2 れいは古澤を誘いたいA [ 29/168 ]

腹は減っているが、早く肉を食らいつきたい!…というほどの食欲はやはりあまり無いまま焼き肉屋に到着し、店員に個室へ案内され、俺はれいの隣、おっちゃんの斜め前の席に腰掛けた。

それにしてもこの面子、かなり異様だろ。れいもおっちゃん居るなら俺だけでなく兄貴も誘えよ。と思ったが兄貴はバイトだったのかもしれない。今更何を言ってももう来てしまった以上しょうがねえから、こうなったらおっちゃんの目の前でたらふく食ってやろうと気合いを入れて腕捲りした。

すると、そんな俺にすぐさまれいがこそっと話しかけてくる。


「あんた食べる気満々ね。分かってるわよね?あたしが何で今日りとをここに呼んでやったか。」


『食べる気満々ね』ってお前…、俺だって焼き肉屋に来てんのに珍しく食欲湧かねえ中でなんとか気分盛り上げてこうとしてんのにイラつくことを言うんじゃねえよ。


「古澤を誘えってか?今からここに呼んでやっても良いんだぞ?俺は。まあいきなり呼ばれてもあいつが困るだろうけど。」

「あっ待って!違うの、今日じゃなくてね、別の日!……別の日にまた誘ってくれる?」


どうせれいの思惑なんてそんなことだろうと分かっていたが、小声でコソコソと俺にそうお願いしてくるれいにまっすぐ目を向けているおっちゃん。何の話をしているのかを気になってそうだが、口は挟まず静かにしている。

……かと思えば、やっぱり口を挟まずには居られなかったようで、おっちゃんは「古澤くんっていう人はどういう人なんだい?」って口を開いた。

古澤のことをストレートに聞いてきたおっちゃんに、れいはおっちゃんから目を逸らし、照れ隠しするように肉屋のメニュー表を手に取り、俺に差し出しながら答える。


「りとの友達で、るいの高校の後輩でもある人なの。」

「るいくんの?なら安心だね。」

「俺の友達ってだけじゃ不安だったんすか?」

「えッ…!あっいや…!そういうわけでは…!」


可愛い可愛い自分の娘が一体どういう男のことを気になってるんだ、と心配で仕方なさそうだったが、兄貴の名前が出た途端におっちゃんはあからさまにホッとした顔を見せる。間髪入れず俺が口を挟めば、この慌て様。はい、図星。


「ひどいっすよぉ〜おっちゃん俺も良い子なのに。」

「どこが?あんたその発言はちょっと無理あるわよ。」

「あっれ?お前俺にそういうこと言っちゃうんだ?肉のお礼はちゃんと返してやろうと思ってるような義理堅い俺に。」

「冗談よ、冗談。パパ、りとはここの肉寿司が大好物なの。たくさん食べさせてあげてくれる?」


れいは俺に古澤を誘ってもらうために、優しい優しいパパに普段は絶対に言わないお願いをし始める。

するとれいに甘すぎるおっちゃんは嫌な顔を微塵も見せず、俺に向けて返事をする。


「勿論だよ、りとくん遠慮せずたくさん頼みなさい。」

「わぁ〜おっちゃん神ィ〜太っ腹〜!ちなみに俺ユッケも大好物でぇす!」

「あぁどんどん頼みなさい。」

「キャハ!おっちゃん最高〜!」


……おい、ちょっと待て俺、今の『キャハ!』はかなりキツかったぞ、『キャハ!』はよお。おっちゃんが『どんどん頼みなさい』なんて言うから受け答え血迷ったじゃねえかよ。

しかしおっちゃんはまさかの俺のきもちわりぃ『キャハ!』に気を良くしてくれたようで、「そんなに嬉しそうにしてもらえるとご馳走しがいがあるね」と言ってにこにこし始めた。俺の隣に座るれいからはドン引きした目を向けられているのに親子で反応がえらい違いだ。


「二人はほんとにもう仲良しになったみたいだね、僕もりとくんがれいと仲良くしてくれているなら安心だよ。」


そして俺のキモい『キャハ!』以降、ガラッと俺に対しての態度が変わったおっちゃんは、いきなり俺のこともよいしょし始める。さらに自ら店員を呼び、肉寿司とユッケを注文してくれた。最高だなこのおっさん、俺のパパになってくれよ。


さっきまで散々心の中でおっちゃんのことを苦手だとか言っておいて、そんな手のひら返しのような感情を抱いていると、おっちゃんは「りとくんは大学で古澤くんっていう子と一番仲良くしてるのかい?」ってここぞとばかりに古澤のことを聞いてくる。やっぱり気になって気になってしょうがねえんだろうな。今までずっと兄貴のことが好きだったれいが初めて兄貴以外で気になっている男なのだから。


「まあそうっすね。兄貴繋がりで仲良くしてもらってます。」

「あたしもよ。優しくて穏やかでほんとに良い人なの。」

「れいがそんなに言うなら僕も一度会ってみたいなぁ。」

「つってもあいつ今他に付き合ってる奴居るんでただのれいの片想いっすからね。おっちゃんがわざわざ会う必要は、「えっ!?れいの片想いなの!?」うわっ!…びっくりした、いきなりでけえ声出さないでもらえますか。」


おっちゃんのこの反応、まさかもう付き合う一歩寸前とでも思っていたのだろうか。そして『うちの可愛い可愛い娘が片想い!?』っていうようなかなり残念そうな顔をしている。


「そうなの、だから今りとに協力してもらってるのよ。」

「は?別に協力はしてねえ「りとくん…っ!!」うわ、びっくりした。」

「キミは昔からやんちゃでちょっと怖い男の子だと思っていて苦手だったんだけど、実は凄く優しい子だったんだね…おじさん知らなかったよ…。」

「………。」


おい、このおっさん今俺のことはっきり『苦手』って言いやがったぞ。どうやら俺とおっちゃんはお互いに苦手だったようだな。


「れいのことをこれからもよろしく頼むよ。他に何か食べたいものは無いかい?おじさんなんでもご馳走するよ!」

「…え?…そ、そーすか?…じゃ、じゃあ…、シャ、……シャトーブリアン……」

「シャトーブリアンか!いいねぇ、れいは分厚いお肉は全然食べないから僕もあまり食べたことが無いんだよ。食べよう食べよう!」


………やべえ、このパパまじ最高じゃねえか…。

ノリノリでまた自ら店員を呼び、シャトーブリアンを注文してくれたおっちゃんに俺は口元のにやけが堪えきれず、口を押さえてテーブルに顔を伏せると、横かられいの「あんた何やってんのよ」という冷めた声が聞こえてくる。


「クックックックックックッ……」

「は?なに笑ってんの?キモ。」

「お前のパパまじ最高だな…!!」

「うわっちょっといきなり顔上げないで、びっくりしたでしょ。」

「俺今日からお前の弟になるわ。」

「はい?あんたみたいな弟いらないわよ。」


勿論こんなのはジョークだが、俺とれいの会話を目の前で聞いていたおっちゃんがにこにこと笑って「またりとくんもいつでも一緒にご飯行こう」と言ってくれたから、俺も人生最大とも言えるにこにこ笑顔を浮かべて、人生最大とも言えるくらいの俺の中の最大級の愛想を振り撒きながら「はい!」と全力で頷いた。


焼き肉屋へ来た時は苦手なおっちゃんを前にして気が重くなるくらいだったのに、その後贅沢三昧な時間を過ごさせてもらった俺はすっかりおっちゃんの虜になってしまい、おっちゃんと仲良くなり、超ご機嫌で帰宅した。


勿論、れいとは今度古澤も誘って飯に行ってやる約束をした。

あぁ…俺ってまじどうしようもないクソ人間、あんなに良いお肉をご馳走してもらったからには、少しくらいはれいの恋に協力してやらねーと罰当たるよな。


【 古澤〜今度暇な日あったら飯行こう。 】

【 お〜!いいね〜行こう行こう。 】

【 れいも一緒でも良い? 】

【 御坂さんも?珍しいね。全然いいよ! 】


れいは古澤を誘いたい おわり

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