3 仁の密かな焦りと不安 [ 30/168 ]

貴哉が大学生になり、早くも一年が過ぎた。この一年の間に俺はいつの間にか、一歳下の恋人の家に居座るようになっている。

自分の家よりも長く過ごしているから、もうルームシェアして一緒に住んだ方が家賃安くついていいなぁ…とか、いつもいつも考えているが、実行する勇気は無い。


今日は春休み限定で月に数回入っているバイトの深夜勤務の日だったため、早朝にバイトが終わり、当たり前のように貴哉の家に帰ってきて昼過ぎまで爆睡していた。

寝るだけなら自分ちで寝ろよ、とか実は思われてるかもしれないけど、貴哉からそんなことを言われたことはないし、俺はいつも貴哉の優しさに甘えてばかりいる。元々先輩後輩の関係で俺が先輩だったから、良い後輩で優しい貴哉は俺の言うことに従順なのだ。


特になにもやる事がない休日でものんびりだらだらと貴哉の家で過ごし、一緒にご飯を食べて一緒に寝て、エッチしたい気分になれば俺から誘い、一緒にいる事がもはや当たり前。この気楽で平穏な二人の生活を手放すことは、もう今の俺には考えられない。


昼過ぎに目覚めると、ベッドに凭れかかって静かに本を読んでいる貴哉の横顔が視界に入る。片足の膝を立てて膝に腕を乗せながら本を読んでいる貴哉の、ちょっと男らしい姿に見惚れてジッとその横顔を見つめる。

でもすぐに見ていることがバレて、「あれ?仁くんいつから起きてた?」ってクスッと笑った顔は柔らかで優しい。

「1分前くらい」って返事をしながら身体を起こし、うんと伸びをしてから立ち上がった。


目覚めてからすぐにサッとシャワーを浴びてきて、タオルで髪を拭きながら部屋に戻ってくると、貴哉は俺がようやく退いたベッドの上に寝転がりながらまだ本を読んでいる。今日の貴哉は俺よりも本に夢中である。何の本を読んでいるのかは俺はあんまり興味無い。多分映画化とかしてる人気の小説だろう。


かまってちゃん…というほどでもないとは自分では思ってるけど、放置されるのはなんとなく嫌で貴哉の背中の上に抱きつくように張り付いたら、チラッと振り向いてきた貴哉が本を置いてすぐに俺と向き合うように体勢を変えてくれた。


シャワー後のサッパリした爽やかな気分の俺は、良い匂いの俺に触れろと誘うように貴哉に自分からキスする。するとそのキスに応えてくれる貴哉の手は早くも俺の身体にいやらしい触れ方をしてきて、「する?」って俺に問いかけた。勿論俺はそのつもりだったから、「うん」って頷いて服を脱ぐ。

ちなみに『しない』って答えても、ちょっと残念そうにするだけで無理強いは絶対してこない。

俺がやりたい気分の時に、優しくて気持ちの良いセックスをしてくれる申し分の無い俺の恋人。

一度は別れようかなんて悩んでしまった時期もあったけど、なんでそんなこと考えてしまったのかって自分のことを怒りたいくらい、今では彼を手放すのはあまりに惜し過ぎると思っている。



真昼間から事に及び、身体を動かすと今度は腹が減ってきて、近くの牛丼屋で少し早い夕飯を食べに行った。

帰りにコンビニに寄って酒やお菓子を買ってから、るんるんでまた貴哉の家に帰宅する。

酒を片手にテレビを見て、貴哉の隣でゲラゲラと笑いながら過ごす。好きな人と過ごすこの些細な時間がどんなに幸せなことか。大事なものを失う前に気付けて良かった。


俺はテレビのバラエティ番組に爆笑していたけど、貴哉はテレビより小説の続きの方が気になるようで、爆笑する俺に時折釣られるように笑いながらも黙々と小説を読み進めていた。

そんな中、突然ピコンと貴哉のスマホが音を立てる。

ライン?誰から?

小説を置いてスマホを手に取った貴哉の横から俺もスマホを覗き込んだ。スマホを俺に見られても全然平気ってくらいやましいことが何も無い貴哉は、俺に画面を覗かれていても一度も文句を言ってきたことはなく、「りとくんからだ」って言いながら返信の文字を打っている。


【 古澤〜今度暇な日あったら飯行こう。 】

【 お〜!いいね〜行こう行こう。 】


「りとくんからご飯誘ってくることあるんだ。」

「んー、講義後とかに誘われることはあるけど休みの日に誘われるのは珍しいかも。」


貴哉ちょっと嬉しそう。全然性格とか違うのに貴哉とりとくんが仲良くしてるのは結構意外だ。それを言えば俺とるいにも言えることだけど。まあ今ではもう腐れ縁って感じだな。


ラインを覗き見しながらも、りとくんとただご飯に行く約束をしているだけの内容に特になんとも思わずスマホ画面から目を逸らそうとしていたら、すぐにりとくんからまたラインが送られてきて俺は再びスマホ画面に釘付けになった。


【 れいも一緒でも良い? 】


…え?“れい”って、あの美人すぎるるいのいとこ?

りとくんとあのいとこと貴哉と、三人で飯行くの?


「うわ〜珍しい、御坂さんもだって。」

「……二人って仲かなり悪いんじゃなかった?」

「それが最近はそうでもないんだよなぁ。子供みたいな言い合いしてることは今でもあるけど前よりは普通に喋ってるかな。」


楽しそうに俺にそう話してくれる貴哉は、続けてまたりとくんに返信文字を打った。


【 御坂さんも?珍しいね。全然いいよ! 】


全然よくはない。俺が。ちょっとモヤッとする。

だってなんか珍しいこと続きじゃね?りとくんが休みの日にご飯誘ってくるのも珍しいんだろ?そのりとくんが、一緒に飯に行くほど仲良くはないはずのいとこまで誘って貴哉と飯行くの?

…えー、なんか変なの。

これ変じゃない???


友岡くんに聞いてみよ。


【 友岡くんちょっと聞いてー 】

【 なに? 】

【 りとくんが貴哉に飯誘ってきたんだけど 】

【うん 】

【 いとこも一緒にって。 】

【 おぉ 】

【 これおかしくね? 】


つまり俺は何が言いたいかというと、りとくんがいとこと貴哉をくっつけさせようとしてんじゃねえか?って疑っている。それは何故かって?俺のことが嫌いだから!!!!!

あのいつも何か企んでそうな感じでニタニタとやんちゃに笑っているるいの弟の事だから全然有り得る。『仁クソだから古澤と別れさせてやろ』とか…、全然有り得る…。


【 ねえ!!!りとくんって絶対俺のこと嫌ってるよな!?てか絶対俺のことよく思ってねえよな!?だからこれ多分いとこと貴哉を仲良くさせて俺と貴哉を別れさそうとしてるよな!? 】


そこまで一気に俺の推測を友岡くんに送ったところで、数分後に友岡くんから【 待て待て待て一回落ち着いて話そう 】という返信が届く。


いや無理、落ち着けない。もしほんとに二人が仲良くなったらどうすんの?俺よりあの子の方が良いってころっと気持ち傾かれたらどうする?もしかして俺貴哉にフラれる可能性ある?今まで俺がフラれることは正直考えたこともなかった。


俺は以前まで飯くらい女も男も関係なく腹が減りゃ適当にほいほい行ってたけど、貴哉はそれを嫌がってた。俺はあの時『ちょっと飯行くくらい良いじゃん』って気持ちだったけど、いざ自分がそういう立場になってしまったらすっげー嫌だ。

りとくんも居るとは言え、自分がしてきたことだから貴哉にだけ『女と飯行くな』とは言えない。でも嫌すぎてどうしよう、ゲロ吐きそう。


モヤモヤする気持ちで貴哉の隣に座ってたらしばらく俺は黙り込んでいたようで、「仁くん?」って不思議そうな顔をしている貴哉に顔を覗き込まれる。


「…あ、ぼんやりしてた。飯いつ行くの?」

「これから決めるよ。仁くんが休みの日は外すから教えてね。」


貴哉はそう言って、俺の襟足に手を伸ばしてそっと撫でてきた。触れ方が優しい。猫に触るみたいに襟足を撫でてくる。

そのまま顔を傾け、そっと近付いてくる貴哉の唇。

チュッ、と一瞬だけ重なってさっさと離れていってしまった。もっとガッツリしてくれて良かったのに。俺は今そういう気分だ。はっきりとした分かりやすい愛情を貰って安心したかったのかもしれない。


もうスマホは机に置いており、りとくんとのラインのやり取りはすぐに終わったようだ。

少しだけ俺に触れ、一度キスしただけでもう俺に触れるのをやめてまた本を手にしてしまった貴哉。

やっぱり今日の貴哉は俺より小説の方が気になるらしい。俺と一緒にいるのにずっと本読んでるし。もしかして貴哉、俺のこと冷めてきた?


俺はりとくんから貴哉に送られてきたラインの内容と合わさって、そんな恋人の少々素っ気ない態度に、それからずっとモヤモヤ…、モヤモヤ…し続けた。


仁の密かな焦りと不安 おわり

[*prev] [next#]

bookmarktop

- ナノ -