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歩夢はこの後バイトがあるため飲み物を飲んだ後すぐ残念そうに帰っていったが、俺は今日何も用事が無く暇だったため、俺の目の前に座っているりとの妹、りなちゃんの事を隙あらばチラチラ見まくった。

それにしてもやばい、可愛いすぎだろ。ぶっちゃけめちゃくちゃタイプだぞ、できることならガチで付き合いたい。しかしそうなると彼女の兄がりとになるわけか。…と、ただ付き合いたいという願望を抱いているだけの段階でそんな無意味なことを考えながらりとのこともチラ見していたらバチッとりとと目が合ってしまった。

……うわ、バレてそうだな。下心ある目でりとの妹見てたことバレてそう。こえー、やっぱないな。彼女の兄がりととか絶対ナシだわ。

って、ただ『付き合いたい』という願望を抱いているだけなのにそこまで考えがまとまった俺は、サッとりとからも妹ちゃんからも目を逸らしてコーヒーを飲む。つーかまずりとの上にまだ矢田るいも居るしな…。うん、やっぱナシだな。


「キャ〜…!!やばいっ、ちょっとこば…!黒瀬さんからラインきたっ…!!」

「まじ!?なんて!?」

「今大学ついたって…!!」

「早くカフェに居るって言いなよ!!」

「待って、今送ってる。」


……ん?『黒瀬さん』??

あっ……、黒瀬拓也??

あ〜はいはい、そうだったそうだった。矢田るいが黒瀬拓也と妹をくっつけようと協力してるんだっけ?

不意にスマホを見ながら嬉しそうに『黒瀬さん』って口にしたりなちゃんの発言に、俺は先日りとから聞いた話を思い出した。

そりゃ兄二人が黒瀬拓也と親しい関係なら、妹もそうなるわな〜。しかも黒瀬拓也が矢田るいの妹と付き合うなら誰も文句は言えねえよな。


「黒瀬さん?誰?りな彼氏できたの?」

「ううん、お兄ちゃんの先輩で超かっこよくて憧れてるだけ。れいちゃんは?誰かそう言う人いないの?あ、お兄ちゃん以外で。」

「あっ、あたっ、あたしはべつにっ…、まあ居ない事もないけどっ」

「えっ!?いるの!?誰?どんな人?」


うわぁ…、妹分かってて聞いてるぞ。れいちゃん貴哉の隣で顔真っ赤になってるし…。そしてりとは大人しく無言でパソコンのキーボードをカタカタと叩きながらも、その顔はニヤニヤ笑っている。


「かっ、…かっこよくて優しい人よ。」

「ふぅん、れいちゃんの好みっぽいね。やっぱ男は優しくないとね。」

「ね。」

「うん?何故二人揃って俺を見る?そんなに俺が優しい男だって?照れんなぁ〜クハハハ」

「逆だよ逆。あんたに嫌味のつもりで言ってんだよ。」


かなり冷めた口調で妹からそんなことを言われても、りとは生意気に「くはは」と笑っており、その生意気な笑い声にりなちゃんはイラついたようにりとを睨み付けている。……りとは妹にそんな冷ややかな態度を取られても楽しんでそうだなぁ。さすがにドSすぎんだろ。


それから間も無くすると、カフェの中に女の黄色い声が軽く響き渡った。何事だと振り向けば、そこには黒瀬拓也が立っている。


「あっ来たんじゃない!?りなっ!!」

「やばい、まじかっこいい、こば、りなの髪変じゃない?」

「大丈夫、超可愛い。」

「ありがとう。」


黒瀬拓也の登場に、キャッキャとはしゃぎ始める女の子二人。可愛いなぁ。俺という男が目の前に居ながらもまったく気にしなかった髪型をササッと手櫛で整えている。

そして黒瀬拓也は店内を見渡し、りなちゃんの姿を見つけると、ひらっと手を振りながら歩み寄ってきた。


「あれ?りとも居たんだ。なんか勢揃いだな。りなちゃん久しぶり。」

「はいっ!お久しぶりです!」


この場にりとも居ると分かると、黒瀬拓也はすかさずりとの隣の空席に腰掛けた。


「矢田はまだか。一瞬りとが矢田に見えたわ。何やってんの?レポート?」

「うん。りなが来た所為でまったく進まなかった。」

「おい、そんなこと言うなよ。せっかくりなちゃん遊びに来たのに。」


りとの文句にそう返した黒瀬拓也の言葉を聞き、りなちゃんはぽーっとした赤い顔をしながら恥ずかしそうにもじもじしている。うんうん、分かるわ。さすがにこの人の前じゃそうなるよな。男の俺でも黒瀬拓也にはときめきそう。


「あー…でもこいつお前に会いに来たんだから実質拓也の所為だな。焼肉奢りで許してやるよ。」

「なんでそうなるんだよ。つーかお前この前古澤たちと飯行くって行ってた日も焼肉食いに行ってただろ。お前の服焼肉臭放ってたから部屋に落ちてたジーパン勝手に洗ったぞ。」

「なに勝手に俺の部屋入ってんだよ。」

「洗濯物ねえか確かめてやったんだよ。さすがにお前、焼肉行った後のジーパンはすぐ洗えよ。」

「忘れてた。」


……また今日も黒瀬拓也はりとに絡みまくってんなぁ。家でいくらでも話せるのに会うたびにりとに絡みに行っている。気心の知れた仲で話しやすいんだろうなぁ。

…って、おいおい、黒瀬拓也がりとに構いすぎてて妹ちょっと不機嫌そうだぞ。

しかしそのことには全然気付かない黒瀬拓也は、「そんなに焼肉の臭いしてました?」と口を挟んだ貴哉に「すっげーしてた、臭かったぞ。古澤もすぐ服洗ったか?」って暫くずっと焼肉の臭いが染みついた服の話を続けていた。

この人は女の子に囲まれてるより、後輩と話してる方が楽しそうだな。さすがモテる男の余裕って感じだ。ガチでかっこよすぎる黒瀬拓也。俺の永遠の憧れだ。


その後黒瀬拓也の登場に続き、矢田るいもすぐにやって来た。それも、貴哉が付き合ってる先輩を連れて。

二人がカフェ店内に入ってきたことに気付いた貴哉が、なんとなく気恥ずかしそうにチラッと一瞬俺に目を向けてくる。

りなちゃんはひょっとしたら知ってるかもしんねえけど、黒瀬拓也は二人の関係知ってんのかな?れいちゃんはまあ当然知らないだろうから、俺はできるだけ不自然な態度は取らないように何も気にしていないフリをして、残りのコーヒーを飲み干した。


「おぉ、なんかすっげー集まってんな〜。」

「あっ!仁さんお久しぶりです!」

「久しぶり〜!え、なんかりなちゃんめっちゃ大人っぽくなってんじゃ〜ん!」

「ほんとですか!?」

「うん!髪長いの似合ってんね〜!超可愛い〜!」


うわ、貴哉の彼氏すっげー親しげにりなちゃんに絡み始めた。しかも貴哉の前でめちゃくちゃストレートにりなちゃんの事褒めてるけどあれは良いのか?矢田るいの妹だからそこは良いのか?しかもあんま貴哉の方を見ず、一言も声を掛けず近くの空席に腰掛けたぞ。

……え、待って?てかれいちゃんめちゃくちゃ貴哉の彼氏の方見てないか?え?どうなってんの?まさかれいちゃんも貴哉がこの人と付き合ってる事知ってる?


俺が軽くそんな混乱している最中、黒瀬拓也は「仁チャラいなぁ」と突っ込んでおり、そこで貴哉はクスッと小さく笑いを溢す。

貴哉があの先輩に関して反応を見せたのはそれくらいで、貴哉もあの仁って先輩も、人前ではずっと“付き合ってる”って雰囲気を出すことは少しもなかった。

多分俺は、貴哉が話してくれなかったら二人の関係にずっと気付くことは無かっただろうな。男同士で歩いてたってただの仲良い友達とかにしか見えねえもん。

…だからもし、この流れでりとと黒瀬拓也も実は付き合ってましたって言われても、今の俺なら驚かねえぞ。つーか同居じゃなくて同棲じゃねえの?…なんつって。

まあ変な想像してることバレたらりとに怒られそうだから口にはしないけど。


俺は貴哉の秘密を聞いてからというもの、男同士のカップルが意外と身近に存在してたことを知り、黒瀬拓也とりとのこともひたすら妙な目で見てしまうようになったのだった。


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