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その後、ご飯を食べている最中、矢田先輩がチラチラとこちらに視線を向けてくるのが俺は気になって仕方なかった。…いや、こちらっていうか、多分、見ているのは黒瀬先輩の方だ。

そして黒瀬先輩はと言えば、隣に座る女の人に相変わらずピッタリくっつかれており、黒瀬先輩と話したくてしょうがないという態度で話しかけられていてちょっと大変そう。

だんだん俺は黒瀬先輩がりとくんに話しかけるのは、この女の人からの猛アピールを躱したいからのように思えてきた。

その証拠に、「拓也くんと今度ご飯行きたい」って話しかけられているのに、そんなタイミングで先輩は「あ、そうだ」って何か思い出したような声を出し、それと同時にりとくんの方へ視線を向けている。


「なに?」

「昨日で米切れたんだった。」

「ふぅん、じゃあよろしく。」

「次お前買いに行く番だぞ?」

「えぇ〜。」


んん…、どうなんだろうな。猛アピールを躱したいからとかじゃなくて、単純に今思い出した事を急ぎでりとくんに話しておきたかっただけのような気もする。そしてりとくんめちゃくちゃ米買いに行くの嫌そう。先輩の隣に座った女の人は先輩に話を聞いてもらえなくて残念そう。


「あと洗濯洗剤も無くなってきたし、ボディーソープも買っときたいし、お前がこの前牛乳溢してティッシュで拭きまくったせいでティッシュ大量消費してもうティッシュのストックもあんまなかった気がする。しかもお前、こんっなちっちゃい虫一匹潰すだけでティッシュ五枚くらい使ってただろ。俺が一パック使う期間で多分りとは確実に三パックくらいは使ってるぞ。」


……ふふふっ、先輩りとくんにはよく喋るなぁ。家の事でりとくんに言いたいことが山ほどありそうだ。


「ティッシュティッシュうるせえな、何回ティッシュ言うんだよ!!」

「りとが躊躇いなくティッシュばっか使ってるからだろ。……なぁ古澤、どう思う?」

「へっ…!?俺っすか…!?」


確かにりとくんの横で黒瀬先輩が何回もティッシュティッシュって言ってるなぁ…と思ったら、突然俺に話を振られてドキッとしてしまった。まるで生徒会の頃いきなり会長に質問されたりした時の事を思い出して、ドキッというか、ビクッとする。二学年上の先輩は当時めちゃくちゃ怖かったのだ。……矢田先輩も怖かったけど。


「確かに虫一匹に五枚は…ちょっと使いすぎかもっすね…!」

「だろ?」

「虫っつーかカメムシだぞ!?立体の虫にティッシュ五枚は寧ろ少ないくらいだろ!」

「立体の虫ってなんだ。虫は大体立体だろ。」

「りとくんってカメムシは平気なの?」

「平気ではないけどあいつよりはまだマシ。動き鈍いし。」

「あいつって?」


何気なく口を挟んだ歩夢に、りとくんはその言葉を言うのも嫌そうに無言で歩夢をジロッと睨み付けている。そこで、不思議そうにする歩夢を見て、黒瀬先輩が口パクで『ゴ、キ、ブ、リ』と口を動かした。

「あぁ〜はいはい!」と頷く歩夢に、クスッと笑う黒瀬先輩。

俺たちのテーブルが盛り上がる一方で、隣のテーブルに座る女の人たちは黒瀬先輩と話せなくてちょっとつまらなさそうである。……先輩やっぱ、女の人からの猛アピールにうんざりしてたのもありそうだな…。モテる人は大変だ。



くだらない話でも黒瀬先輩が話すと場は盛り上がり、賑やかにご飯を食べ進めて皆が昼食を食べ終わった頃、矢田先輩が席から立ち上がり、こちらに向かって歩み寄ってきた。そんな矢田先輩を席に座ったまま振り向き、眺めているだけの仁くん。


「か〜いちょぉ〜!!」

「おぉ、矢田。なぁ、そろそろ本気ででっけー声でその呼び方すんのはやめてくれるか?」

「今日大学来てたんすね〜!」


ただでさえ目立つ矢田先輩が目立つ黒瀬先輩に会長呼びしながら歩み寄ってきたもんだから、周囲は一瞬で二人に注目し、黒瀬先輩はちょっとだけ恥ずかしそうだ。そして、矢田先輩の登場に、何故か慎太郎と歩夢が口を手で押さえて密かに笑っている。

黒瀬先輩に指摘されても矢田先輩は会長呼びを直す気はまったく無さそうで、黒瀬先輩に目線を合わすように腰を下ろしながら「会長、横の人まさかコレじゃないっすよね?」って小指を立てながらコソコソと問い始めた。

矢田先輩ずっと黒瀬先輩の方見てるなぁと思ってたら、矢田先輩も黒瀬先輩の横にずっといる女の人を彼女か?と怪しんでいたようだ。


「いや違うけど。」

「あっ、ですよね!良かった良かった。」


にこにこと笑みを浮かべながら相槌を打つ矢田先輩に、慎太郎と歩夢はびっくりしたように目を見開き、さらに口元をニヤつかせながら二人で顔を見合わせあっている。この二人は先日りとくんが言った発言の所為で絶対何か勘違いをしている気がする。


「なんかお前誤解生みそうな態度だな…。」

「ぶふっ…」


歩夢と慎太郎の反応を見てしまったからか、苦笑いしながらそう口にした黒瀬先輩に、横で大人しくスマホをいじりながら座っていたりとくんが吹き出した。

そこで、矢田先輩がここへ来て初めてりとくんにチラッと目を向けると、「お前さっきティッシュティッシュ騒いでただろ。クソうるさかったぞ。」って冷ややかな声と表情でりとくんを注意し始めた。


「ティッシュティッシュうるさかったの俺じゃねえし。こいつだし。」

「バカ!お前誰に向かってこいつっつってんだよ!!」


兄に注意されたにも関わらず、ニタニタした顔で言い訳を口にしながら黒瀬先輩を指差したりとくんに、矢田先輩は瞬時に『ペシン!』と良い音を鳴らしながらりとくんの頭を引っ叩いた。


「ぶへっ!!……くへへ、くふっ」


おかしなことに、頭を叩かれてもりとくんはひたすらニタニタと笑い続けている。それは多分、歩夢と慎太郎の反応が視界に入ったからだろう。

俺は矢田先輩の黒瀬先輩への好意はちゃんと先輩として慕っている好意だと分かっているけど、以前歩夢と慎太郎はりとくんから矢田先輩の事について『いっつも俺の家来て拓也にラブコール送ってる』と変な勘違いをしてしまいそうな話を聞かされている。

その結果、矢田先輩が黒瀬先輩への好意をちょっと見せただけで、歩夢と慎太郎は目をギョッと見開いたり口を手で押さえたりと、分かりやすく勘違いしてそうな反応を見せているのだ。


りとくん悪い顔して笑ってんなぁ…と思ったら、矢田先輩が『ガッ』とりとくんの顎を掴みながら「お前なにさっきからきもちわりぃ笑い方でニタニタ笑ってんだよ」ってちょっとキレ気味の様子で詰め寄った。


「おいおい、ここで兄弟喧嘩はすんなよ。」

「喧嘩じゃないっすよ。大体こいつが悪いんで。」

「うっぜ、俺何もやってねえだろ。」

「お前のニヤついた顔がいちいちうぜえんだよ。」

「うわひっど、生まれつきの顔なのに。」

「はいはいもー分かった分かった。」


さっき女の人に『二人の兄弟喧嘩見てみたい』と言われていただけあって、矢田先輩とりとくんのやり取りはかなり興味深そうに周りの人たちに注目されている。しかしなかなかの剣幕のため途中で黒瀬先輩が宥めに入り、なんとか丸くおさまった。


「あ、そうそう会長、りなが今度うちの大学遊びに来たいって言ってたので良かったら一緒にご飯でも食べてやってくださいよ。」

「おー、いいぞ。日教えてくれたら空けとくわ。」

「はーい!それじゃあまた!」


矢田先輩はその話をしたかったのか、それだけ話すとさっさとその場を後にした。


「……りな?……って誰?」


矢田先輩の口から出てきた名前にも興味津々になっている慎太郎に、俺がりとくんの方を見ながら「二人の妹さん」と答えると、慎太郎は「おおっ!妹!!」とこれまた大袈裟な反応を見せる。


「うわ〜!矢田るいの妹まじで見たいわ!!」

「矢田るいの妹とかもう可愛いの確定だろ!!」

「え?矢田るいの弟可愛いの確定?照れんだろ、お前らそんな褒めんなって。」

「貴哉は会ったことあるんだっけ!?絶対可愛いよな!!」

「写真ねえの、写真!!」

「え?…あー、何回か会ったことあるけど、写真は無いかなぁ。めちゃくちゃ可愛いよ。結構りとくんに似てるかも。」

「まじか!!!」

「やっぱ可愛いんだ!!」


俺にりなちゃんのことを興味津々で聞いてくる歩夢と慎太郎は、りとくんの途中で何気なく挟んだボケをサラッとスルーしたため、それを横で聞いていた黒瀬先輩に「スルーされたな」と言って笑われている。

そしてりとくんはボケをスルーされ地味に恥ずかしかったのか、『スルーされたな』と突っ込んできた黒瀬先輩の足をビシッと蹴っていた。

全員にスルーされるより、黒瀬先輩が突っ込んでくれただけ俺はまだ良かったと思う…。


結局この昼休み中、黒瀬先輩は何度も俺たちの会話に加わって話していたため、黒瀬先輩と同じテーブルの奥の席に座っている人たちはなんとなくつまらなさそうだった。

周りの人たちは黒瀬先輩と話したくて必死な感じだったけど、残念ながら黒瀬先輩はりとくんと話していた方が楽しそうだ。


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