7 今日は古澤くんとご飯A [ 34/168 ]

「じゃあ御坂さんのおすすめの店とかある?」


話の流れで古澤くんにそう聞かれ、あたしは和食を食べたい気分だったから家族でよく行く和食のお店を口にすると、「こいつの行く店多分高いぞ」って横から口を挟んでくるりと。


「え、…それは何千円とかではなく?」


家族でご飯を食べに行く時に値段なんて気にした事なかったから、古澤くんからの問いかけにあたしはすぐに返事ができず、横目でりとを睨み付けるとりとはニタニタと生意気に笑っている。いじわるな奴!いちいち値段の話とか言わなくてもいいじゃない!


「値段予想しながら行ってみるか?」

「めちゃくちゃ高かったらどうする?」

「しゃぶしゃぶに変更。」

「あ〜、しゃぶしゃぶいいね。」


あたしが返事に困っていてもりとはお構いなしで、あたしの横で勝手に話を進めているりとに相槌を打つ古澤くん。続けてあたしにも「御坂さんしゃぶしゃぶはどう?」って聞いてくれるから、気遣いもできて優しくてやっぱり素敵。


「あたしも温かいもの食べたいからしゃぶしゃぶの気分になってきちゃった。」


古澤くんが優しいから、もう食べるものなんてなんでもいい。少しでも古澤くんに好感持って欲しくてちょっとぶりっこしてしまったかも。後から恥ずかしくなってきて、こいつぶりっこしてるとか思われたかな?ってそれを確認するみたいにチラッと横目にりとを見ると、りとは無言でうんうんと頷きながら何故か拍手している。なにその反応、意味が分からない。


「そんじゃ、しゃぶしゃぶ行くか!」


…あぁ、あいつはしゃぶしゃぶ行けて嬉しいだけね。

行く先がしゃぶしゃぶに決まると、古澤くんはすぐにお店を調べてくれて、「ここから近いところで食べ放題3200円のお店があるよ。どう?」って提案してくれた。


「よし、行くか。」

「御坂さんも大丈夫?」

「うん!古澤くん調べてくれてありがとうね!」


咄嗟にギュッと腕に抱き付きたくなるのを我慢しながらお礼を言えば、古澤くんはちょっと照れ臭そうに笑いながら「ううん、いいよ…」って小さく首を振った。

それは、あたしがあんまり見たことない古澤くんの表情で、ちょっとはあたしのこと意識してくれた?って、あたしが調子に乗り始めてしまった瞬間だった。



しゃぶしゃぶのお店に到着すると、御飯時にしてはまだ少し早い時間だったからすぐにテーブルへ案内してもらえた。

りとが先頭を歩いていき、一番に席に着くかと思いきや、テーブルの横に立って古澤くんが先に座るのを待っている。

そして古澤くんが腰を下ろすと、顎であたしを古澤くんの隣に行くように促してきた。珍しい、あんたあたしに協力してくれてるの?

だけどあたしが古澤くんの隣に座ると少し狼狽える様子を見せる古澤くん。きっと古澤くんはりとの隣に座るつもりだったのね。


「古澤の横だとれいが大人しくていいわ〜。」

「はぁっ!?なによそれ!!!」


ひどい!!それ本人を前にして言う事!?

一人偉そうにソファー席のど真ん中にズドンと腰掛けて口にしたりとの発言に、古澤くんは軽く笑いながら「えぇ?」って首を傾げた。


「こいつ俺とか兄貴の前だとやたらギャアギャアうるせえんだよ。あ、兄貴の前ではキーキーだな。」

「失礼ね!!あんたがあたしに生意気なことばっか言ってくるからでしょ!?」


ちょっと…!古澤くんの前でこんなこと言わせないでよ!と思いながらも口が止まらずいつもの調子でりとに言い返してしまったけれど、古澤くんはあたしたちの会話にクスクスと穏やかに笑っている。


「あれだなぁ、二人は仲悪いのかと思ってたけど、喧嘩するほど仲が良いの方だったか。」

「待って?違うの、古澤くんが間に居てくれるからよ?こいつってなんか古澤くんの前では良い子ぶってんのよね。」

「は?それお前だろ。なんで俺が古澤の前で良い子ぶらなきゃなんねえんだよ。」

「それは古澤くんが良い人だからよ。古澤くんの良い人オーラはりとの邪悪なオーラを浄化してくれるの。良かったわね、あんたの性悪も古澤くんの隣だとちょっとはマシになるみたい。」

「へえそりゃよかったね。」


ムカつくりとはあたしの発言をサラッと流してメニュー表を手に取った。


「もう…!ムカつくっ…!」


やっぱりりととの会話はどうしてもムカつかずには居られなくて、手をグーにして自分の膝を叩きながらなんとかぼやきを小声で抑えていたら、「まあまあ。御坂さんもメニュー見よ?」って、古澤くんがあたしを宥めるようにポンポンと肩を優しく叩いてくれた。


ハッ…!やだ、肩ポンポンされちゃった…!と恥ずかしくなってしまい、古澤くんに触れられた肩を自分の手で撫でながら「う、うん…」と頷くと、目の前のりとは口を手で押さえて顔を隠すように下を向きながら、気の所為でなければ「ククククッ」と肩を震わせて笑っている。


「りとくん?鍋のだし何にする?二種類選べるっぽいから御坂さんとひとつずつ選びなよ。」

「じゃあチゲ。」

「チゲ!?辛いやつじゃない!!じゃああたし豆乳!」

「チゲと豆乳だな、もう店員さん呼ぶよ?」

「古澤くんはそれで良いの!?」

「うん、俺はどっちの味も好きだよ。」

「や、…優しい〜〜!!!」


もう古澤くん大好きっ!!!!!

古澤くんへの思いが溢れまくり、まるでるいのことが好きだった頃のようにあたしの悪い癖が出て、ぎゅっと古澤くんの腕に抱きついてしまった。

すると「ええっ」と声を出して狼狽える古澤くん。チラッと顔を見るとその顔面は真っ赤色になっている。


「…あ、あの…、御坂さん…?」

「なぁに?古澤くんっ」

「あ、あの、手を…。」

「あっ、ごめんなさい!ついうっかり…!」


ごめんなさいね?古澤くんの彼女さん、あたしはもう抑えられないみたい。接すれば接するほど好きになっていく、古澤くんへのこの感情を。

でも、あんまりグイグイ行き過ぎると警戒されて、距離を置かれても困るから、今日はこれだけで我慢。


「古澤くんはこの中の鍋スープだったらどれが一番食べたかった?」

「んー、そうだなぁ…どれも美味しそうだけど、シンプルに昆布だしとか?」

「じゃあ次食べに来た時は昆布だしね!りともそれでいい?」

「クックック…、う、うん…。」


古澤くんにアピールしまくるあたしを見ていちいち笑っているりとの反応は鬱陶しいけど、こいつが居なきゃきっと古澤くんはあたしとご飯には行ってくれない。

なんとかまた次も古澤くんとご飯に行けるように話題を振るあたしに、古澤くんはほんのちょっとだけ困惑したように、笑って頷いていた。


その後三人でしゃぶしゃぶを食べながら過ごした時間は、時々りとに苛つきながらもすごく楽しかった。

好きな食べ物の話や、よく見るテレビ、古澤くんやりとのバイト先の話、たまにるいの話題も出てきたり。

これは完全な自惚れだけど、今日のこの時間だけでちょっとだけ、あたしは古澤くんに近付けた気がした。……ほんとにちょっとだけね。


今日は古澤くんとご飯 おわり


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