#12 料理が出来るから料理が好きとは限らない
徐々に日も暮れ始め、昼過ぎに定食屋に行ったものの、いい感じに小腹が減り始めてきた。
アイツがいる台所からは、時々「うわっ!」とか「あちっ!」とか聞こえてきて、とてつもない不安に襲われたが、しばらくしてアイツが運んで来た料理は意外にもまともなものに見えた。
「出来ましたー!ハンバーグとポテトサラダとほうれん草とベーコンのバター炒めです。あと味噌汁!」
「すごいですね夕日さん!」
「肉アルー!銀ちゃん!!肉アルヨー!!」
「ちょっとどんだけ飢えてるの!涙出てきたよおばさん。どうぞ、たくさん食べて!」
「ちょっと待てお前ら」
そう、俺が心配しているのは他でもねえ。
味だ。
「この女はなぁ、見た目こそまともなものの、中身はまるで生活力のねえ変態オヤジなんだよ。」
「やっぱりそういう関係アルなお前ら。」
「ちっげーよ!つまり俺が言いてえのは、この女同様、この料理も見た目だけで味はとんでもない可能性があるってことだ。」
「んー、なかなか失礼なこと言われてる気がするなぁ。でも見た目は褒められてるみたいだからまあいいか。」
「そうネ、グチグチうるさいアル天パー。目の前に肉があるのに食うなって言う方が無理アル。」
そう言うと神楽は目の前のハンバーグを箸で鷲掴みにして一気に半分口に入れた。
そして何回か噛んで飲み込んだあと、涙をボロボロ流し始めた。
「っえ!?えええええ!!どうしたの神楽ちゃんっっ!?ごめんね!?とりあえずごめんね!?」
「ちょっとお前えええ!うちの神楽ちゃんに何してくれてんのおおお!?」
「か、神楽ちゃん!大丈夫!?」
「違うネ…こんな美味しいもの食べたの数ヵ月ぶり…いや数年ぶりアルッッ!!見てヨ!ハンバーグの中からチーズが出てきたアル!!」
そう言って神楽は箸で掴んだハンバーグをこちらに向けてくる。
肉の中からチーズがとろけ出していて、確かに見た目だけならハイジが食ってるチーズを乗せたパンにも劣らないレベルだ。
泣きながら光の早さで皿を空にした神楽はおかわりを頼んでやがる。
「僕もいただきますね。」
続いてハンバーグを口にした新八も、神楽同様涙を流し始めた。
「焦げてないものって、こんなに美味しいんですね…グスッ」
確かに新八には同情する。
神楽と新八の毒味でとりあえず味が悪くないことは確認できたし、ハンバーグを箸で小さめに切って口に入れてみる。
なにこれ。うまいんですけど。
控え目に言っても超うまいんですけど。
神楽のおかわりを運んで来た夕日が、「銀さん、どう?チーズの魅力に気付いた?」と声をかけてきたが正直なんて答えていいか迷う。
コイツを素直に褒めるのはなんか悔しい。いや別に、褒めるのが恥ずかしいとか?そんなんじゃねーし?俺だって大人なんだからそんなガキみてーなこと
「銀ちゃぁぁん!!!!お前この女と結婚しろヨォォォオオオオ!!!!」
「「はぁ?」」
「そうですよ銀さんんん!!!!あんた今すごい美味しいって思ってるけど素直に褒めたくないから一瞬黙ってたんでしょ!?そういうひねくれた性格してるからモテないんですよおおおお!!」
「そうアル!!!だから毛根もひねくれてるアル!!!そんな男でもいいって言ってくれる女なんてこの先絶対現れないアルヨォオオ!!」
「毛根は関係ねーだろ!お前ら話がぶっ飛びすぎなんだよ!!」
「夕日ーー!!私の姉御になってヨオオオオ!毎日夕日のご飯が食べたいアルーー!!!!お前らもう合体したんダロ?だったら責任取るアル銀ちゃん!!」
「合体って何!!?!銀さんどういう教育してるの!!」
「夕日さん!!銀さんはどうしようもない甲斐性なしで貧乏で糖尿予備軍で仕事もろくにしてないニート同然ですけどいざと言うときにはやる男ですから!」
「ヤる!?ちょっとなんの話!?」
「お前らいい加減にしろ!俺とコイツは別になんでもねぇし合体もしてねぇから!!結婚なんてし!ま!せ!ん!」
「そうだよ、神楽ちゃん。私ね、仕事が安定しててイケメンで一見クールそうに見えて面白い人がタイプなの。でね、私もいい歳だし次に付き合う人と結婚する予定だから、銀さんは…ごめん。」
「ちょっとおおおおお!!!!なにこれなんで俺フラれたみたいになってんのおおおおお!?」
「そうですよね……確かに夕日さんならもっといい人と結婚できますよね……わざわざ銀さんなんか選ばなくても…」
「でも夕日っ!!私夕日のご飯大好きアル!!銀ちゃんと友達なら時々遊びに来てご飯作るヨロシ!!」
「それはもちろん!!私もそんなに美味しいって言ってくれるなら作りがいがあるもん!次はグラタン作ってあげる!チーズたっぷりのやつ!」
「わああああああいっ!!!!」
なんだ…なんだこれ……
胃袋掴まれるってこういうことか?
神楽があんなに人になつくの珍しいだろ。完全に餌付けじゃねーかよ。
まあ確かに?コイツの飯はうまい。
そこら辺のファミレスなんかより全然うまい。
しかも洋食作る女って珍しいし、にも拘らず汁物は味噌汁ってとこが逆に家庭的な気がしてポイント高ぇ。
炊飯器も持ってなかった女が作ったもんとは思えない。
付き合ってる女がこの飯作ってきたらついつい「お前の作った味噌汁毎日飲みてえ」とか口にしちまいそうなレベルだ。
神楽と新八がここまでなつくとは完全に想定外だったが、コイツも意外と世話好きっぽいし友達増えたなら結果オーライか。
「夕日はなんとなくマミーに似てるアル。」
「え?神楽ちゃんのママ?この町に来てから誰かに似てるってほんとよく言われるなぁ。ママはどんな人?」
「強くて綺麗で優しいアル!夕日より美人ネ。でも雰囲気が似てるアル!」
「そっかぁ。それはなんか嬉しいなぁ!ママは離れて住んでるの?」
「マミーは…もう、いないネ。でも私、地球に来て友達たくさんできたから全然寂しくないアル!」
「そっか…ん?地球に来て?ってどういうこと? 」
「神楽ちゃんは天人なんですよ!」
「えええええっ!?こんなに可愛い天人いるの!?!?」
「戦闘種族夜兎族アル。お前ら人間とは格が違うネ。」
俺を蚊帳の外にしてワイワイ騒ぐ姿を見ながら箸を進めていたらあっという間に皿は空になった。
珍しく自分達を子供扱いして優しくしてくれる大人が現れて、ガキどもも満更でもなさそうだし、なんかすげー和むんですけどこの空気。
なんなのこれ。これがいわゆる家族の幸せみたいなやつなの?知らんけど。
いやいや別に結婚したらこんな感じなのかなとか全然妄想してねーから。
家帰ってきてこんな感じだったらちょっと幸せかもとか全然思ってねーから。全っ然。
「デザートにアイス買ってきたけど食べる?」という夕日の言葉にまたはしゃぐガキどもが、アイスに粉チーズをぶっかける夕日を見てドン引きするのは数分後の話。