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【 この後りとくんと御坂さんとカフェで課題やって帰るね 】


今日は三限までで講義が終わった貴哉が律儀にそんな連絡を俺にくれている。りとくんだけなら『ふぅん』って感じだけど、“御坂さん”って文字を見た瞬間、悶々とする嫌な感情が胸の中を支配した。

最近一緒に行動しすぎじゃね?同じ講義取ってるからって女とそんなに仲良くすんなよ。

自分だってバイト先の女の子とかと仲良くするくせに、貴哉があの子と仲良くするのは嫌で嫌でしょうがなくて、心の中でそんな文句を吐きまくる。直接は言わねえよ?心の中だけ。だって俺が貴哉に文句言える立場じゃねえもんな。俺が貴哉に文句なんて言ったら、りとくんにどんな目を向けられる事か。

それに“御坂さん”はるいとりとくんのいとこだ。絶対に揉めたくはない。いくら貴哉のことを狙ってる女だとしても、俺は男。それに年上。年下には、もっと余裕ある態度で接したいな。


「あ、会長もうりなに会ってくれてる。俺邪魔しちゃ悪いかな〜。」


四限目の講義が終わった後にスマホをチェックしているるいは、ご機嫌な様子でそんな独り言を漏らしている。今日のるいは妹がこの大学に遊びに来るからと朝からかなり機嫌が良い。


「二人で会ってんの?」

「いや、りなの友達も一緒みたいだけど。今カフェに居るって。とりあえず俺も合流してくる。」

「えっ、待って?カフェ?……俺も行くわ。」

「ん?うん。いいけど。」

「貴哉がりとくんと御坂さんとカフェで課題やって帰るってライン送ってきてたからまだ居るかも。」

「おぉ、りとも今カフェ居んの?りなに会ったかな?」


そこはどうでもいいんだよ!!このシスブラコンめが…!!

“御坂さん”も貴哉と一緒なんだぞ!!もっと俺のこの嫌な気持ちに共感してくれ!!お前だってあんな美人な子が友岡くんと仲良くしてたら絶対嫌がるだろ!!俺だって嫌なんだよ!!貴哉があんな美人の子と仲良くしてるなんて!!……って、余裕を持ちたいと思った直後にもうるいの前でちょっと荒ぶりそうになってしまった。深呼吸深呼吸。

俺はるいの前であのいとこに対するどろどろした嫉妬心を表には出さないよう、必死に平常心を保ちながらカフェに向かうるいの隣を歩いた。


もう夕方のため家に帰ってる学生の方が多いだろうから、カフェの利用客はそこまで多くはないようだった。カフェテラスはガランとしており、ガラス張りの店内に外から様子を窺うと、一ヶ所に数人が固まって座っているテーブルがある。外から見えやすい位置なのもあって、俺が一番に目に付いたのが、“御坂さん”の隣に座っている貴哉だった。


無意識に無口になっていた俺の顔を、るいが覗き込んできた。


「あ、テンション下がってる。」

「あの光景見たら下がるだろ。」

「古澤とれいだろ?結構仲良くしてんだな。」

「頼むから貴哉と友岡くんを重ねて見てくんない?絶対お前めちゃくちゃ不機嫌になってると思うんだけど。」

「ははっ、間違いねえな。でもまあ焦ってもしょうがねえし、お前はお前なりに愛情表現ちゃんとしまくれば大丈夫だよ。」

「それお前が友岡くんにされたら嬉しいだけだろ。」

「そうだよ?俺は航にされたら嬉しいけど、古澤だって仁にされたら嬉しいだろ。自信持てよ。」


るいはそう言いながらへらっと笑い、俺の背中を『バシン!』と叩いたあとにスタスタとカフェの中に入って行った。


『自信持てよ』…か。それもそうだな。あのいとこが美人すぎるから、俺の自信はいつの間にかすり減っていってたかもしれない。でも考えてみたら夜はセックスしながら貴哉は俺のことを『可愛い』とか言ってくれるし、ご飯作ったら嬉しそうに食べてくれるし。たまに貴哉を放置してベッドで寛いでたら向こうから俺に触りたそうに近付いてきたりするし。

うん。大丈夫、自信持とう。自信と、余裕も。

俺は先輩。年上の、男だ。

『よしっ』と気持ちを入れ替えてから、俺は貴哉の隣にあの子が座っている空間へ堂々と足を踏み入れた。


見た感じ“りとくんと御坂さんとカフェで課題やって帰る”というのはその通りっぽくて、貴哉たちの目の前にはパソコンやら筆記用具が広げられていた。

でも貴哉は俺が現れるとゆっくりした動作で筆記用具を鞄の中に片付け、パソコンを少しいじった後に、パソコンに刺さっていたUSBを抜いている。

俺がここに来たから課題どころではないと思ったのかな。同じ空間には居るものの、まだ一言も会話を交わしてはいない俺と貴哉。そんな中、るいのいとこがジッと俺に目を向けてくる事に気付いた。


……ん?その視線はなんなんだ?

もしかして俺のこと敵視してんの?

えっ、こわっ…、めっちゃ見てくんじゃん。


美人なだけに、その大きな目でじろっとやや鋭い視線を向けられると結構威圧感があるため、俺は内心ハラハラしながら平常心を保つのに必死だった。





矢田るいがこの場に現れて数分後、りとがテーブルに広げていたノートパソコンや筆記用具を片付け始めた。


「帰んの?お前は飯食って帰らねえのか?」

「この後バイトだし。」

「あ、そうだっけ。」


黒瀬拓也とそんな会話をした後に、りとは鞄を持って立ち上がる。りなちゃんの友達はりとが帰ってしまうことにかなり残念そうな顔をしてチラチラ視線を向けている。

りとが帰るなら俺もそろそろ帰るか…ってコーヒーを飲み終えたカップを持って立ち上がると、貴哉も鞄を抱えて『どうしよう?』と戸惑うようにあの先輩の方に目を向けている。


「貴哉ももう帰んの?」

「あ、うん…」

「じゃー俺も帰ろっかな。」


カップルなのに全然喋んねえなぁ…と思ってたら、そこでようやく会話する貴哉とあの先輩。れいちゃんは帰る様子も見せず、ジッとその場で静かに座っている。


「バイト頑張れよ」と声を掛ける矢田るいに軽く頷きながらカフェを出るりとに続き俺も外に出ると、その数メートル後ろに貴哉と先輩も続いてカフェを出る。四人同時に店を出たものの、自然な流れで俺とりと、貴哉とあの先輩の二組に別れて帰路につき始める。


「おいりと、妹可愛すぎだろ。」


俺は背後で歩くカップルをちょっとだけ気にしながらりとにそう話しかけたら、りとは無言でジト目を俺に向けてきた。なんだその顔。どういう反応なんだそれは。


「お前よくもりなに声かけたな。」

「あれ?もしかして怒ってる?」

「うん。課題まったく進まなかったじゃねえかよ。」

「だって『りとにぃ』がどーのこーの言ってんの聞こえたらさぁ、さすがにりとの妹か?とか思うだろ。」


りとはそう言い訳する俺に地味に八つ当たりするみたいに軽く俺の肩をパンチしてきた。パンチの力が弱いから本気で怒っているわけではなさそうだ。


大学敷地内を出ると同時にりとは後ろを振り向いて、背後を歩く貴哉に「古澤また明日な」って軽く手を振りながら駅の方向に向かって歩く。


「あ、うん、また明日。」

「貴哉またなー。」


俺も貴哉に声を掛けてから、そのままりとの隣を歩き、途中でチラッと背後を見たら、貴哉とあの先輩は仲良さそうに笑顔で喋っていた。普通に友達同士みたいな感じでとてもラブラブ…っていう雰囲気には見えねえけど、二人の時はもっとラブラブ感出んのかな?

恋人と居る貴哉にちょっと興味を持ちながらも、あんまりジロジロ見てたら失礼だな…と思い前を向く。


「そういやれいちゃんだけあの場に残ったな。あの先輩が貴哉と一緒に席立ったから帰り辛かったんかな?」

「いや、れいは兄貴もりなもあの場に居るし残るのが無難なんじゃねえの。」

「あ、そっか。つーかれいちゃんあの先輩の事ガン見してなかった?貴哉との関係もしかして知ってんの?」

「うん。」

「あ、やっぱそうなんだ。てかりとサラッと頷いたなぁ。言って良かったのかよ。」

「いいんじゃねえの。お前空気読めそうだし。」


おぉ、やったぁ。りとから『空気読めそう』って言ってもらえた。りとに褒められるの結構嬉しい。本人は褒めてるつもりとかはないかもだけど。


「じゃあな、俺電車乗るから。」

「おう、バイバイ。バイトがんばー。」

「うぃー。」


何時からバイトなのかは知らねえけどまあまあ急ぎ気味なのか、りとはひらっと手を振りながら早足で改札を抜けていった。


うわーそっかー、りとの妹ちゃんあんな子かー。クソかわいかったなー。

……と、りとと別れてからの俺はひたすら脳内でりとの妹の顔を思い返す。……でも兄がりとかー…ナシだなー。って、まあそもそも俺があの妹ちゃんと付き合えるわけでもないのに、またそんな無駄なことばかり考えてしまう脳天気な俺であった。


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