#26 過酷な労働には相応の対価を
土方さんに怒られて心が折れたものの、仕事を放棄するわけにもいかず、死に物狂いで働いた。死に物狂いで。
夕食の時間は本当に忙しかった。
これから夜勤で出ていく隊士のご飯が済むと、日勤から帰って来た隊士のご飯が始まる。
そんなわけで休んでる暇が本当にない。
普段は4、5人で回している仕事らしい。
それに、本来女中も"6時から15時"と"15時から22時"にシフトが分かれていて、朝から晩まで通しで働くことはあまりないらしい。
いや確かにこんな過酷な労働丸一日やってらんないわ…。
女中と聞くとなんとなく住み込みの仕事というイメージがあったけど、みんなそれぞれ家庭がある人が多く、家から行き来しているとおばちゃんに聞いた。
「こんなむさ苦しいところに住めるわけないわよ」って。確かに。
夜勤が長引いた時なんかに稀に泊まることもあるらしく、そんなとき用に女中の休憩兼宿泊部屋は用意されているとか。
女中と隊士のイケナイ恋物語とかあるのかなって思ってたけど、なかなかの重労働で若い子はすぐに辞めちゃうから、根性のあるおばちゃんしかいないんだって。
だから、「アンタたちはいい根性してるわよ。すぐサボるけど。でも本当に助かったわ。」って言ってもらえたときは嬉しかった。
そのあと「どうだい、正式に女中になっちまいなよ!キツい分、給料はいいわよ!」って言われたけど、それだけは勘弁してって悲願した。
やっと食堂から人がいなくなる頃には21時を回っていて、残すは片付けのみ。
おばちゃんはちょっと局長に用があるからと厨房から出ていったので、銀さんと二人で片付けを始める。
「ったくよー、ここの男どもは飯の1つも自分で作れねぇのか?今時家事の出来ねぇ男なんざ流行らねーんだよポンコツ税金泥棒め。」
「確かに…料理ができそうな人っていないね…まともそうに見える土方さんも味覚壊滅してるし。」
「あんなのが台所に立ってみろよ。この組織潰れるぞ。絶対全員コレステロール値振り切って死ぬもん。」
「土方さんなんで太らないんだろう。」
「飯にふりかけの如く粉チーズぶっかけてるお前も同じだからね言っとくけど。なんで太らないの?なんで生きてるの?」
口ばかり動かしてるわけじゃない。しっかり手も動かしてお皿を洗いながら、銀さんはぶつくさと文句を言う。
なんだかその姿がやけに似合っていて、例えるなら、息子の文句を言いながらも過保護なくらい世話をしてしまうお母さん。そんな感じ。
グータラ人間に見えて、意外と生活力のある銀さんは何気にいい父親になったりするんじゃないかななんて想像してみる。
深い意味なんてないけど。
「銀さん、夕日ちゃん」
おばちゃんの声に振り返ると、そこには近藤さんの姿もある。
何事?なんか嫌な予感がするんだけど…。
するとおばちゃんがスッと手を伸ばしてその手に持ったものを見せてくる。
それは体温計で、記された数字は39.2℃。
「う、嘘でしょおばちゃん嘘だと言って…」
「いやいやいやいや、無理無理無理無理。そんな切なそうな顔されても無理無理無理無理!」
「頼む夕日ちゃん!あと1日!!!職場にはちゃんと俺から頼んどくから!!」
「こ、近藤さんまで…ででででも、ホラ!風邪治った方が一人くらいはいるんじゃないんですか!?」
「それがね…みんなまだ治りきってないみたいなのよ…年取ると回復力がなくなるもんでね…お願いよ二人とも!」
「日給3万でどうだ!?」
「3万…それならやりま
「ちょっと待て!」
3万という数字に飛び付きかけた私を遮るように、ズバッと音が出そうなほどの勢いで銀さんが近藤さんに人差し指を向ける。
「3万?局長さんよぉ、お前普段女中の賃金に総額いくら出してんのか分かってるよなぁ?」
銀さんの言い分はこうだ。
朝6時から夜22時まで、入れ替わりがあるものの常時4
5人の女中が働いている。つまり最低でも16時間×4人分の給料を毎日支払っているわけだ。
さっきおばちゃんに時給は1000円だと聞いたから、16×4×1000=64000円!
これを二人で山分けするとなれば、近藤さんの提案した一人3万という額は妥当にも思えるが、普段4人で回している仕事を2人でやるとすれば労働は倍。
「それにコイツは本職を犠牲にしてまで手伝うわけだし?」と私を指差す。
よって多少の上乗せがなければやってられない、と。
一瞬でそこまで思考が回る銀さんにちょっとだけ尊敬の意を抱きつつ、金に対するがめつさに若干引いた。
「ま、待て。明日非番の山崎を手伝いに回す。それで3万だ。妥当だろ。」
「それでも足りねえな。つーかあいつが使える人材とは思えねぇ。4万だ。二人で8万。それが出せなきゃ俺は何もしねぇ。あ、もちろん今日の分は別な。」
「なんなのコイツやり口がヤクザみたいなんだけどおおおおおお!!!」
「近藤さん、私は3万でもいいんですよ?ただね、銀さんがしっかりやる気を出してやってくれないと私の労働量が致死量に値するんですよ。私の死と、上乗せ分のたった2万…どちらを取りますか?」
「こっちもこっちでタチ悪いよおおおおおお!!!やだこの人たちやだああああああ!!こうゆうのはトシの仕事だろおおおおお!!もう知らねえよ4万でいいよおおおおお!上乗せ分は俺のポケットマネーでいいよおおおおお!!」
めんどくさい交渉に嫌気が差してきたのか、壁をバンバン叩きながらグズっている近藤さんを横目に、銀さんは私を見て悪い顔でニヤリと笑った。グッジョブって意味だと思う。
「それよりおばちゃん、体調悪いなら早く帰って?」
「悪いわねぇ…あ、これ、女中のマニュアル。何がどこに締まってあるかとか、仕事のタイムテーブルとか色々書いてあるから困ったら読んで!あと、明日の献立はここに書いといたから。材料も冷蔵庫に分かりやすいようにまとめておいたからね。」
「ありがとう。頑張るね!」
「それから…アンタたち今日泊まっていったら?もう遅いし…明日6時には始業よ?」
「え、でも寝巻きとか着替えないし。」
「女中の休憩室に寝巻きと、大掃除の時用に置いてあるジャージがあるのよ。それで良ければ明日使っていいわよ。あ、パンツと歯ブラシも新品のがあるし。」
「俺のサイズねえだろ。」
「うちの女達はポッチャリ系が多いからね、銀さんが着れるのもあると思うよ。男物のパンツはないからお風呂で洗って乾燥機かけたら?」
「ババアがポッチャリとか抜かすんじゃねーよ要するにデブファッッ!!」
デブと言いかけておばちゃんに盛大に殴られた銀さんを無視して少し考える。
そうか…明日も朝早いし、泊まれるなら泊まった方が確かに楽そうだ。
一人だと心細いけど、銀さんも泊まるならなんとなく安心だし。なんとなく。
「それなら泊まってこうかな…近藤さん、いいんですか?」
「もちろん!すまないが風呂は大浴場しかねえんだ。だから夕日ちゃんが入るときは清掃中の看板たてて、念のため俺が外で見張っといてやる。」
「待て待て待て!お前が見張ってる方が心配だわ!お前覗きの常習犯じゃねえか!」
「俺が覗きたいのはお妙さんだけだ!!!」
「自信満々に言ってんじゃねえよストーカーが!!」
「銀さん、見張りよろしく。」
「あれえええええ!?夕日ちゃんんんん!?俺よりコイツの方が信用できるってこと!?!?嘘でしょおおおおお!!」
「銀さん私のパンツ見ても何もしてこなかったし、たぶんこの人EDなんですよ。」
「誰が不能じゃボケエエエエエ!!!つーかお前俺の朝立ち見ただろうが!元気ハツラツだっただろうがああああ!!」
「お前らどうゆう関係いいいい!?!?」
怒濤の叫び合いにいよいよおばちゃんがフラフラしてきたので、一旦冷静になり、夜勤に出掛ける隊士についでにパトカーで家まで送ってやってくれと近藤さんが指示をしておばちゃんは帰って行った。
それから近藤さんが女中の休憩室へ案内してくれて、二人分の着替えも出してくれた。普通に新品のパンツも渡された。デリカシーないなゴリさん。
「万事屋、お前は客間で寝ろ。」
「え?銀さんもここでいいよ?」
「何言ってんの夕日ちゃん!?嫁入り前の娘が!そんな、男と同じ部屋で寝るなんてお父さん許しませんよ!?」
「お父さんはどうしてそんなに頭が固いの!?今時の若者の間では添い寝だけする友達、添い寝フレンド…略してソフレなんて言葉もあるくらいなのよ!?ソフレやセフレの一人や二人当たり前なのよ!?そんなんだから毛深いのよ!」
「毛深いの関係なくなーーい!?!?てゆうか夕日ちゃんってそんなキャラだったのぉ!?お父さんビックリだよおおおお!!!」
「なんの茶番だバカ親子!!てゆうかお前なぁ!お前のソフレになった覚えはねえからな!」
「ソフレって言葉気に入った?」
「気に入ってねえよ!俺は客間で寝るから、お前ここで大人しく寝ろよ!」
同じ部屋で寝て欲しかったのには、理由がある。
そして、私がこんな良い歳まで実家住まいだったのにも理由がある。
正直に言うと私は、超が付くほどの怖がり。ホラー映画のCMにぶちギレそうになるくらいの。
だから一人暮らしを始めてすぐの頃は、ちょっとした物音にビクッとしたり、お風呂の時に後ろを振り返ってみたり、毎日ビクビクしていた。
今はもう自分の家には慣れたけど、屯所は昔ながらの和風な作りで、更にこの休憩室は普段それほど人が使わないせいか、生活感もなくこじんまりとしていて、建物の端にあるせいかやけに静かでなんとなく空気が冷たい。
こんなところに一人で寝るのは、正直すごく怖い。
私のそんな思いも露知らず、近藤さんは客間の場所を案内しつつ、次にお風呂に連れていってくれた。
近藤さんは会議があるからとその場を離れた。最後に「万事屋ぁ!絶対覗くなよ!」なんて叫びながら。
会議があるためか、お風呂には誰も入っておらず、念のため着替えを持ってきていた私はそのままお風呂に入ることにした。
「じゃあ銀さん見張りよろしく。」
「早くしろよ。」
「はーい。」
こうして私たちのお泊まり会第2段が始まった。