12 航 [ 127/168 ]

目を覚ましたら、見慣れたりとくんの部屋でるいと並んで雑魚寝していた。そう言えば昨日は夕方くらいからビールを飲んでしまい、三缶くらい飲んだあとの記憶がうろ覚えだ。…いや、ひょっとしたら四、五缶飲んだかもしれない。普段はこんなに飲まねえけど、おつまみが美味しくて止まらなかったのだ。あと雄飛も居てちょっとテンションが上がってたから。


「んん〜…。」


ごろんと寝返りを打ったらこっち側にはりとくんが寝ている。寝相が悪い。身体から布団は剥がれており、長い足に蹴られてしまいそうでまたごろんと寝返りを打ってるいの方を向いた。

スンスンとるいの匂いを嗅いだらちょっと酒臭い。そういや俺もるいも酔っ払ってしまい、嫌々りとくんが部屋に泊まらせてくれたんだっけ。

まだ部屋の中は薄暗く、今が何時か分からないが便所に行きたくなってフラフラしながら起き上がった。…あ、ちょっとるいの身体蹴っちゃった。すまんすまん。


「んん…。」


おっと、起こしちゃったかい?いや、セーフだな。

フラフラしながら部屋を出て便所へ行き、用を足す。どうでも良いけどビール飲みまくったからすんげーしょんべん出まくった。

ふぅ、すっきりすっきり。…とまたフラフラしながら部屋に戻ろうとしたら、俺は戻る部屋を間違えてしまったようだ。

りとくんの部屋は畳のはずだけど、戻った部屋には畳が無くて、フローリングの硬い床だ。


こっちの部屋にはベッドが一つ、壁沿いに置かれている。俺はここが自分の家では無いのに、まるで自分ちだと錯覚してしまい、ベッドの中に潜り込んだ。


「…んぅ。」


ぬくい。心地良い。ベッドの上でスースーと寝息を立てて眠るその人を、まるでるいだと勘違いして抱き付きながら再び眠りに落ちる。

まだ俺は、アルコールが全然抜けてなくて酔っ払っていたのかもしれない。だってこのベッドで寝ている人が拓也ちゃんだなんて、ちっとも気付いて無かったから。


酔っ払いの俺はその後、ふわふわしている頭の中、夢を見ているみたいな変な光景が広がっていた。





ここは、学校の教室で、俺は制服を着た高校生。

目の前には、制服を着た生徒会長。

…るい?…拓也ちゃん?どっちだ…?

顔にはモヤがかかっているから誰なのかはっきり分かんねえけど、その佇まいが“生徒会長”だと俺に思わせる。


『お前のだらしない学校生活を徹底的に規則正しい生活に治してやる。』

『朝は7時起床、遅刻はしない、授業中は授業を聞く、部屋に帰ったらまず予習復習だ。』


俺の目の前に立つその人は、俺に向かってガミガミと口煩く捲し立ててくる。俺はその人をうるせえ野郎だなぁと言う目で見るが、その人を無視してそっぽ向いていたら俺の周囲には誰も居なくなった。


場所は変わって、今度は寮の部屋だ。

『ドンドンドンドンドン!!!』…部屋の扉を強く叩かれる音がした。

『友岡ぁー起床時間だ。』

『起きろ友岡ぁああ!!!』

『早く顔を洗ってこい。7時半には部屋を出るぞ。』

…あ、またさっきのうるせえ声が聞こえてきた。もー、いちいちうるせえなぁ。俺寝てんのに。


鬱陶しくて、うるさくて、またその人を無視していたら、その次には暗く、どんよりした景色の中で一人歩いていた。

さっきの人はどこに行ったんだろう?俺に口煩く言ってくる人が居なくなって、静かになった。

清々するはずなのに、何故だろう、俺の心は焦っている。


『どこ…?…なぁ、さっきの人どこ行った?』


俺にはあの口煩い声が必要なはずなのに、鬱陶しい、うるさいからと無視していたら、俺の周りには誰もいなくなっていて、何もない一本道を一人で孤独に歩いている。

怖くて怖くて、またさっきのあのうるさい人に会いたくて、会わなきゃいけなくて、走った。でも、走っても走っても全然前に進まない。ただただひたすら何もない一本道が続くだけ。



怖くて怖くて、仕方なかった時、「航?」「航?」って俺を呼びかけてくれる声が聞こえてきた。さっきのあの口煩い人の声だった。



ハッとして目を開けたら、俺の顔を覗き込んでくる拓也ちゃんの顔面が目の前に現れる。…あぁ、そうか。あのうるさい声は拓也ちゃんの声だったのか。


「どうした?大丈夫か?うなされてたぞ?てかお前なんでここで寝てんだよ。」


俺は、あまりの安心感から拓也ちゃんの胸に飛び込んだ。

さっきのあのうるさい声は拓也ちゃんだった。

俺にはあの口煩い声がどうしても必要だった。

あの声が無かったら、今の俺はここにはいない。


夢を見てただけなのに、そんなことを考えたら怖くて怖くて、ちょっと泣いてしまいそうになった。


「怖い夢見た…。」

「怖い夢?」

「なんかよく分かんねえけど、すっげー怖い夢。

……会長が居てくれて良かった。

会長が居なかったら、俺今頃どうなってたんだろ…。」


俺の言葉に、拓也ちゃんは目を丸くしながら俺のことを見ていた。自然に俺の口から出てきた『会長』って呼び方が、すげえ懐かしく感じた。


その後、ふっと小さく笑った拓也ちゃんがポンポン、と俺の頭を撫でてくれて、「大丈夫だ」って優しい顔をして言ってくれる。


「お前は結構強い奴だから、どうとでもなってたよ。」


優しい拓也ちゃんの言葉に、さっきまで見ていた怖かった夢の内容が薄れていく。夢って不思議だよな、なんで現実は平和なのに、寝ている時に急にあんな怖い思いするんだろう。でも、その怖い夢の内容も目が覚めたらすぐに忘れる。……ほんとに不思議だな。


でも、これだけはずっと俺の頭に残ってる。


俺の高校生活に、会長が居てくれて良かった。


「…会長ありがと、さっき見た夢に会長出てきて、俺会長のことすっげー探してた。」

「おぉ、まじ?俺も航の夢見たことあるぞ。俺が話しかけてんのにひたすらゲームされてムカつく夢。」

「うわぁ、それはかなりムカつくな。」

「だろ?」


るいという恋人が居る立場で居ながらこの状況は非常に良くないが、俺は怖い夢を見た後だから拓也ちゃんの存在にホッとしてしまい、寝惚けて拓也ちゃんのベッドに潜り込んでいた事も気にせず、ベッドの上で拓也ちゃんと向き合って会話を続けてしまっていた。


そんな時、部屋の入り口で「うわっ」と小さく驚くような声が聞こえてきた。ハッとして顔を上げれば、りとくんが部屋の中を覗き込んでいる。


「…え、お前ら正気?」


りとくんのその発言により、今のこの状況を冷静に考えて少しやばめなことに気付いた。るいに気付かれたら、泣かれてしまうかもしれない。


「…あ、俺便所行った後寝惚けて戻る部屋間違えてた。」

「だろうな。一瞬ガチな浮気現場見たのかと思って焦ったっつーの。」

「今何時?怖い夢見たからまた寝るの怖い。」

「5時。俺は航が便所行った後目ぇ覚めたのにお前なかなか戻って来ねーから便器に顔突っ込んで寝てんじゃねえかと思って怖かったわ。あぁもう…変な時間に起きたからクソねみーじゃねえかよ。」


…なんで便所から戻ってこなかったら便器で顔突っ込んで寝てるになるんだよ。りとくんもりとくんでちょっと寝惚けてそうで、ぶつぶつと独特な文句を言いながら再び部屋に戻っていった。


俺も拓也ちゃんの睡眠を邪魔してしまったことを謝りながらベッドから降りる。


拓也ちゃんは眠そうな顔しながらも、ふっと穏やかな笑みを俺に向けて、眠そうなちょっと舌足らず声で「俺も航が居てくれて良かったよ」って言ってくれた。


「お前が居て、矢田が居て、今の俺が居る。」


それは、拓也ちゃんがどういう気持ちで言った言葉なのかを、俺にはよく理解することができなかったが、拓也ちゃんが穏やかな表情を見せてくれるから、俺もつられるようにふっと笑った。


拓也ちゃんが居て、るいが居て、今の俺が居る。


寝惚けた頭は随分冷めて、冷静になった頭で俺は、さっき見た夢の所為で改めて、俺の人生での生徒会長の存在の大きさを思い知ったのであった。


……本当に、会長が居てくれて良かったな。


15. 変わりゆく彼らの様子 おわり

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