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時刻は午後9時を回った頃、散々航と矢田くんネタで盛り上がっていた俺たちが気付いた時には、航は四杯目のビールが入ったジョッキを握りながらテーブルに突っ伏してぐったりしていた。
「おい、航やばくね?息してる?」
「息はしてる。」
「お〜いわたる〜、大丈夫かぁ〜?」
チューハイを二杯飲み、とろんとした目をしているなっちくんもちょっと大丈夫か?って思うけどまあなっちくんはわりと大丈夫そうで、航の肩に腕を回し、凭れ掛かって揺さぶりながら航に呼び掛けている。
…が、航からの返事は無く、これは多分迎えが必要だな。と判断した俺はスマホを取り出した。
「矢田くんに迎え頼むか。」
俺がそう言った瞬間に、「「えっ」」と何故か引き攣った顔を見せた村下と大橋に首を傾げると、「え、これ大丈夫?」「俺ら怒られんじゃね?」って二人はどうやら未だに矢田くんを恐れているようだ。
そんな二人の態度に俺は真顔で「かもな…でも放って帰った方が怒られるだろ…」って言えば、春樹がこっそり笑っている。
そう、春樹は分かっているのだ。今の矢田くんが昔のように俺たちを怒ることなどないということは。
「多分ライン入れといたらバイト後迎えに来てくれるはず。」
「まじか…!矢田くんに久しぶりに会いたいような、でも怒られたら怖いしなぁ…!」
「つーかお前らが航と矢田くんの話興味津々で聞きまくってたのが悪いんだぞ?それで航が自棄酒するから。」
「やっぱ俺らの所為なのか!?」
「でも聞きたいだろ!なんのために集まったんだよ!」
春樹は自分はまったく悪くないというような態度で二人を責めまくり、ビビらせてニヤッと笑って楽しんでいる。
しかしそんな空気を読めていないなっちくんは、「あはは、だいじょぶだいじょぶ、今の矢田くん全然怖くないよ〜」って言ってしまったため、二人はちょっとだけホッとした表情を見せた。
でもそれじゃあ面白くないから、「いや、航のことになると相変わらず怖いけど。」って言ったら二人は再びビビり始め、春樹は壁を向いて「ククッ」と笑っていた。
矢田くんから返事がくるまでの間は他愛無い話が続き、10時を過ぎた頃に『ブブッ』と俺のスマホが振動すると、俺の方に注目が集まった。
「…矢田くんから返事きた?」
「……矢田くん来るって?」
「30分くらいで行けるだって。」
「うあああっ!!!矢田くん来るんだ…!」
「俺のこと覚えてるかな…?」
「記憶力は良いだろ、またお前らかって言われたりしてな。」
「ごめんなさいごめんなさい!!久しぶりに会ったからいろいろ話聞きたかったんです!!」
まだ矢田くんはこの場に居ないのに、もうペコペコと頭を下げながら謝罪の言葉を口にする大橋。村下も「すみませんすみません、決して航に酒を勧めたわけではなくこいつ自分で勝手に飲んでました!」って無意味に言い訳を言っている。
矢田くんどんだけ怖がられてんだよ。って思ったが、そういや俺も春樹もなっちくんも昔はそうだった。俺たちだけでなく航も。そういやみんな、昔は矢田くんを恐れてたな。
丁度スマホの時刻が10時30分を表示した頃、店員に案内されながら座敷の扉を開けた矢田くんがひょっこりと顔を覗かせた。その瞬間、ぺこぺこと高速で頭を下げ始める村下と大橋。それを見た矢田くんは、クスッと笑って「なんか見たことある顔だな、久しぶり。」って声を掛ける。
「ひっ、久しぶりっす!!矢田くん相変わらずカッケェっすね!!」
「お久しぶりっす!!俺らのこと覚えてます!?」
「うん、覚えてるよ。大橋と村下だろ?」
「ヒッ…!名前まで…!」
「生意気だった奴みんな覚えてるよ。」
「ヒィッ…!!」
『生意気だった奴』とか言いながらも、矢田くんはふっと穏やかな笑みを浮かべている。
村下と大橋に返事をしながら航の元に歩み寄った矢田くんは、「よいしょ」と航を股の間に挟んで抱きしめながら腰を下ろす。
「矢田くんも一杯飲んでく?」
「そうだなぁ。腹も減ったし何かつまんでいい?」
「どうぞどうぞ!!」
矢田くんの言葉に反応した大橋が素早く矢田くんにメニュー表を差し出した。
「航くん何杯飲んだの?」
「多分それ4杯目。」
「4杯?結構いったな。」
「こいつらが航と矢田くんのことグイグイ聞いてくるから航恥ずかしそうにしながら飲みまくってた。」
「あっバカ!お前…!!」
「すみませんすみません…!!」
俺が事実を口にした瞬間、慌てる村下と再び謝りまくる大橋。そんな二人を矢田くんはちょっとからかうように「ぁあ?航と俺のこと〜?」って聞き返しながら睨みつけるような表情を見せたから、村下と大橋はさらにぺこぺこと頭を下げながら「すんませんすんませんすんません!!」と謝りまくる。
賢い矢田くんはどうやらすぐに“自分が二人に怖がられている”というこの空気を察していたようで、クスッと笑って「お前ら全然変わってねえな」ってメニュー表に目を落としながら口にする。
「昔から怒られるようなことばっかして。」
「それはあなたの恋人が一番ひどかったんですけどね?」
「お前らだって航と大して変わんなかったよ。」
「いや変わる変わる。生徒会長に目ぇ付けられたのは航だけなんですけど。」
俺の言葉に皆同意するようにうんうんと激しく頷くから、矢田くんも「まあな。」ってそれは認める。続けて「よいしょ」って航を矢田くんの胸元に凭れかけさせるように抱えながら、航の顔を覗き込んだ。
「でも今はもうすっかり良い子だもんな。」って、それはもう愛しい愛しいものを見るような目で航を見つめて、チュッと航の頬に堂々とキスしているから、そんな光景を真正面から目にした大橋が、あんぐりと口を開け、何故かめちゃくちゃ赤面している。
「べ、ベタ惚れっすね…、矢田くん…航に…。」
「うん、大好き。」
「航のどこが一番好きっすか?」
「全部。」
村下からの問いかけにそう即答した矢田くんに、さすがの二人ももう今の矢田くんに怒られることは無さそうだと察して、航にデレデレしている矢田くんを見て笑っていた。
俺たちの関係は昔から全然変わってないけれど、矢田くんの態度や性格、航を見る目はあの頃と比べて随分変わった。
皆がそれを実感しており、矢田くんの腕の中でスヤスヤと眠っている航に俺たちは、『やっぱこいつすげーな』っていうような視線を送り続けていたのだった。
航くんと愉快な仲間達 おわり
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