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俺、船橋歩夢は先日めでたくハタチの誕生日を迎えたばかりだった。それを貴哉に話したら、お祝いにご飯でも行こうと誘ってくれたため、貴哉と慎太郎とりとの四人で焼き肉食べ放題に行くことに。

みんなの暇な日に合わせて焼き肉屋に訪れ、テーブルに案内されてすぐまずは飲み物を注文しようとメニュー表を広げるが、俺一人だけビールを頼もうとしていたら何故かりとがジト目で睨み付けてくる。


「いいなー。俺もビール飲みたい。」

「ダメだよ、りとくん普通に酔っ払ってやらかしそう。」


俺も慎太郎もそこまで真面目ではないためべつにいいんじゃね?って空気でりとを見る中、貴哉だけそう言ってりとを止めている。


「一杯くらいだったら大丈夫だろ。」

「ダメダメ、ちょっとでもりとくんが酔ったら絶対やばい気がする。矢田先輩も酔うと結構やばいらしいし。」


貴哉がりとの兄、矢田るいの名前を出した瞬間にりとは「あー…あれな。」と納得したような反応を見せ、諦めてコーラを注文していた。矢田るい酔ったらやばいんだ。


飲み物が届くととりあえずみんな俺の誕生日を祝って乾杯してくれて、りとは俺のビールを羨ましそうにしながらも大人しくコーラを飲んでいる。この場に貴哉が居なかったらりとはしれっとビールを飲んでいたかもしれない。真面目な貴哉と、見るからに不真面目そうなりと。前々から思ってたけど、この二人はなんかちょっと、仲良いのが不思議な感じの組み合わせだ。


「れいちゃんの誕生日はいつなんだ?」


ビールを一杯飲んだ後、俺は大学に入ってからずっと憧れの存在であるれいちゃんのことをいとこであるりとに問いかけたら、まさかの「さあ?」って首を傾げられた。


「は?りといとこの誕生日知らねえのかよ。」

「んー、9月とかだっけ。聞いた事はあるけどあんまちゃんと覚えてない。」

「いやいや、俺いとこ四人居るけど全員の誕生日大体覚えてるぞ。」

「うん、俺も。」


慎太郎も貴哉もそう言って頷き、あんな美人ないとこが居ながら誕生日をはっきり覚えていない様子のりとを信じられないものを見るような目を向ける。


「俺人の誕生日覚えらんねえし。断言しとくわ、お前らの誕生日も多分来年には忘れてるよ。」

「うわー、堂々としてんなぁ。そんなんじゃお前、誕生日とか記念日とか祝い系好きな彼女と付き合った時どうするんだよ。」

「あー無理無理。まず記念日祝うとか意味わかんねーし興味ねえし寒気する。」

「はぁ?なんで?俺はりとが意味わかんねー、なんで寒気すんの?」

「なぁ牛タン頼んでいい?」

「っておい!無視すんなよ!!」

「ふふっ、いきなり肉の話になった。」


めんどくさがりなのかと思って聞いていたらそもそも性格が冷めすぎているのか、“記念日を祝う”という話に白けた顔をしているりと。

慎太郎がりとに理由を聞くものの、りとは慎太郎の問いかけに答える気はなさそうにメニュー表を見ながら肉の部位を口にしたため、りとの隣で貴哉がクスッと笑っている。

りとは文句無しのイケメンで同じ学部の女の子もよくりとに近付きたがってる子は多いけど、悪いけど俺はりとの友達として言わせてもらうと、付き合ったらかなり痛い目を見そうな気がして女の子におすすめできない男ナンバーワンだ。

それとは真逆で、貴哉はと言えばりとと並ぶと少し地味な感じには見えるものの、性格も良く、誠実そうで、顔も整っているからかなりのおすすめ物件である。そして俺の憧れの女の子が正に今惚れている男。貴哉に惚れるとは……悔しいがれいちゃんはかなり男を見る目がありそうだ。

ぐぬぬ…っ、と密かに貴哉をチラ見しながら悔しい思いを抱いていると、「おら主役、何頼むんだよ」とりとがいい加減に俺の目の前にメニュー表を投げ置いてきた。りとはまず言動がヤンキーなんだよな。俺は男だからまだ耐えられるけど、りとはれいちゃんにもこの態度だもんなぁ…。

俺が女なら、いくら顔が良くても絶対りとは付き合いたくないタイプだな。……って友達に対してそんな失礼なことを考えながらメニュー表を手に取り注文する肉を選ぶ。


その後店員に肉を注文し、待っている間、不意にりとと貴哉は目配せしているような感じで無言で目を合わせていた。

不思議に思い、「ん?」と首を傾げながら二人へ交互に視線を向けると、最初に口を開いたのは貴哉で、「今日二人に話したいことあってさ…」って、なんかちょっと言いづらそうに若干小声で話し始める。


「え?何?」

「……もしかしてれいちゃんと付き合った?」

「へっ?なんで御坂さん?」

「あっ、違う?」

「うん!違う違う!!」


貴哉が畏まった感じで話し始めるからまさかと思って俺から聞いたら、貴哉は笑いながら首を振って全力で否定してくれる。うわ、よかったー。

貴哉の隣で黙って話を聞いているりとは、ホッとする俺にチラッと目を向け、クスッと小さく笑ってくる。


「あ〜…どうしようかな、どこから話そう…」

「え?なになに、なんの話!?」

「えっなに!?貴哉なんか悩んでんの!?」


言おうか、どうしようか、と何かを悩んでいる感じでりとの顔を見ながらあわあわしている貴哉に俺と慎太郎は何事かと気になってしまい話を促す。

そんな中店員が先程注文した肉を運んできたため、一旦口を閉じた貴哉は真っ赤な顔をして謎に恥ずかしそうにしていた。


「まあまずは肉を食うぞお前ら、適当に焼くからスピーディーに取れよな。あ、俺の分は取るなよ。」

「あ、はい。了解っす。」

「りとって肉焼いてくれるタイプなんだな。」

「おう、ちんたら焼かれんの嫌いだからな。」

「りとって食いもんの事になるとかなりせっかちだよな。」

「おらぁ!!もう焼けてきた焼けてきたぁ!!」


『ジュ〜』と音をさせながらりとが網の上に肉をどっさり放り込んだと思ったら、素早い手付きでトングで肉をひっくり返し始めるやたらハイテンションなりとを皆無言で眺める。

そしてさっきは『スピーディーに取れよ』とか言ってたくせに、ポイポイっと雑に四人の皿に焼けた肉を放り込み始める。

一旦トングを置いて肉を食べるのかと思いきや、再びまたりとは別の肉をどっさり焼き、舌を舐めずりながらタンが焼けていく様子を眺めていた。…なんかちょっと笑える。焼き肉でここまで全力出す奴初めて見たぞ。


肉を焼くのはりとに任せるとして、俺と慎太郎はずっと赤い顔をして黙り込んでいた貴哉に目を向けた。

りとが肉を焼いてくれている間ありがたくその肉を食べながら、「で?話の続きは?」って慎太郎が貴哉に先程の続きを促している。


「あ…、うん。でも、ちょっと言いづらくて…。」

「どういう系の話?恋愛?」

「うん…、恋愛…。」

「れいちゃん関係ある?」

「……え、全然ない。」

「よし。」


れいちゃんのことを好きになったとか、付き合ったって事以外なら俺としてはなんでもよくて、貴哉が話すのを待っていたら、ようやく一旦肉を焼くのを止めてむしゃむしゃ肉を食ってるりとが横から「古澤に好きな奴がいるって話な」って口を挟んだ。


「えっ!誰誰!?」

「俺ら知ってる人!?」

「…うん、知ってる。」

「まじか!誰だろ!?」

「貴哉が仲良い女子ってれいちゃん以外いたっけ!?」

「女とは限んねえぞ〜?」


ニヤニヤしながらそう口にしたりとの発言に、貴哉は顔と、耳まで真っ赤にしながらその赤い顔を両手で隠した。このりとの発言が、貴哉が今まで言いづらそうにしていた決定的な理由だったんだろう。


「えっ!?あっそういうパターン!?」

「まさかの男か!?」

「……あっ待って!?俺分かったかも…!」


ハッとした様子でハイハイ、と手を上げた慎太郎に、貴哉はチラリと目だけ隠すのをやめて恥ずかしそうに無言で慎太郎に目を向ける。


「貴哉と仲良い先輩っしょ!!たまに昼飯二人で食ってるよな!?」

「あ〜!!あの人な!!」


慎太郎の言葉に俺も納得しながら頷いていたら、貴哉はずっと恥ずかしそうに顔半分を手で隠したままコクリと小さく頷いた。


「まじか〜、あの人か〜。まあかっこいいもんな〜。」

「え、いつから好きなん?高校の先輩だろ?」

「んーと…、高一の終わり?くらいかな…。」

「うわ、長っ。じゃあもう三年以上経ってんじゃん。告白はする気ねえの?やっぱしにくい?」

「ん〜…。」


慎太郎の問いかけを聞きながら、俺も高校からの先輩で、男で、いくら仲良いとは言えそう簡単に告白できるもんではないよな〜と考えていたら、貴哉は何か悩むようにチラッとりとに目を向けている。

貴哉はずっとりとには相談してたんだろうな。俺らにはこのタイミングでようやく打ち明けてくれたとなると、今まではあんま信用されてなかったんかな。引かれるかもとか思って言えなかったんかな。

好きな相手が男とか、俺ならあり得ねえもん。でもべつにだからって、他人の好きな人が同性だったらあり得ないとかは思わない。そういう人だっているよな、って感じだ。


「…まあ、告白はしにくいかもだけどさ、俺は応援してるから。」


残念ながら俺には恋愛のアドバイスはしてやれねえし、まあどうせ叶わない恋なんだろうなぁ…とちょっと貴哉のことを憐れみながらそう声を掛けたら、そこで貴哉はクスッと笑みを溢しながら照れ臭そうに「ありがとう…」って小さな声でお礼を言ってくれる。叶わない恋してて可哀想……とか思ってて、なんか申し訳ない…。だってさ、実際同性に告白してオッケーもらえる可能性とかかなり低そうじゃん。

……てか人のこと言えねえけど。俺だって叶わなさそうな恋してるし。


でもまあ、とりあえず、俺らに打ち明けられて満足したって感じ?俺らに引かれなくて良かった?ここで引くやつはぶっちゃけクズだろって思うけど、正直俺は貴哉の好きな人があの男の先輩って聞いてかなりびっくりしている。

多分慎太郎も表向きは反応を抑えてるけど、結構びっくりしてそうだ。

…まあ俺は、れいちゃんには悪いけど貴哉に好きな人が居てくれて良かったよ。それも男だろ?じゃあもう絶対れいちゃんの恋叶わねーじゃん。

……うわ〜、まじよかったわ…。

だって貴哉がもしれいちゃんと付き合ってたら俺貴哉の事嫌いになりそうだったもん。普通にれいちゃんに好かれてんの羨ましいし。

……ってのは、心の中だけで留めておく気持ちだけど。


今日は俺と慎太郎にそのことを話したかった様子の貴哉は、それ以降は肩の荷が降りたみたいに穏やかな表情で肉を食べていた。


友達になってから一年以上経ってようやく秘密を打ち明けてくれたんだなーって思うと、嬉しいような、…いや、でもちょっと遅くね?とも思うような、若干微妙な気持ちである。

俺ももっと友達に信用してもらえるような人になんねえとな。


それにしても、貴哉はなんでりとには普通に話せてたんだろう?りとだって確か俺らと同じ大学から貴哉と仲良くなったはずなんだけどな。

やっぱ、二人の仲は結構不思議だなぁ。


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