えたもん…窓の外にっ!火の玉みたいなのと…白い…人影みたいなの…」

「んなわけねえだろふざけんな!つーかお前ズボンはけ!!」

「無理無理無理無理!ズボン脱衣所に置いてきた…ちょっ、銀さん一緒に取りに行こ?」

「子供みてえなこと言ってんじゃねえぞ!!!まじで!!ゆ、ゆうれ…とかなんかそうゆう系は絶対信じないからね俺ぇぇえええ!!」

「……もしかして…銀さんも…怖いの苦手?」

「んんんんんなわけねぇだろ余裕だよ!そんなもん、ぶ、ぶぶぶぶぶっ飛ばしてやるよ!!!」


冷や汗を流しまくってる上、明らかにどもりまくるその様子からして、銀さんも怖がりなんだと察する。

そして銀さんの腕にしがみついたまま、二人で脱衣所へ足を踏み入れる。


「窓を見ちゃいけない窓を見ちゃいけない窓を見ちゃいけない窓を」

「やめろ唱えるな。」

「ぎ、銀さんズボン取って。」

「お前が取れよ!」

「むむむむ無理!これ以上窓に近寄れない!」


「……死ねぇぇぇ……死ねぇぇぇ……」

「「ギャアアアアアアアアア!!!」」


窓を見てはいないけれど、窓の外から聞こえた、男の絞り出したような声に、私と銀さんは叫びながら脱衣所を出ようと走り出したものの、恐怖で足が縺れて二人で盛大に転けた。


「死ぬうううううう!!殺されるうううううう!!!殺るなら先に銀さんでお願いしますうううううう!!!」

「ふざけんなお前えええええ!足離せえええええ!!」


転んだ銀さんの足にしがみついたままバタついていると、こちらに振り返った銀さんが窓を見て顔を真っ青にした。


「な、なななななに…何が見えてるの…ねえ…その顔やめて?私もう後ろ見れない、もう銀さんの顔だけ見て生きてく。」


立ち上がろうとする銀さんを必死に押さえていると、背後から声が聞こえてくる。


「そこで何やってんでィ。」


その声は明らかにあのサド王子のもので、私と銀さんは顔を見合わせ冷静になる。
窓を見てみると磨りガラスのすぐ先に人影が見えて、銀さんはこれで青ざめていたのかと納得しながら、鍵の掛かっていた窓を開けた。


「こんな遅くに何騒いでるんでィ。」

「お前こそこんな遅くにそんな格好で何やってんのぉぉおおお!!!?」


窓の外に立つ総悟は、白い着物を着て、頭にロウソクをくくりつけていた。
火の玉に見えたものはロウソクの火だったというわけ。
なんなのこの子バカなの?まじで。


「土方を呪う儀式に決まってるじゃねェですか。」


そう言って総悟が指を差した後ろの木を見ると、藁人形に土方さんの写真が貼り付けられていて、見事に釘がぶっ刺さっている。


「紛らわしいことすんじゃねえよ!!まじで怖…ビックリしたじゃねえか!」

「ホントだよ!はーもうホント心臓に悪い。」

「アンタらこそ何やってんでィ。こんな声の響くところでおっ始めようなんざいい趣味してますねィ旦那ァ。」

「何もおっ始まらないから安心しろ。お前は早くズボン履け。」

「あ、うん。」


疲れた体に恐怖という精神的ダメージを負って、疲れがどっと増した気がする。


「てゆうかアンタらなんで帰らねぇんですかィ?」

「明日も手伝いやらされる羽目になったんだよ。で、朝早ぇから泊まってくことになった。」

「そりゃいいや。明日も暇しなくて済みそうだ。」

「暇なら手伝えよ!」


しばらく窓越しにそんな言い合いをした後、総悟はもう寝ると去って行った。


「俺も風呂入るわ。お前そこにいろ。」


え、ここ脱衣所ですけど。


「それはセクハラすぎるよ銀さん。」

「いや別に今のアレのせいで怖くなったとかそうゆうんじゃないからね。ただお前が一人でいたら怖いんじゃないかと思って気遣ってやってるだけだからね。」

「怖いんだね?わかった、ここに居てあげるよ。ホラ、こっち向いてるから。」

「全然怖くねぇしぃぃい!?全然怖くねぇけどお前絶対そこにいろよ!!!!」

「はいはい。」


正直私もこのまま一人で部屋に戻るのは怖かったのでちょっと救われた。
髪をしっかり乾かしていなかったことに気付いて、脱衣所の隅で壁を見つめながらドライヤーをかけていたら銀さんはあっという間に出てきた。
絶対怖いから急いだんだろうな。


後ろでガサゴソと着替える音がして、その後洗濯機を開ける音がした。


「あ、私の下着入ってるよ。もうそっち向いていい?」

「あぁ。俺もパンツ乾燥機かけたいんだけど。」

「あー、まだブラ乾いてないなぁコレ。もう一回乾かすから一緒に入れていいよ。てゆうか銀さん今ノーパン?」

「ジロジロ見んじゃねえ変態!」

「そうゆう銀さんこそノーブラだからってジロジロ見ないでよね!!」

「見てねえよ!これっぽっちも!!」


私の下着と銀さんのパンツを乾燥機にかけ、やっと脱衣所を出ると、二人同時に盛大なため息が出た。


「はぁ…クッソ疲れた…」

「そうだね…こんな疲れた日は程よくアルコールを摂取してグッッッッスリ寝たい…」

「…さっき倉庫になかなかいい酒が大量に置いてあるのを見つけましたよ夕日さん。」

「…それ、1本くらい減ってもわからないパターン?」

「1本どころか3、4本なくなってもわからないパターンだな。」


隣を見上げると悪ーーい目をしてニヤける銀さん。たぶん私も同じ顔をしてるけど。

お風呂上がりのサッパリした体でお揃いのジャージを着て、二人静かに歩き、倉庫の近くまで来ると人がいないか確認しながら進んで行く。
これ端から見たら完全に怪しい人達だよね。

私は倉庫に来るのは初めてだったので、銀さんが先に入って電気をつけてくれた。
そこには食料や保存食らしきものがたくさんあって、隅の方には水やお酒が並んでいる。
銀さんの言った通り、割と高級な日本酒がズラリ。


「うわ…幕府の財力スゴいな…」

「市民の税金こんなことに使いやがって許せねえ。税金なんて貧しい市民に還元するべきもんだろ。よって俺たちはこの酒を飲む権利がある。」

「うんうん。こんなにいっぱいあるんだし!あ、そう言えば。私さっき厨房でなかなか高そうな鮭とば見つけましたよ銀さん。」

「よし、酒の肴決定。」


一升瓶を抱えた銀さんと今度は厨房へ向かう。
もう泥棒感が半端じゃない。


「ホラ、これ。美味しそうだよね。これもたくさんあるし、少し持ってってもわかんないよ。」

「だな。」

「あ!ちょっとズルい!」


銀さんは私が鮭とばを出している間に、コップにお酒を注いで飲んでいた。
もちろんコップを奪って私も一気に飲む。お風呂上がりの乾いた喉にアルコールが染み渡る。


「んんんんん!美味しい!」

「デカい声出すんじゃねえ!」

「ゴメン。どっちの部屋で飲む?」

「お前の部屋テレビあったよな?」

「うん。」

「じゃあそっちで。」


一升瓶を抱えた銀さんと鮭とばを抱えた私は、月明かりに照らされた縁側をヒタヒタと歩く。

誰かに見つかったらお仕舞いだ。
そんな緊張感もある。暗いから怖いし、結構ドキドキする。


修学旅行中に夜中こっそり抜け出してるカップルの気分。
いや、そんなことしたことないからわかんないけど、たぶんこんな感じなんだろうな。

なんだか…ちょっと楽しい。
遅れてきた、青春の1ページみたい。

お酒と鮭とば抱えてちゃ、青春なんて呼べる可愛いもんじゃないか。
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