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空の色が徐々に薄暗くなり始めてきた午後五時頃、りとはバイトがあるからと先に帰っていった。

りとに続いてりとの友達と古澤くん、仁さんも帰っていき、その場に残ったれいちゃんは隣のテーブルで黒瀬さんと向かい合って座っている。りなは密かにちょっと嫉妬中。

シーン…と静かで、なんかちょっと気まずい感じの空間の中、お兄ちゃんが場所を移動して通路を挟んだれいちゃんの隣、こばの正面の席に腰掛けた。

古澤くんが帰っちゃった後のれいちゃんは一気に気分が沈んでそうに見える。黒瀬さんという超絶かっこいい人が目の前に居ながらも見向きもしてなさそうな感じに、りなはれいちゃんへの好感度が勝手に上がった。れいちゃんは多分すっごい一途なタイプだろうな。


「あ〜ん、りとにぃ帰っちゃったぁ〜。」


残念そうにそう口にするこばを見て、クスッと笑うお兄ちゃん。黒瀬さんも一瞬チラッとこばを見て笑ったが、すぐに視線はれいちゃんの方に向けられた。りなまたちょっと嫉妬中。


「大丈夫か…?」


そして黒瀬さんは、沈んでそうなれいちゃんを心配するように声を掛けた。うわぁやだ!!りなの嫉妬急上昇。


「えっ?」

「え?」

「えっ?」

「……え?」


えっ?なに、どうした?隣のテーブルに座るれいちゃんと黒瀬さんは謎に二人でえっええっえと言い合っている。…え、てかこの二人喋ったことあんの?なんかお似合いなんだけど。え、超やだ。


「あ、れいごめん、そういや会長も知ってるわ。お前が古澤のこと好きって。古澤帰ってれいが沈んでたから会長心配してくれたんすよね?」

「あ、そうそう。なんかいきなりごめん。今すっげー戸惑わせたな。」

「………会長って?何の会長なの?」


戸惑い合っていたれいちゃんと黒瀬さんの横からお兄ちゃんが口を挟むと、れいちゃんはジッと黒瀬さんの顔を見つめながらそんな問いかけをする。やだぁー!!!見つめないでええぇぇ!!!!!黒瀬さんがれいちゃんに惚れたらやだぁ〜〜!!!!!

りなはジー…と睨むようにその光景を見つめながら脳内でそう荒ぶっている最中、黒瀬さんは恥ずかしそうにちょっと頬を赤くしながら「ほらもーお前…」って文句を言いたそうにお兄ちゃんの方をチラッと見る。『会長』って呼ばれるの恥ずかしいのかな?黒瀬さんのこんな表情を見るのは初めてだ。

やだぁぁぁ!!!!!れいちゃんの前でそんな顔見せないでよぉ!!!!!れいちゃんも黒瀬さんに惚れちゃうじゃん!!!!!


「俺の高校時代の生徒会長だよ。ずっと会長会長って呼んでたから今更呼び方変えらんねえんだよなぁ。」

「いや変えろよ。俺何回お前に会長って呼ぶなって言ってることか。」

「まあいいじゃないすか。愛称っすよ、愛称。」

「会長が愛称とかやだわ。」


お兄ちゃんと黒瀬さんのその会話に、れいちゃんは自分から聞いたくせに興味無さそうで、「ふぅん」って相槌を打つだけでその後は静かにジーッと自分の爪を見ている。

そんなれいちゃんに突然こばが「てかずっと思ってたんですけど爪めっちゃ可愛いですね!」って声を掛けた。れいちゃんの爪は長くて綺麗な紫やピンクのマーブルカラーをしている。まるでいちごミルクやぶどうミルクのキャンディーみたい。

爪を褒められて嬉しかったのか、れいちゃんは「え?そう?」って首を傾げながらこばに目を向け、にこっと笑った。やだぁぁあ!!!れいちゃん黒瀬さんの前であんまり可愛い顔しないでぇぇえ!!!!

ハッとしながらりなは黒瀬さんに目を向けると、黒瀬さんはれいちゃんのことを直視している。やだぁぁあああ!!!!!りな爆大嫉妬中!!!

そんな嫉妬中の感情が表にも出てしまっていたのか、お兄ちゃんがりなを見てクスッと笑ってきた。なに笑ってんの!!


「りな、ご飯行く?あんま遅くなると帰り危ないし。」

「あ、そうだな。二人ともここから家帰るの一時間以上はかかるよな。」


おっ!お兄ちゃんナイス!ありがとう!帰りの事を気にしてくれるお兄ちゃんに続いて黒瀬さんもそう言ってくれたから、りなの嫉妬はひとまず落ち着き、そこでカフェを出る事にした。


「れいも一緒に飯行く?」

「あ、ううん、あたしはちょっと残るね。課題キリの良いところまでやって帰りたいから。」

「そっか。お前も気を付けて帰れよ。」

「うん、るいありがと。」


やっぱり古澤くんが帰ってからのれいちゃんは元気がなくて、無理矢理作ったような笑みを見せながらお兄ちゃんに礼を言う。


「れいちゃんまたね。」

「うん、またね。」


りなもお兄ちゃんに続いてれいちゃんに声をかけながら席を立ったが、黒瀬さんは控えめに会釈だけして席を立った。ふぅ〜、りなの嫉妬心は一応鎮まったようだ。


でもカフェを出た後の黒瀬さんはれいちゃんの事を気にするようにチラッとガラス越しにれいちゃんの方を見ている。やだぁぁ!!りなの嫉妬再来!!!


「お前のいとこ古澤帰ってからめちゃくちゃ凹んでたな。」

「仁と二人で帰ってっちゃったんでねぇ。」

「あれ?古澤が仁と付き合ってること知ってんだっけ?」

「あ、普通に知ってますよ。自分で気付いたのかりとが教えたのかは謎っすけど。」

「あの子もとことん報われなさそうなタイプだなぁ。お前の次に古澤だろ?」

「え?会長もしやれいのこと気にしてます?」

「ん?いや?べつに?…あ〜、でもネイル褒められて笑ったところ可愛いかったな。」

「ちょっ、タイムタイム。ちょっと向こうで話しましょう。」

「ハハッ、おいどこ行くんだよ。」


カフェを出てからの黒瀬さんとお兄ちゃんは暫く二人でれいちゃんの話をしてたけど、突然お兄ちゃんは黒瀬さんの首にガシッと腕を回し、拉致するように帰る方向とは全然違う変な方向に向かって歩き始めた。仲良いな。

そんな仲良い二人を尻目に、りなは隣を歩くこばに弱音を吐く。


「れいちゃんのような大人っぽさが欲しい…。」

「分かる。りなのいとこ爆美女だったね…。」

「れいちゃんってぼん、きゅっ、ぼん…っ、だよね……。りなにもちょっとで良いから分けてほしい…。」

「分かる。りとにぃもいとこのビキニ姿見たがってたもんね…。」

「いや、あいつはガチでビキニ着たれいちゃんのバタフライが見たいだけだよ。」

「なんでバタフライなの?意味わかんないんだけど。」

「あいつはそういうよく分かんない奴なんだよ。」


今までれいちゃんが美人でもりなはまったくなんとも思わなかったけど、黒瀬さんと同じテーブルに座っているれいちゃんが絵になりすぎてて、りなは始めてれいちゃんのことを羨ましく思ってしまったのだった。


「りなも爪伸ばしてネイルしてみようかな…。」

「おっ、いいじゃん。」

「でもりなの性格的に多分すぐ嫌になっちゃうだろうな。長い爪って。不便そうじゃない?爪の間にゴミとかも溜まりそうだし。」

「まぁちゃんと手入れはしないとね。でもべつに長くなくてもいいんじゃない?短い爪にマニキュア塗るだけでも可愛いよ。」

「……はぁ。そうだね…。りなが爆美女になる道は険しいなぁ。」


りなは夕方の薄暗い空を見上げながら溜め息を吐いた。


「はぁ……。」

「ん?どうした、りなため息吐いて。」


あ、お兄ちゃんたち戻ってきた。


「お腹減った……。」

「よしよし、美味しいもん食べに行こうなぁ。何食べたい?」

「……お寿司。」

「じゃありとのバイト先にでも行くか?」

「えっ!?りとにぃのバイト先!?」


……いや、りなはべつにそういうつもりでお寿司って言ったわけじゃ……って思ったところでもう遅く、『りとのバイト先』というお兄ちゃんの発言に食いついたこばがキャッキャとはしゃぎ始めてしまったため、その後りなたちはりとのバイト先に夕飯を食べに行くことになったのだった。


バイト中のりとの姿を見たこばは、うっとりしながら「かっこいい」を連呼して拝んでいる。そんなこばを見て笑うお兄ちゃんと黒瀬さん。


その日はりなの恋に進展とかは微塵も無かったけど、楽しい時間を過ごしてから遅くならないうちに帰宅した。


別れ際、黒瀬さんに『また一緒にご飯行きましょう!』って言ったら、笑顔で『いいよ』って優しく頷いてくれた。でもそれは多分、りながお兄ちゃんの妹だからだろう…。

お兄ちゃんの妹だからいつも優しくはしてもらえるけど、でもそれだけ。

残念ながら、りなが黒瀬さんとそれ以外の関係になれる感じは、これからもまったくしないような気がした。


後日談2 彼女たちの叶わない恋 おわり


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