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りとの妹、りなちゃんとりなちゃんの友達を連れて一度大学の建物から出てカフェに移動すると、すでにカフェの中で席に座ってノートパソコンを広げているりとの姿があった。
「あ、りともう来てる。」
「キャ〜!!りとにぃ!?」
「あっ!れいちゃんも居んじゃん!」
「えっ!?れいちゃんも!?まじ!?」
貴哉がりとと一緒に居るのは当然として、その貴哉の隣にはれいちゃんの姿もあり、喜びの声を上げる歩夢の発言にりなちゃんがギョッと目を見開く。
何故か信じられないものを見るような目でりなちゃんはれいちゃんに視線を向けながら恐る恐る俺たちに続きカフェの中に入るが、そんなりなちゃんはさておき、りなちゃんの友達が「キャ〜!りとにぃお久しぶりです!!」と興奮気味にりとの方に駆け寄っていった。あいつすげー好かれっぷりだな。とっつきにくいタイプのりとにここまで熱狂的に近付いていく人はあまり見たことがない。
「うわ、なんか来た。」
「りとにぃ会いたかったです!!」
「あれ?なんでお前らが一緒に居んの?」
興奮気味の妹の友達はスルーして、俺やりなちゃんの方に目を向けてきたりとに、りなちゃんが「こばがりとにぃりとにぃって騒いでるところにこの方たちが遭遇して声掛けてくださったんだよ」って説明してくれる。
「ふーん。」
「ところでりととれいちゃんが一緒に課題やってるとか何事?びっくりなんだけど。」
「え?りな来てるの?あら、久しぶり。」
俺たちがここに来ても暫く課題に集中している様子のれいちゃんだったが、数秒遅れで顔を上げ、りなちゃんに声を掛けた。
「うん、久しぶり。れいちゃんりとと普通に大学で喋るんだね。」
「毎日のように喋るけど?るいから聞いてなかったの?あたしたちもうすっかり仲良しになったの!ね〜?りと。」
今となっては俺も歩夢もれいちゃんのその発言が貴哉目当てだと分かる。りともそれを分かっているから冷めた顔をれいちゃんに向けている。
しかしそんな事情は一ミリも知らないりなちゃんの友達は、「えぇっ…!」と嫌そうな顔をしながらりとの隣の空席に腰掛け、ぎゅんと距離を詰めながらりとの腕に抱き付いた。
「りとにぃあたしも仲良くしたいですっ!大好きなんですっ!」
「なにこの子?さっきから声うるさすぎない?」
「ごめんね、りなの友達でりとのことずっと好きで会いたがってたから興奮してるの。」
「ふぅん、趣味が悪いのね。」
「うん、かなりね。」
美女同士が淡々と喋っている。美人ないとこに、可愛い妹。これが、イケメン兄弟の身内か。……やべえ、めちゃくちゃりとになりたい。しれっと『趣味悪い』とか言われてるけど。
「お前文化祭で豹柄のすんげえ格好してた奴だな。」
「あっ!そうです!キャ〜!!あたしのこと覚えててくれたんですね〜!?」
「うん、あれはさすがに覚えるわ。」
「キャ〜!嬉しい〜!!」
りとは妹の友達に腕をぎゅっと掴まれながらも、意外にも振り払わず穏やかな表情で「ククッ」と笑っている。ひょっとしてこの二人良い感じなのか…?なんて思っていた時、りなちゃんが「いや、今のあんまり喜べる事言われてないから。」って冷めた口調で口を挟んだ。
「いいのっ!りとにぃがあたしを覚えててくれてる事が嬉しいのっ!!」
そう言ってさらにりととの距離を縮めようとしたりなちゃんの友達だったが、いい加減鬱陶しくなってきたのかりとはシッシとその子を振り払い、テーブルにあったコーヒーのストローに口を付けてズズッと吸い始めた。気分屋すぎる奴だから、自分の気分で振り払い、もうそれ以上はその子を寄せ付けることなく冷ややかな顔をして頬杖を突き始める。ふとした時に見るりとの顔は、矢田るいに似てると感じる事がたまにある。
カフェ店内に入ったもののいつまでも席に座らず突っ立っているのもどうかと思い、俺たちは一旦飲み物を買いに行くことにした。
りなちゃんの友達はりなちゃんにコソコソと「りなのいとこ美人すぎない?りとにぃとお似合い過ぎて妬いちゃうんだけど!ほんとはどういう関係なの?」って心配そうに聞いている。りとに夢中すぎてれいちゃんの隣に座っている貴哉のことはまるで空気扱いだ。
「りなも二人が一緒にいるのはびっくりしたけどほんとにただのいとこだよ。」
「ほんと?」
「うん、ほんとほんと。天と地がひっくり返っても二人がどうこうなることはないよ。」
「なんでそこまで言い切れるの?分かんないじゃん。」
「いや、分かるよ。今更あの二人がどうこうなるとか普通にキモイし、当事者が一番そう思ってると思うよ。」
「じゃあなんで一緒に課題やってんの?」
りなちゃんと友達のコソコソ、コソコソと止まらないりととれいちゃんの話題は暫く続いたが、途中でりなちゃんは観察するように横目でジッとりとたちの方に目を向けた。
「…あ、もしかしてれいちゃん古澤くん狙ってる?」
「ふるさわくん?」
「ほら、れいちゃんの隣に座ってるりとの友達。」
「あぁ!あの人?いいじゃん!!」
「……あれ?でも古澤くんって……。」
すげえ、妹もうれいちゃんの好きな人気付いたっぽいぞ。でもりなちゃんはすでに貴哉の秘密も知ってるのか、微妙な表情を浮かべている。矢田るいと妹は仲良さそうだから貴哉があの先輩と付き合ってるということを知っていても不思議ではない。
飲み物を買ってから俺たちはりとたちが座っている席の隣のテーブルに腰掛けると、りなちゃんはすぐに「古澤くんお久しぶりですよね!」って貴哉に声を掛けた。
「あっ、そうだね〜。」
「りな古澤くんに会ったことあるの?」
「うん、りなの記憶では海とバーベキュー?…で会ってますよね?」
「あっ、多分そうっす!」
「……ふぅん、そうなんだ。」
りなちゃんと貴哉の会話にれいちゃんは嫉妬でもしてそうな低いテンションで相槌を打つ。そんなれいちゃんを観察するように横目で見ているりなちゃんと友達。その後二人は顔を見合わせ、りなちゃんは「絶対そうだわ」ってボソッと友達に話している。
まさか女の子二人にそんな観察をされているなど気づくことのないれいちゃんは、「海いいな〜」って貴哉のことをチラ見しながら呟いた。
「お前絶対海とか行きたくない人間だろ。」
そこですかさずそんな突っ込みを入れるりと。
「なんでよ!そんなことないわよ!」
「へぇ〜?じゃあ今年はみんなで海行くか?ビキニ着て泳げよ、ビキニ。」
「は?きんも〜い、あんたあたしのビキニ姿見たいの?キモ〜!!」
「あ?自惚れんなよ?お前のビキニ姿には微塵も興味ねえんだよ。お前がビキニ着てバタフライでも泳いでる姿ならめちゃくちゃ興味あるけどな。」
うわぁ…、急にいつもの言い合い始まったな。りとは美人なれいちゃん相手でも容赦無い。
「なんでバタフライなのよ!!意味わかんないから!そんなのできるわけないでしょ!!」
「なら平泳ぎでもいいぜ。水に顔付けるの嫌なら犬掻きでも認めてやるよ。」
「もうあんたは喋んないで!あたしはべつに海に入りたいって言ったわけじゃないのっ!綺麗な海の景色を見たいだけ!!」
「はいはい、二人とも喧嘩はそれくらいにしとこうね。」
「もぉやだぁ古澤くぅん…!今のはりとが悪いと思わない?」
「ははっ、まあまあ。仲良くしなよ。」
今日も安定の口喧嘩をし出したりととれいちゃんに、りなちゃんはちょっと呆れた様子で二人の方を指差しながら、友達に「ほらね?」って小声で話していた。
りなちゃんは昔から、多分頻繁にこんな光景を見ているのだろう。りなちゃんが『天と地がひっくり返っても二人がどうこうなることはない』と言いたくなるのにも頷ける。
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