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今日は二限から講義だったため、朝は拓也に起こされること無くのんびり起床。顔を洗って台所に行くと、しっかり髪をセットして服も寝巻きから普段着に着替えている拓也が椅子に座って優雅にコーヒーを飲んでいる。


「お、りとおはよう。」

「おはよ。今日大学行く日?」

「そうそう。あ〜めんどくせえなぁ〜。」


週一しか大学に行かなくていいくせにめんどくさいとか言ってる拓也に無言で食パンの袋を渡したら、拓也は何も言わずに立ち上がり、袋からパンを取り出してマーガリンを塗り、オーブントースターの中にパンを入れて焼いてくれた。俺の朝飯のためにめんどくさい事を自ら進んでやってくれている。いや〜ありがてえなあ〜。


「……っておいっ!!しれっと人を使うな!!」

「ククッ…、文句言うの遅。」

「俺矢田にりとが食べるパン焼くなって言われてんのに。」

「クククッ、いちいち鬱陶しいなぁ兄貴は。拓也が焼きたがってんだからべつに良いのになぁ?」

「おい待て、俺は一回もお前のパンを焼きたがった覚えは無いぞ。」


流されるままにパンを焼き、律儀に俺の軽い冗談にも真面目に返事をしてくる拓也に笑えてしまい、朝からちょっと愉快に過ごした。


俺が家を出る時間と一緒に拓也も家を出て、俺の隣を歩いている。通行人からすれ違いざまに男女問わずチラチラと視線を向けられ、電車に乗ると会社員らしき女にガン見され、同年代くらいの奴らからはヒソヒソと『かっこいい』『イケメン』などと噂され、たまにマダムから『あらお兄さんハンサムね』なんて声を掛けられることもある黒瀬拓也。身長が高いだけあって存在感があり過ぎてかなり目立つ。

最近は家に引き篭もって勉強していることが多いため、週一でこの社会に姿を現すレアキャラだ。


案の定、大学に到着した途端に知り合いから『久しぶり』だの『会いたかった』だの声を掛けられまくっている。大学で拓也と一緒に居ると一瞬で人だかりの中に巻き込まれてしまうため、俺はさっさと拓也から離れて、講義のある教室に移動した。


「りとおはよーっす!!今日同じ講義だったよなー!!」


廊下を歩いていたら背後から騒がしい奴に声を掛けられ、誰かと思ったら慎太郎だった。


「りとさっき黒瀬拓也と一緒だったな。声掛けようか迷ってたけど迷ってるうちにお前さっさと行っちゃったからちょっと遅かったわ!」


会っていきなりべらべらと話してくる慎太郎は拓也のガチファンで、拓也を見た後だからかいつもよりテンションが高い。


「黒瀬拓也前見た時より髪ちょっと伸びてたな。短いのもカッケーけど長い方が似合うわ。」

「びびった、前見た時より太ったって言うのかと思った。」

「はっ!?んな失礼なこと言わねえよ!」

「でもちょっと太ったらしいぞ。」

「そりゃ黒瀬拓也だってちょっとくらい太るって!」


随分拓也のことを崇拝している慎太郎は何を言っても拓也を肯定する言葉ばかり返ってくる。こういう信者が他にも山程居そうだな。特に女。

慎太郎が聞いてくるから拓也の話をしながら教室に向かっていたらすぐに到着し、中に入ると後方の席に歩夢、前方にれいが座っている姿が見えた。

まあ多分先に歩夢が後方の席に座り、後から来たれいが前方の席に座ったんだろうなとどうでもいい推測をしながら歩夢の方に歩み寄り、歩夢の前の席に腰掛ける。

しばらくすると古澤も教室に入ってきたが、俺たちには気付かずに一人れいの方に向かっていってしまった。


「あっ!古澤くんおはよー!」


嬉しそうなれいの甲高い声が聞こえてきたと思ったら、古澤は「おはよー」と返しながらキョロキョロと辺りを見渡している。すると俺と目が合って、「りとくんそこに居たんだ、俺向こう行くね」とれいに一声掛けてからスタスタとこっちに歩み寄ってきた。まあそうなるわな。

あからさまに残念そうな表情で振り向いてくるれいに、俺の後ろに座る歩夢が「くぅ…!」ってなんとなく悔しそうな声を漏らしながら机に顔を伏せている。れいが古澤の事を好きなのはもう歩夢と慎太郎には気付かれている事だ。
 

「おはよー、今日歩夢と慎太郎も同じ講義の日か!」


れいの古澤への好意も、歩夢の嫉妬にも、なんにも気付いていない様子の古澤は、爽やかに挨拶しながら俺の隣の席に腰掛ける。


「そういやさっき黒瀬先輩に会ったよ。めちゃくちゃ女の人に囲まれてた!」

「拓也が大学来るの週一だからな。」

「あーなるほどなー。どおりで俺も久しぶりに会ったわけだ。」

「つーかちょっと久しぶりに大学来ただけで騒がれまくりだなぁあいつ。」


慎太郎に続き古澤まで俺と会ってすぐに拓也の話題を口にしてきたためそうぼやいたら、俺の斜め後ろに座る慎太郎から「あいつ呼ばわりしてんなよ!」って兄貴みたいなことを言われてしまった。


「サーセン。」

「りとくらいだろ、黒瀬拓也をそんな雑な扱いする奴!!」

「いや、もう一人居るけどな。」

「はっ!?誰!?」


……って言っても慎太郎が知るはずもない人物のため誰かは答えずスルーしていたら、古澤は『あーはいはい』って納得するような反応を見せながら笑っていた。


古澤は知ってんのかな?拓也が航を好きだったこと。まあ今更掘り返すような話でもないけど。生徒会の後輩だったら結構いろいろ知ってんのかもなー。

ある意味航の方がレアキャラだよな。あの拓也が惚れた男なんだから。……ん?いや、待てよ?それを言うなら兄貴でも言えることだよな。兄貴って航以外に好きだった奴とか居んのかな?兄貴の恋愛話なんて航のこと以外は一度も聞いたことがない。


……ん?いや、それを言うならもっと待てよ?俺が惚れたってのもなかなかレアだぞ?スーパーウルトラレアじゃねえかよ航くんよお。


「りとくん?なに笑ってんの?」

「ん?」

「今すっごいニタニタした顔して笑ってたよ。」

「あー生まれつき生まれつき。」


内心かなりしょうもない事を考えながら無意識にニタついてしまっていたようで、古澤に指摘されたことが若干恥ずかしくなり、適当に返事をしてはぐらかした。



一コマ講義を受けたらその日はもう昼休みに入るため、講義後ちんたら荷物を片付けている古澤たちを置いて俺は今日も華麗なるダッシュをキメて一人学食に駆け込む。


食べたいものは朝の時点ですでにもう決まっていたから、さっさと注文カウンターでチキン南蛮を頼んだ。……そう。俺は今日朝から何故か物凄くチキン南蛮が食べたかったのだ。何故だろう、物凄くチキン南蛮が食べたかったのだ。

そういう日ってあるよな。うん。ある。


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