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「で?りと。……お前も俺らに隠してることあるよな?」
「……んぁ?」
貴哉から衝撃の告白を聞きひと段落ついたあと、俺はさっきからずっと肉をひたすらバカ食いしているりとに目を向けた。
貴哉の話は最初は驚いたけど、なんとなく予想もできたことだった。思い返せば貴哉は大学に入学してすぐの頃から昼休みになるとあの先輩に会いに行っていたから、同性とは言え貴哉があの先輩の事を好きだと聞いた瞬間すんなり『あ、そうだったんだ』って納得した。
貴哉が俺と歩夢にそれを話すことは、結構勇気がいったことだったのかもしれない。でも最初からりとは知ってた感じだった。
俺らにはなかなか打ち明けられなかった事が、りとにはとっくの前に話せていたのだ。それは何故か。
俺は思った。多分りとには、偏見というものが無いからだ、と。
そういえばりとはここ最近、俺らの前で自分の兄、矢田るいがさも黒瀬拓也の事を好きだというような雰囲気に持っていった。確かに、矢田るいの反応はかなり黒瀬拓也を慕っているようには見える。
しかし。俺は自分の兄の話をする時にりとがやたらニヤニヤしていたことが引っかかってしょうがなかった。
そして俺は、ある疑いを持つようになった。
もしかして、りとにはもっと別に隠したいことがあるのではないか?と。黒瀬拓也を慕っている兄さえも知らない事。
それこそ正に、りとがニヤニヤしていた理由。…そう、…それは、
こいつ自身が黒瀬拓也と付き合ってる……という事実だ。
俺の問いかけにりとは肉を口に挟んだまま目を丸くして視線を向けてきた。まさか自分の話になるとは思わなかっただろ。さぁ、吐け!りと!貴哉も勇気を出して自分の事を言ったんだ。お前も今!俺たちの前で吐いてしまえ!
そう思うものの、りとは口の中の肉をもぐもぐと噛みながらキョトンとした顔で俺を見つめてくるだけ。……いや、俺はそんな顔には騙されないぞ。お前は確実に俺と歩夢に隠し事をしてるはずだ。
自分の兄が黒瀬拓也を好き、なんて言っておきながら、ほんとに好きなのは自分なんだろ?おかしいと思ったんだよな。あんなニヤニヤしながら自分の兄の話をするのは。すでに自分が黒瀬拓也と付き合ってるから、あんなニヤニヤしてたんだろ?
「え?俺が何を隠してるって?」
ゴクンと肉を飲み込んだあと、りとはにたついた顔で聞き返してくる。ほらほら!またニタニタしてる!
「りと最近やたら矢田るいが黒瀬拓也の事好きって話するけどさ、実はりとの方がすでに兄にも内緒で黒瀬拓也と付き合ってんじゃねえの?」
「はっ!?まじ!?」
俺の推理にギョッとした顔で驚く歩夢と、「え、」って軽く驚きの声を上げながらりとの方を見る貴哉。……あれ?貴哉にも内緒だったのか?
俺はりとのことをじっと見つめながら返事待ちするが、りとは「へへへへ?」とニヤけた顔でふざけた笑い声を漏らし始める。
「だってどう考えてもりと俺らに矢田るいが黒瀬拓也のこと好きって思わせようと話してたよな?あの話絶対怪しいって。自分が黒瀬拓也と付き合ってる事隠したかったんじゃねえの?」
「ぶふッ、クッククッ……。クソウケる……、
まじか〜すげえな慎太郎、まさかそこまでバレるとはな〜。」
「ええぇぇっ!?ガチかよ!?」
俺の考えを聞いたあと、りとは思いきり吹き出し、笑った後、あっけらかんとしながらそう口にする。認めたのか冗談なのか、りとの態度はいちいち分かりにくすぎる。
ここは貴哉の反応を見て判断しようとりとから貴哉に視線を移すと、貴哉は呆れたような苦笑いを浮かべている。……ここで驚きではなく苦笑いか。
「貴哉は知ってた?」
「え?…え、……えぇ?……いや、知らなかったけど……、えぇ?」
「そりゃ古澤も知らねえよ、俺と拓也の二人だけのひ、み、ちゅ、だからな〜。ククッ…」
隠してた秘密がバレたにしては、りとは堂々としたふざけた態度で恥じらうこともせず人差し指を振りながら笑っている。…どっちなんだ?分かりにくい。これは普通にふざけてんのか?吹っ切れてんのか?
「で?俺と拓也が付き合ってたらなに?有り得ねーっつってドン引きする?周りに言いふらすか?」
「…え?…いや、べつに俺はドン引きなんかしないしそんな言いふらすとかもしねえけどさ…、隠されんのは嫌だから普通に言ってくれた方が嬉しいなーって。怪しい態度取られたり隠されたら勝手にこっちが推測ばっかして考えてしまうわけだし。」
「ふぅん。……だってよ、古澤。」
……と、そこでりとはふざけた態度から一変し、真面目な顔を貴哉に向けながらトントンと貴哉の頭を叩いた。
「……え、…あ、……うん。」
……え?なに?
まだ貴哉俺らに隠してることあんの?
貴哉の話はもう終わったと思ってたのに、また振り出しに戻った気分で俺と歩夢は貴哉に視線を戻すと、貴哉は「ごめん…」って突然謝罪から入り、俺と歩夢の顔色を窺うようにチラ見した。
「あの…、実は俺…、もう先輩とは付き合ってて……。」
そして徐に口を開いた貴哉のその告白には、俺も歩夢も二人揃って声も出さずに静かに驚く。貴哉の片想いかと思いきや、すでにそういう関係だったのか……。
「……え、おめでとう?…うわ、そうなんだ、貴哉の一方的な片想いだと思ったのにすでに実ってんのかよ。」
「……ありがとう、…う、うん…実は…。」
歩夢の言葉に貴哉は恥ずかしそうに照れ笑いする。
まあ貴哉の話は驚いたけど、やはりその事を聞いても俺は『あ、そうなんだ』と思うくらいだった。貴哉とあの先輩が仲良い事は知ってたし。
それより今はりとだ、俺が心底気になってるのは。
「で?りと。まじでお前はどうなの?黒瀬拓也となんかある?お兄さんが黒瀬拓也を好きって不自然に匂わせてたよな?」
「あ〜あれな。お前らの反応見てただけだって。深い意味はねえよ。」
「は?…俺らの反応?…え、それはもしや貴哉のため?」
「さ〜?まあ古澤がお前らに自分のこと話そうかどうしようか判断する材料にはなったかもな?」
そう話すりとの言葉に、貴哉はクスッと笑いながらうんうんと頷いていた。
結局俺の推理は大外れに終わったようで、りとは後から「俺と拓也が付き合ったなんて聞いたら兄貴が大暴れするわ」とか言って笑っている。
さらに話を聞けば、矢田るいは自分の妹と黒瀬拓也をくっつけたがっているんだとか。最初からそう話してくれていたらいいものを、りとがやたらニヤニヤしてたのはただ面白がってただけなんだろう。これからはりとが話すことは半分冗談だと思って聞こうと思う。
一年ちょっと仲良くして、俺はちょっとずつ矢田りとという人間の事が分かってきたぞ。
それから貴哉は、ずっと俺たちに先輩との関係を隠しているのがしんどかったと話してくれた。
でも言えて良かった、スッキリしたって晴れやかな顔をしていたから、俺も歩夢もただ話を聞いただけだけど、よかったな〜って笑い合い、前よりもっと貴哉と親しくなれた気がする。
大学で知り合って早一年、なんとなく俺は貴哉と俺たちの間にはずっと壁があるように感じてたけど、今日その壁は無くなってくれたのかな。
言いたくないこと、言いづらいことたくさんあるとは思うけど、少しでも友達に信頼されて、話してもらえるような人間になっていきたいと思う。
貴哉の話したかった事 おわり
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