1 れいは古澤を誘いたい@ [ 28/168 ]

【 今からパパが焼き肉連れて行ってくれるんだけどりとも来る? 】


これは、大学の春休み中突然れいから俺に送りつけられてきたラインである。

いつもの俺なら“焼き肉”と聞くと秒で“行く”と返信するくらい焼き肉には弱い俺だが、れいからのそのラインは見てからおよそ3分間くらい固まってしまった。何故なら俺は、れいのおっちゃんが実は昔から少々苦手だからだ。

そして、秒で既読は付けたものの俺が返信しないままだったから、3分も待てないれいが今度は電話をかけてきた。


「はい」

『もしもしりと?来るの?来ないの?早く返事してよ。』

「……。」

『ちょっと聞いてる?この前の焼き肉屋よ?肉寿司あるところ。食べたくないの?』

「……食べたいデス。」

『ならさっさとそう言いなさいよ。今から迎えに行くから出掛けられる準備しておいて。あと家の場所送っといて。』


偉そうな口調でトントンと話を進めやがったれいには少しイラつくが、まあこれは行くか行かないか悩んでいた俺が悪い。

今日は一日中布団の上でごろごろとゲームをしたりして過ごしていたが、現在の時刻午後6時過ぎ。この時間になってようやく俺はのっそりと布団から起き上がった。

拓也も今は外出中で家には居ねえし、丁度腹も減ってきていて飯どうしようって思い始めた頃だったから美味い肉が食えるのは嬉しい。しかしわざわざれいのおっちゃんに会ってまで美味い肉が食いたいかというと…それはちょっと微妙だ。おっちゃん多分俺のことあんまよく思ってなさそうなんだよな。なんつーか、態度が俺と兄貴で全然違うし。まあ昔から俺がれいをいじめてたのがわりぃんだけど。


それから数十分後にれいから【 ついた 】ってラインが来たから家を出ると、すぐそばに黒い高級車が停まっている。運転席にはれいのおっちゃん、助手席にれい。おばちゃんは居ねえのか?どうせならおばちゃんも居てくれた方が俺的には良かった。そもそも何故今日れいは俺を誘った?古澤も呼んで欲しいってか?呼んで良いなら俺も古澤を誘いたいくらいだ。


車の元に歩み寄ると、運転席のおっちゃんが顔を顰めてジッと俺のことを見ていることに気付いた。ほらな、なんだよその顔、嫌そうな顔だな。

俺の両親曰く、どっかの会社のお偉い役職についているらしいおっちゃんは、見た目からしても稼ぎが良さそうな上品で洒落た格好をしており、金持ち臭がぷんぷんする。おまけにおっさんのくせに歳を感じさせない爽やかさでかなり端正な顔立ちだ。

そんなおっちゃんの姿を見た瞬間に食欲が失せてきてしまったが、重い足取りでれいが座っている助手席側に歩み寄り、窓をトントンと叩くと、何故かその瞬間におっちゃんが俺を見ながらビクッとして目をギョッと見開いている。おい、なんだよその反応は。


窓が開き、れいに「後ろ乗って」って言われたから後ろの扉を開けると、「まさかのりとくんだった…」とボソッと聞こえてくるおっちゃんの声。『まさかの』ってなんだ?普通に俺だろ。


「おっちゃんこんばんは。久しぶりですね。」

「……そっ、そうだね…。りとくんその服装で食事に行って大丈夫なのかい…?」

「え?何か問題でも?」

「…え?…いや、問題というわけでは…。キミが良いのなら良いんだよ…。」

「パパ、心配しなくてもりとは大学にも寝巻きで来てるからいつものことよ。」

「…そ、そうなのか。なかなかの度胸だね。」

「度胸?ただのスウェット着てるだけっすけど。」

「……さッ、それじゃあ行こうか…!」


おっちゃんは俺の方を見ると服装を指摘してきたが、一瞬目が合っただけですぐに前を向き、俺との会話をサラッと流して車を発進させた。


「最近二人は仲良くしてるらしいね、今日もれいに焼き肉行こうかって言ったらりとくんも誘ってみるって言い出してびっくりしたよ。」


初っ端からよそよそしい態度だなと感じていたものの、おっちゃんは左右を確認し、運転しながらそう俺とれいどっちもに話しかけるように口を開く。


「まあ同じ大学なんでね。」

「そうそう、同じ大学だから嫌でも顔合わせなきゃなんないからね。」


どうやらおっちゃんには近頃俺と仲良くしている体で話しているらしいれい。自分が俺のダチ好きになって近付いてきといてよく言うわ。と思いながらも、ここは焼き肉を奢ってもらう身としてグッと余計な事を口にしないように我慢する。


「…ほんとはもう一人、春休み中にご飯に誘いたい人がいるんだけど、あたしよりりとの方が仲良いのよね…。」

「誘いたい人?それは女の子か?」

「ううん、……男の子。」

「なんだって!??」

「ああっ!!おい!!おっちゃんちゃんと前見て運転しろよ!!!」


一人娘であるれいのことを可愛がり、甘やかし、溺愛しまくっているおっちゃんは、ちょっとれいの口から『ご飯に誘いたい男がいる』という話を聞いただけですげえ大袈裟なくらい反応し、運転中にも関わらず前を見ずれいの方を見た。


「おっとすまない、びっくりしてつい…。」

「そう思ってパパに話すタイミングを見計らってたの。」

「話すタイミングってお前、べつに彼氏ができたわけでもねえのに大袈裟だな。」

「だってパパにずっと気になる男の子ができたら教えてくれって言われてたから。」

「へぇ。そんなの聞いて身辺調査でもするんすか?


………あ、…すんません冗談す。」


れいの発言を聞き、率直に思いついたことを言ってしまった俺におっちゃんは無言で見るからに複雑そうな顔をしている。…俺の発言がさすがに失礼すぎたか。『こいつ、いつもいつも失礼なこと言いやがって』と心の中で思われているかもしれない。


「身辺調査?そんなのしなくたって古澤くんは良い人よ。ね、りと。」

「良い人なのは分かってるけど身辺調査は家柄とか経歴を調べるもんだろ。」

「家柄?そんなのどうだっていいわよ。ね、パパ。」

「………んん〜、ハハハ。」


うわ、このおっさん笑いでごまかしやがったぞ。絶対おっさんの中では家柄重要だろ。俺のさっきの発言、失礼なこと言ってしまったかと思ったけどさては図星だな?

つーかれいの口から出てきた『古澤くん』について聞きたくて聞きたくて仕方なさそうだ。


そんなふうにおっちゃんを疑うような目で見ていたら、ふとミラー越しで目が合った気がして、俺はジッとミラーを見続けていたらおっちゃんはちょっとアタフタしたように視線を彷徨わせ始めた。正に“動揺してる”って感じである。

さすがに事故られても困るから、俺はスッと窓の方に目を向けた。


会って少しだけ話してみただけでも根本的にこのおっちゃんとはそもそも性格が合わない気がして、やっぱり俺は以前と変わらず、おっちゃんのことが苦手だった。


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