6 今日は古澤くんとご飯@ [ 33/168 ]
今日は古澤くんとご飯に行く日です。
今日のために美容院に行き、そしてネイルサロンにも行って、新しい服も買いました。全ては古澤くんの目に少しでもあたしが可愛く映るように。
ヒールが高い靴はやめておいた方がいいかしら?少しでも身長差があった方が男の人は嬉しいかな?…なんて、今まで考えたことも無かったようなことで悩んでみる。なんだか凄く楽しい気分。
香水もつけておこうかな。でも匂いがキツイと『クッセ!』とか言ってくるデリカシーのないりととかいう奴がいるから少しだけ、控えめにね。アクセサリーは、お気に入りのネックレスとイヤリング、指輪は…今日はやめておこうかな。
『今日は何で来たの?』って聞かれた時のために、いつもは楽をしてタクシーを使いがちだけど今日は電車で行ってみましょう。人混みは嫌いだけどたまにはね。
午後6時になる少し前に、りとが待ち合わせ場所として指定してきたよく分からない形のオブジェの前に到着すると、すでに古澤くんが待ってくれていた。
「古澤くん」
名前を呼びながら歩み寄ると、あたしに気付き「あっ!」と声を出しながらにこっと笑って振り向いてくれる古澤くん。まるでデートの待ち合わせみたい。このまま二人でショッピングにでも行けたらいいのに…、なんてね。
「御坂さんだ、一瞬どこのモデルさんかと思ったよ。」
モッ…、モデルさん!?えっあたしのこと!?やだ照れちゃう…!!これは褒めてもらえてるわよね!?
恥ずかしくて咄嗟に返す言葉が思いつかない。
「今日どういう感じでご飯行く事決まったの?りとくんから誘ってくるってかなり珍しいよな。」
「あ…、それは…、あっ、あたしがご飯行きたくて声掛けて…。あたし一緒にご飯に行けるような友達が居ないから…。」
「ふぅん、そうだったんだ。あ、御坂さんなら歩夢に声掛けたら喜んで行ってくれると思うよ?」
『古澤くんとご飯に行きたかった』…なんて言ったら警戒されそうで無理矢理他の理由を言ったけど、古澤くんの口からは歩夢くんの名前が出てきて少しだけショック。脈無し感がひしひしと伝わってきて落ち込んじゃう。そもそも彼女が居ることは最初から分かっているけれど。
また古澤くんに返す言葉が思い付かず、一緒に居てもつまらない女だと思われたくなくて何か話すことを考えていたら、「そろそろ6時になる頃かな」と腕時計で時刻を確認する古澤くん。服装はジーンズに黒のジャケットを着ていて少し地味めで、アクセサリーなんて飾り気のあるものはひとつも付けてないシンプルな格好だけど、腕時計があるだけでなんだかすごくかっこよく見える。古澤くんならなんでも良く見えてくるマジックね。
古澤くんも、彼女にはそういう思いを抱いてたりするのかな。ネイルをしてなくても、ネックレスやイヤリングをしていなくても、全然飾り気がなくたって、例えば笑顔がとびっきり可愛い子だったら、それだけで十分古澤くんにとっては彼女のことを好きな理由だったりするのかもしれない。だって古澤くんの彼女は『チェーン店の安い牛丼食ってうまうま言いながら腹満たせたら満足そうなタイプ』の子なんでしょ?きっと古澤くんは彼女の見た目とかよりも中身を重視しそうよね。
だからあたしは古澤くんに好かれるためにも、もっと古澤くんの好きな性格やタイプをたくさん知らなきゃいけない。古澤くんに好かれる女の子にならなきゃ。なので今日は、古澤くんのことたくさん知って帰るのが目標よ。
「りと遅刻ね。」
あたしは待ち合わせ時間である6時を過ぎたことを確認してそう口にすると、「もう二人とも待ってるよって送ってみようか」ってスマホを手に取る古澤くん。
「あ、数分前にりとくんから連絡きてたっぽい。さっき起きたからちょっと遅刻するだって。」
「はぁ?さっき起きたですって??」
なにそれ、ひょっとしてあいつ、あたしのために古澤くんとの二人の時間を作ってくれてる…!?
そんなふうに憎たらしいいとこからの珍しい気遣いを感じてほんの少しだけ感動する。
おかげさまでりとを待っている間、古澤くんと二人で楽しくお話ししていたら、待ち合わせ時間から10分ほど遅れてあからさまに寝起きの顔をしたりとが登場した。
あれ?さっき起きたっていうのはあたしのためについた嘘じゃなくてほんとの話?
「あ、りとくん来た来た。」
「おーわりぃな。仮眠のつもりが普通に爆睡しちまってた。」
「りと髪ボサボサよ。」
寝起き感満載ね。相変わらず服装も寝巻きの上にダウンジャケットを羽織っただけのような格好だし。
目元に鬱陶しくかかる前髪や外ハネしまくってるりとの髪型は敢えてそういうヘアセットをしているのかとも思えるが、あたしの目にはただのボサボサにしか見えなくてそう指摘すると、無言でジロッと睨み付けられた。あれ?怒ってる?まさかちゃんとヘアセットはした上でその髪型だったのかしら?いや、こいつに限ってそんなことはないはず。
「待たせてると思って古澤に悪いから起きてから急いで来てやったんだよ。」
あ、やっぱりただの寝癖のボサボサだったみたい。そしてあたしへの気遣いはまったくなかったようね。相変わらず生意気だわ。
けれど古澤くんは「大丈夫だよ、わざとこんな感じのヘアセットしてる人もいるいる」って笑いながらりとの後頭部の髪を手櫛でといてあげている。優しいし、笑顔が素敵。あたしも髪撫でられたい。
「そうそう、わざとこういう髪型してんだよ。もっとメンズヘアを勉強してから出直してこい。」
「だとしたら賛否両論ある髪型ね。ただのボサボサにも見えるんだから。気を付けた方がいいわよ?」
「あ〜腹減ったわ。何食う?」
あたしに言い返せなくなったのかパッと話を終わらせて古澤くんにそう問いかけるりと。正直かなり苛つくけど古澤くんの前ではそんな態度を出さないようにしたくてグッと堪える。りとの前だとすぐ可愛げの無い態度が出ちゃうから気を付けないと。
でもすぐに古澤くんが「御坂さんは?」ってあたしに聞いてくれたのが嬉しくて、りとへの苛立ちはスッと簡単に消えていった。
「古澤くんは何食べたい?」
「俺はなんでも良いよ、二人が行きたいところで!」
「じゃあ焼き肉にするか。」
「あんたこの前も焼き肉行ったじゃない!」
「え?そうなんだ?」
…あっ!しまったわ、これはあんまり古澤くんに話すべき内容ではないわね…。気を付けなきゃ。
「あっ…う、うん!あたしのパパと、りととでね…!」
「最近りとくんと御坂さん仲良いねぇ。」
「こいつのおっちゃんが太っ腹でな。しゃあなしれいとも仲良くして焼き肉連れてってもらったんだよ。」
「ははっ、そうなんだ。」
……苛つくけど、これも古澤くんと仲良くなるためよ。耐えなさい、れい。そのためにはりととも仲良くしておかなきゃいけないんだから。
いつもならすぐにりとに楯突くところだけど、古澤くんの前でそんな姿は見せたくなくて、「こいつ遠慮も無く食べまくってたわ。」って控えめなコメントだけして我慢した。
古澤くんはそんなあたしの言葉にも「ははっ」と笑って「想像つくなぁ〜」って返してくれたから、古澤くんとの会話が楽しくてやっぱりりとへの苛立ちはすぐにスッと消えていった。
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