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「りとはっや、もう行ったぞ。」
「毎度毎度昼飯食うのに全力だなぁ、りとは。」
「おかげで毎回すんなり席座れるのかなりありがたいけどね。」
今日も昼になるとダッシュで学食に向かったりとくんを歩夢と慎太郎と見送った後、俺たちは至って普通のペースで学食に赴いた。
俺たちが到着した頃にはすでに学食は混み始めており人で溢れ返っているが、そんな中りとくんの姿を探してみると、りとくんはすでに昼食が乗ったお盆をテーブルに置いているところだった。さすがの素早さだ。
「りとくん相変わらず早いな〜。」
「りとサンキュ〜。」
「あざーす。」
りとくんが座ったテーブルに荷物を置き、財布だけ持って注文カウンターに行こうとしていたところで、賑やかな集団が学食内をぞろぞろと歩いてくる。その中心に居るのは黒瀬先輩だ。存在感があり過ぎてかなり目立っている。
黒瀬先輩の左右には綺麗な女の人がしっかりその場所をキープするように歩いている。そしてその周りには男の人や女の人もチラホラと。まるで大名行列のようだ。
その大名行列をぼんやりと眺めていたら、バチッと一瞬黒瀬先輩と目が合った気がした。その直後、ズンズンこちらに向かって歩いてくる先輩。
黒瀬先輩が近くまで来ると、早くもお箸を持ってご飯を食べようとしているりとくんに気付き、先輩はテーブルの横で立ち止まった。
「お前一人だけ食うのやたら早いな。」
「うわ、なんか集団来た。」
「つーかいいとこ空いてんじゃん、横座って良いか?俺も飯頼んでくるから荷物番しといて。」
「あぁん?」
りとくんが座っている場所の隣のテーブルがまだ空席だったことに気付いた黒瀬先輩は、りとくんに荷物番をお願いしながらさっさと荷物を置いている。すると一緒に居た人たちも急いで荷物を置き始め、座りきれない人たちは残念そうに別のテーブルを探しに行った。椅子取りゲームみたいだな。
りとくんは見るからに嫌そうな顔で不満そうな声を漏らすものの、黒瀬先輩は平然とした態度でりとくんの頭にポンと手を置きながら「頼んだ。」と一言声をかけてさっさと歩いていく。周りの人たちも口々に「りとくんありがとうね!」などとお礼を言いながら遅れを取らないようにさっさと黒瀬先輩の後に続く。りとくん名前覚えられてて凄いな、有名人だ。
「……は?勝手にぜんぜん知らねえ奴らの荷物番させられた、荷物パクられても俺は知らねえぞ。」
ぶつぶつと不満を漏らしてかなり不服そうにしているりとくんの態度に苦笑しながらもかける言葉は見当たらず。俺たちも行列になる前に急いで注文カウンターに向かうことにする。
慎太郎は俺たちの数人前に並んでいる黒瀬先輩に興味津々で、先輩の隣にぴったりくっついている女の人に視線を向けながらコソコソと「彼女だったりする?」って俺に問いかけてきた。
「え?違うんじゃない…?」
「じゃあただのアプローチか。すげえグイグイいってんなぁ、あの人。まあ俺が女ならああなってるかもな。あ、つーかそれよりりとがさっき言ってた人って誰の事だ?」
「ん?さっき言ってた人?」
「ほら、黒瀬拓也を雑に扱う人もう一人居るとか言ってただろ?」
近くに黒瀬先輩本人が居るため、ガヤガヤと賑やかな学食内ではあるがコソコソと小声で黒瀬先輩の話をひたすら続ける慎太郎。黒瀬先輩の事になるとかなり興味津々だ。
りとくんが言ってた人は多分友岡先輩のことだと思うけど、不確かなので適当に「先輩と仲良い後輩のことかな?」と答えておく。
「ふぅん、すげーなその後輩。俺あんな先輩居たら敬いまくるぞ。」
「ハハッ、俺も。」
慎太郎の反応は当然の反応だ。友岡先輩がイレギュラーすぎる存在なのだ。俺が高一の頃、見間違いでなければ友岡先輩が黒瀬会長に向かって中指を立てていたところを見たことがある。黒瀬先輩に対してあんな態度を取る人は、後にも先にも友岡先輩だけだろうな。
それにしても、黒瀬先輩の横に居る女の人は、先輩の彼女だと言われても不思議じゃないくらい先輩の隣にぴったりくっついている。……え、実はほんとに彼女だったりする?りとくんからはそんな話まったく聞いたことないけど。
ちょっとだけそんな疑いをかけながら注文カウンターの列が進むのを待つが、反対隣に居る女の人も見てみれば結構ぴったり先輩にくっついているので、恐らく一方的に好意を持たれてるんだろうなぁ…と勝手に想像しながら観察してしまった。
注文したものを受け取りおぼんを持ってテーブルに戻った頃には、早くもりとくんが昼ご飯を食べ終え、のんびり水を飲みながらスマホをいじっている。
「お前さすがに早食い過ぎだろ。10分くらいで食い終わってんじゃねえか。ちゃんと噛んでんのかよ。」
「あははっ、ほんとだ〜、りとくん食べるの早いね〜!」
黒瀬先輩もたった今テーブルに戻ってきたばかりで、食後のりとくんに横から突っ込みを入れるが、黒瀬先輩の正面に座った女の人も楽しそうに話に加わる。ちなみに先輩の横に座った人も会話に加わりたそうにチラチラと横を向いている。密かに黒瀬先輩の奪い合いが行われていそうだな。
その奪い合いに巻き込まれたりとくんはチラッと横を向き、変に畏まった冷めた態度で口を開いた。
「あ、どうぞお構いなく。」
「おい冷てえな、なんだその他人行儀の態度は。」
「拓也がこっち向いてたらお前の連れ全員がこっち向いてて居心地わりぃんだよ!」
「え?……あぁ、そりゃ悪かった。」
りとくんに言われて反対側を向いた黒瀬先輩は、横のテーブルに座っていた人たちみんなが自分とりとくんに注目していることに気付く。
「りとの顔見ると反射で絡みに行ってしまうんだよな。お前いつ見てもツッコミどころ満載だし。」
「仲良いな〜、拓也とりとくん。なんか兄弟みたいだな。」
「いや、兄弟だったらこうはいかねえぞ?矢田とりとは顔合わせたら何かしら言い合ってるからな。」
「あはは!そうなんだ!二人の兄弟喧嘩見てみた〜い!」
黒瀬先輩の呟きに反応したのは先輩の斜め前に座った男の人で、次第に黒瀬先輩を中心にりとくんと矢田先輩の話で盛り上がり始める。
「どんなことで言い合ったりするの〜?」
「どんなこと?……ん〜、矢田が勝手にりとの部屋に入って掃除してたりとか?」
「あははは!!それは嫌かも〜!!」
隣のテーブルでの会話は勿論こちらにも丸聞こえで、その話を聞いた歩夢と慎太郎が揃って吹き出し、笑っている。
「ぶふっ、そうなん?矢田るい勝手にお前の部屋入って掃除するんだ?」
「りとの部屋結構散らかってんの?」
「べつにいうほど散らかってねえよ。兄貴が勝手に俺の部屋で酒盛りしようとするから俺の私物を端に寄せたりしやがるんだよ!」
りとくんはだんだん話の内容に苛立ちを見せ始め、やや大きめの声で歩夢の問いかけに答えるが、そんな時俺はあることに気づいた。
二列ほど離れたテーブルに矢田先輩の姿が有り、じーっと俺たちが座るテーブルの方へ目を向けていることに。それから、後ろをわざわざ振り向いて仁くんがこっちを見ている姿も。……まさか、りとくんの声が聞こえたのかな?
俺が二人に気付いた時、仁くんと目が合ってひらりと手を振られたから、俺も小さく振り返した。すると俺が手を振った方向に向かってぐるんと素早く振り向く歩夢と慎太郎。
「おぉ、噂をすれば!」
「矢田るいと貴哉と仲良い先輩じゃん。」
『貴哉と仲良い先輩』……そう口にする歩夢の発言に、瞬時に俺は少しドキッとする。二人は今、仁くんのことをそういう認識をしている。矢田先輩と仲良い人……とかじゃなくて、“貴哉と仲良い先輩”。
まさか付き合ってるなんて少しも疑われてはいないんだろうな。言ったらどういう反応されるかな?
友達になってから早くも一年以上経つ。いっそのこと、さっさと全部言ってしまいたい気もする……、でも、微妙な反応をされたらと思うと気は進まない。
……そんなふうに今の俺は、歩夢と慎太郎と顔を合わせた時、いつも心の中で悶々とそのことばかり考えていた。
この二人にはもう、隠してるより話してしまいたい気持ちが強い。
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