女の子の扱いが分からない [ 141/168 ]
「「りなおはよう…っ!」」
朝から大学に行き、やだりなと並んで席に座り講義が始まるのを待っていたら、昨日やだりなに謝ってた子二人がちょっと緊張気味の控えめな態度で朝の挨拶をしてきた。
その挨拶に対しやだりなは「あっ、」と顔を上げると、至って普通の愛想の良い笑みを浮かべながら「おはよー」と返している。するとやだりなの笑みを見た二人はホッとするように表情を緩ませながら立ち去り、俺たちとは少しだけ離れた席に腰掛けた。
俺はそんな彼女たちのやり取りが終わった後にやだりなに「よかったな」って話しかけたら、やだりなに「なにが?」って聞き返された。
「え?だってほら、仲が戻った感じで。」
「一回挨拶交わしただけだよ。仲が戻ったとかじゃなくてまだ始まったばっかだから。」
「……ふぅん。」
………女って、扱い難しいな。俺が何気なく言った言葉ひとつでいきなり地雷踏ませたかと思うくらい怒ってくることとかあるし。
さっきまでやだりな普通に機嫌良さそうだったけど、俺が『よかったな』って言ったあとちょっと顔顰められたし。
向こうから改心して謝って挨拶してくれてるんだから、やだりなにとって良かったことじゃねえのかな?やだりなだって愛想良く挨拶返してたじゃん?
言葉のかけ方が難しいな。俺はただやだりなと、にこにこ笑いながら喋ってたいだけなんだけど。……まぁでも、一度嫌な事された相手をそう簡単に許せるか、って聞かれたら、確かにそうもいかないか。
今のはただ向こうから挨拶してきただけで、やだりなにとったら鬱陶しい事だった可能性だってあるもんな……って考え直したら、俺の『よかったな』って言葉がかなり的外れだった事に気付き、自分の無能さにちょっとがっかりした。
『ゴン』と机に額をぶつけて項垂れたら、やだりなに「どした!?」って驚きの声を上げられて、机に耳をつけながらやだりなの方に顔を向ける。
「…はぁ。男子校で丸三年過ごして女と接してこなかった所為で、今更自分が女子の扱い下手くそなことに気付いてきた……。」
「あ〜…。まあ大丈夫大丈夫。女の扱い上手い男は逆に信用できなかったりするからね。そう悪いことでもないんじゃない?」
「でもやだりな、俺のこと『女心分かってねえ奴だな!』とか思ってそう。」
「うん。思ってる。」
「はっきり頷かれた…!やっぱそうなんだ…!」
大学に入学してから仲良くなったは良いけど、まったくやだりなから恋愛感情持たれてなさそうなのが態度で丸分かりで、俺は毎日歯痒い思いをしている。こっちは全寮制男子校という男だらけの中で三年間過ごした経歴があるから、いきなりこんなに可愛い女の子と仲良くなってしまったらどんどん好きが止まらなくなってるというのに。
だってそもそも男とはサイズが全然違うよな。いつも横向いて話す時身長差が邪魔してやだりなのつむじばっか見えるけど、やだりなが俺を見上げながら話してくれる時むちゃくちゃ可愛いんだよな。
あと柔らかそうな髪とかほっぺたとか手とかすっげー触ってみたくなるけど、手なんか出したら俺絶対あのお兄さんたちに殺されるよな。るいお兄さんの方なんか超怖そうだし。んで多分手出した時点で信用失ってやだりなと友達で居られなくなるよな。それは絶対嫌だな。
講義が始まってからも永遠にそんなことを考えていたら、一限目はあっという間に終わってくれた。最近暇な時やだりなのことばっか考えちゃうんだよな。
「あ〜終わった終わった。」ってぼやきながら筆記用具を鞄の中に片付けていると、隣でジッと静かに今朝の二人を目で追っているやだりな。やっぱやだりなも二人と仲良くしたいと思ってんじゃねえの?
……とか思うものの何も口には出さず大人しくやだりなの様子を観察していたら、やだりなはボソッと小声で「仲間割れしてる」と口にする。
「……仲間割れ?」
「うん。あの四人、最近別々で行動してる。ずっと四人で連んでたのに。」
「あ〜、そりゃ二人でやだりなに謝ってる時点で仲間割れしてるよな。普通謝るなら四人揃って謝るもんじゃね?」
「いや、そもそもりなはまさかアヤちゃんとサユちゃんがりなに謝ってくれるとすら思わなかったから、この場合“四人揃って謝らない”が普通だよ。大人になると当たり前のごめんなさいができなくなる人多いよね。街で歩いてたらぶち当たってくるおっさんとか。」
「ぶふっ…、それは多分やだりなが可愛いからわざとぶち当たられてる、…あっ、いや、」
なんでもないなんでもない。
あぶな、今はそういう話してるんじゃないよな。謝らない大人の話をしてるのにやだりなが可愛いからとかは関係ねえよな。余計な事は言わないでおこう。…とサッと口を閉じたけど、幸いやだりなは俺の話をあんまり聞いてなくて、いまだに仲間割れしてる女達を横目で追いかけている。
「わっ、睨まれちゃった。」
「へ?」
「あの女に。」
「……あの女?……あぁ、あの人か。」
やだりなはそう話しながら、楽しそうにクスッと笑っている。楽しそうにするタイミングがいまいちよく分からない。
「え〜っと、なんだっけ名前もう忘れちゃったな。まあもう名前呼ぶ価値もないんだけどね。」
「そういやあの人昨日まじでお兄さんに近付くために昼ご飯二回食べたんかな?」
「さぁ?知らない。りなにはもう無関係の人の事だから。さっ、やのとま教室移動するよー。」
さっきまでクスッと笑ってたけど、今はもう淡々した態度で鞄の中に筆記用具を投げ入れたやだりなは、サッと席から立ち上がりスタスタと教室を出て行った。
……やだりなってなんか、見た目でちょっと舐められるタイプなんかな?普通に喋ってたらやだりなと喧嘩なんかしようと思わねえけどなー。……まずバックにあの怖いお兄さんついてるし。
「やだりなって見た目ふわふわ系女子だもんなぁー。」
「ん?ふわふわ系?なにそれ。…あぁ、あざとい感じって事?」
「んーん、なんか大人しそう。だから結構舐められて気のきついタイプに喧嘩売られやすいのかなーって。あ、あとおっさんとかにも。」
「あー、それはあるかもね。りな高校の時もギャルに喧嘩売られたことあるからさー。こういうの既に経験済みなんだよね。」
「うへ〜、まじかぁ〜。そりゃお兄さんも心配するよな〜。」
思い返せばファミレスで俺を待ち構えていたるいお兄さんの俺を見る最初の目はめちゃくちゃ恐ろしかった。あれは多分牽制だろうな。昨日のるいお兄さんはコーヒーまで奢ってくれて普通に優しかったけど。
二限目の教室へ向かいながらそんな会話をしていると、背後から不意にこっちに聞かせるようなわざとらしくデカい女の声が聞こえてきた。
「やっぱあいつただのあざと女子じゃんね。彼氏に愚痴聞いてもらって心配してもらえて、しかもあんな彼氏居るくせに大学では他の男と親しくしてんだから。」
「ほんとほんと。女の前では猫被りの嘘吐き女なのにね。」
悪意が篭りまくっているそんな会話が聞こえてきたあとに、仲間割れしてる二人組の謝ってない方がスタスタと俺たちの横を通り過ぎていった。
「…は?なに今の?」
明らかに喧嘩を売られたっぽい二人組の言動に顰め面になるやだりなは、「なんの話?」って顰め面のまま首を傾げている。
「なんか彼氏がどーのこーの聞こえてきたな。」
「意味わかんないんだけど。りなの事言ってんの?あざと女子とか言ってたから絶対りなの事だよね?」
「あれじゃね?ひょっとしたらお兄さんのこと彼氏と勘違いしてんじゃねえの?あそこまで妹の心配してくれるお兄さんなかなかいないだろ。」
俺がふと思いついたままのことを口に出したら、やだりなはキョトンとした顔になった後、「ぷっ」と吹き出した。
「あはは!そーいうこと?ウケる、でも仮にそうだとしても彼氏に愚痴言ってなにが悪いの?りな何も悪いことしてないよね?なんで何もしてないりながあそこまで言われなきゃなんないの?あざと女子とかやたら言ってくるけどそれただの僻みだよね?りな何か悪いことした?そもそもりなに愚痴言われるような感じ悪い態度取ってたのはずっと向こうだよね?自分たちだってりなの悪口言ってるくせに、りなは言ったらダメなの?」
最初は吹き出して笑ってたけど、徐々にやだりなの表情は怒り混じりの泣きそうな顔に変わっている。
やだりなは何も悪いことしてないはずなのに、『何か悪いことした?』って、本気で考えるように何度も口にする。
さすがに間近であんな会話を聞いてしまった俺も嫌な気持ちになってしまい、やだりなが可哀想になって慰めてあげたくて頭に手が伸びそうになる。
でもこれは良いのか?ダメなのか?
ふと伸びてしまいそうになった手を、一秒で引っ込めた。
るいお兄さん教えてください。
ここで頭を撫でるのは許されますか?
女の子の扱いが分からない おわり
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