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「るいきゅ〜ん、ただいま〜。大人しくおねんねちてまちたかぁ〜?」


眠っている病人をわざわざ起こそうとは思っていないものの、ついつい独り言を言いながら寝室を覗いてみてびっくり。るいがベッドの下でうつ伏せになってへたばっている。


「るい!?おいどうした、トイレでも行こうとしたか?」


買い物袋を床に投げ置き、るいの元に駆け寄ると、「ふぅ…ふぅ…」と苦しそうに呼吸しているるいの目が開き、まっすぐ俺を見つめてくる。


「あ…っ、わたるくんいたぁ…もぅ、どこ行ってたんだよぉ〜…」


るいはそう口にしながら熱い身体でむぎゅっと俺の身体を抱きしめ、ぶちゅっと唇を俺の口に重ねてきた。どうやら俺の留守中に目を覚ましてしまい俺の事を探していたようだ。


「もがっ…!」


あっつ、るいの口あっつ、てかこれは普通にまずいっ…!インフルだったらガチで俺も終わる…!!きっと熱の所為で平常心では無いんだろうけど、俺まで移されるのは困る!…と少し申し訳なく思いながらるいから顔を背けてキスを避けたら、ムッと不機嫌そうな顔をされてしまった。


「…なんで避けんの。」

「だってるいがインフルだったらまじで俺も終わるって。」

「…いんふゆ?」


るいは俺の言葉を虚ろな表情でリピートする。なんか意識朦朧としてるっぽくて滑舌めちゃくちゃ悪い。そしてまたすぐに俺の方に迫ってきたるいにキスされ、あろうことか舌まで入れられてしまった。


…あぁ終わった、これもうガチでインフルだったら俺アウトだ。


「…ぁ!…んっ、……あっつ!」


るいの口熱すぎ、ちょっともうほんとにやめて、離して、って力を込めてるいの身体を押し返したら、るいはふらっと力が抜けたように床の上にゴロンと倒れ込んだ。


「…し、しんどい…。」

「だろうね。お前まじで俺も熱出たら絶対看病しろよ。」


今は病人とは言え、ベロチューされた身として俺は少しだけチクチクと文句を言ってやりたい気持ちだ。しかし熱で頭がおかしくなっているるいに言っても無駄なことは分かっている。


るいは床の上で目を閉じ、額の上に腕を乗っけて「ハー…」としんどそうに熱い息を吐いていた。


「るい、一回水分取ろ。あと冷えピタ貼るぞ、おでこ失礼。」


るいの額から腕を退けさせ、今買ってきたばかりの冷えピタの箱から一枚取り出し、ペトッとるいのおでこに貼っていると、閉じていた目がまた開き、俺の手を掴んで自分の頬に当ててきた。

俺の手が冷たくて気持ち良かったのか、目を細めて「あ〜…」って声を漏らしてるるいの姿がちょっと色っぽくて目に毒だ。普段あんまり性欲沸かないくせにこんな時だけムラムラすんな俺。

両手でるいの頬を挟んでやりながら「ベッドの上に氷枕置いてあるから布団に戻ろ?」って声を掛けたら、るいはむくっとしんどそうに起き上がった。


「…トイレ行く。」


そう言って立ち上がったものの、フラフラしていて出入り口で『ドン』と扉にぶつかっている。


「おいおい、大丈夫かよ?行けそうならすぐ病院行った方がよくないか?」

「…大丈夫だよ、寝てたら治る。」

「お前結構自分のことは適当だな。そんなしんどそうな顔して痩せ我慢すんなよ。俺も病院付き添ってやるから。」

「…絶対嫌。」


え?こいつまさかの病院嫌い?それとも俺に付き添われるのが嫌ってか?

病院へ行くのをきっぱりと拒否してきたるいは、その後フラフラしながらトイレに行き、フラフラしながらトイレから出てきて、寝室には戻らず台所のダイニングテーブルに腰掛けた。


ぼーっとしながら無言で座ってるから、まだ飲まずに寝室に置きっぱなしだった解熱剤と水を用意してるいの目の前に置いてやる。

しかしそれでもなかなか飲もうとせず、ぼーっとしたままだったから、薬を容器から取り出し、「るい、あーして」って言って口を開かせて、るいの舌の上に薬を置いた。


「はい、水飲んで。はい、ごっくん。」


病人るいは聞き分けがいまいち良くねえな。薬を飲ませることには成功したが、座ったままるいの目はすっと閉じ、ガクッと怠そうに下を向く。


「おい、寝るならベッド行けよ。なんでこっちの部屋来たんだよ。」


俺がそう言ってももう喋る元気すら無さそうで、るいからの応答はない。


「あ、腹減ったか?何か食う?うどん買ってきたからそれ食ったらベッド行く?」


食欲があるのかすら分からない病人るいだが、一応そう問いかけてみると、るいは目を瞑って俯いたままコクリと無言で頷いた。

こんなに弱ってるるいを見るのは初めてだ。

俺はお母ちゃんにでもなった気分で「ちょっと待っててな、今作るから」って鍋を手に取り水を入れてお湯を沸かす。


「…わたる、」


うどんを作っている俺の背後で、気だるげに俺を呼んでくるるいの声が聞こえて振り向けば、相変わらずの俯いたままの状態で「ありがと」って耳を澄ませていないと聞こえないくらいの声でお礼を言ってきた。


「うん、いいよ。お互い様だから。」

「……わたるくん、頼もしくなったね。」

「そう?」

「俺の菌移らないように気を付けてね…。」

「あー、それはさっきベロチューされたしもう手遅れかも。」

「えぇ…?」


もしやるいにはチューしてきた記憶が無いのか俺の発言に謝ることはせず、ただただ困惑しているだけだった。しゃーねえ、今回は大目に見てやろう。



「ほい、できた!ちょっと溶き卵下手くそになったけど。」

「…美味しそう。」

「食べれるだけ食べて、無理して食わなくていいからな。」

「…うん、いただきます。」


おでこに冷えピタを貼ったパッと見だけで病人だと分かるるいはなかなか見れる姿では無くて、俺はるいの真正面に腰掛けながらそんなるいの姿をジッと観察するように眺める。

不謹慎だけど冷えピタるいが可愛くて、こっそり写真も撮ってしまった。

途中で俺の方を見てきたから、写真撮ってるのバレたか?と思ったら、律儀に「美味しい」ってうどんの感想をくれる。


「おー良かった。」


喋るのもしんどそうなのに一言感想をくれたあとは、無言でずるずるとうどんを啜り続ける。


無理して食ったのか腹が減ってたのかまでは分からなかったけど綺麗にうどんを完食してくれて、水分を摂った後に寝室に戻ったるいは、倒れ込むようにベッドに横になる。


その後のるいはぐっすり眠り、夕方頃まで起きなかった。


「るい熱下がった?見せて?」


その日の夜、体温を測っていたるいの脇から『ピピッ』と音がしたからるいより先に体温計を確認すると、【 37℃8 】と表示されている。まだちょっと高いけど、朝よりは下がったな。


「よし、ちょっと下がったな。」


乾燥してパリパリになっている冷えピタをおでこから剥がして、新しいものに貼り替えてやりながら言えば、るいはクスッと小さく笑った。


「ん?どうした?」

「航に看病してもらっちゃった。」

「嬉しい?」

「うん。」

「最初ちょっと嫌そうだったけどな。」

「……だって航に移るから。」

「大丈夫、安心して。バカは風邪引かないから。」

「航くんはもうバカじゃないから風邪引いても気付けちゃうよ。」


あぁ、そうだった。バカは風邪引かないんじゃなくて風邪に気付かないんだったな。

数年前、俺が熱を出した時、全然自分の体調不良に気付かなかった時の事を思い出しながら、「ハハッ」と笑った。


「まあ今も俺が自分で気付くより先にるいが気付いてくれそうだけどな。」

「うん、任せて。」

「‥の前に、るいに早く元気になってもらわなきゃな。」


散々『インフルだったら終わりだ!』とか言っておきながら、結局自分からチュッ、とるいにキスして、「俺に移していいから早く良くなれよ」なんて言えば、るいはジト目で俺を見ながら「バカ」って俺の頭をペシッと優しく叩いた。


それから数時間後、俺もちょっとだけ微熱が出てしまったのはるいには内緒である。


病原菌を貰いすぎる話 おわり


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