13 雄飛母 [ 128/168 ]

雄飛がまだ小学生低学年の頃、私は夫と離婚した。離婚の原因は夫の浮気。雄飛は父親によく懐いていたから、“離婚した”という事実を雄飛に話した時、子供ながらに父親がもうこの家に帰って来ない事を理解して、大泣きし、私を責めた。『なんでそんなことするんだよ』『仲良くしてよ』って泣きながら私を責めた。

私は雄飛に『ごめんね』って謝ることしかできず、毎日雄飛に申し訳なさばかり抱く日々。でも辛くても働かなければ暮らしてはいけないため、雄飛の事だけを考えながらがむしゃらに働いた。


なんとか生活はできているものの、幼少期はよく見せていた雄飛の笑みはもうすっかり見られなくなり、親子の会話も減って暗い生活が続いた。


雄飛が小学生高学年になると何を言っても反抗的な態度を取られるようになり、自分の息子なのに雄飛の事がなんだか怖くなってきた。

『宿題とかちゃんとやってるの?』って聞いても『うるせえな』としか返されなくなり、『学校終わったらどこに遊びに行ってるの?』って聞いても『どこでもいいだろ』としか返してくれない。私はただ雄飛のことを聞きたいだけなのに、雄飛は私と会話すらしようとしてくれない。

私にとって何より大事な雄飛のために毎日毎日頑張ってるのに、そんな息子には酷い態度を取られ続ける毎日で、毎晩毎晩泣きたくなった。

幸せだった生活を壊したのは夫なのに。私だってできることならずっと夫婦揃って、家族みんなで幸せに暮らしたかったのに。

夜中になるといつも涙が流れたけど、朝になるといつものように働きにいかなければならないから、『行ってきます』と、まだ眠っている雄飛に向かって声をかけてから家を出る。

『いってらっしゃい』…たまに小さな声でそう返ってくる時があったから、私はその言葉だけで、一日仕事を頑張れた。

雄飛の存在だけが、私を動かす原動力だった。


中学生になった頃には、父親そっくりの顔立ちに成長してきた雄飛。口調さえもそっくりで、私は最愛の息子のはずなのに、雄飛の事が怖くて仕方なくなっていた。会話はさらに減り、親子仲は最悪だ。

ろくに勉強もせず、家にも居らず、外で遊び回っている。注意してもキツい口調で言い返され、もうどうすれば良いか分からない。


高校は小学校からのお友達だった絢斗くんと同じ全寮制の高校を受験すると自分から言ってきたから、私はホッとしてしまった。雄飛が高校に進学する気がある事に。それから、寮生活をしてくれる事に。

雄飛が怖くて、私にはもう雄飛の接し方が分からなかったから、雄飛が家を出てしまい“寂しい”とかいう気持ちよりも、“安心”の方が勝ってしまった。そんな自分の事が、私は情けなくてしょうがなかった。


雄飛があんなに横暴な態度を取るようになったのはきっとこの家庭環境の所為。私はそう思うようになり、雄飛に対する罪悪感からとにかく必死に働き続けた。


でも、一体いつまでこんな生活が続くんだろう?って投げ出したくなる時はある。家に帰ってきても真っ暗な部屋が寂しくて、『ただいま』って言っても誰も何も返してくれない、こんな生活がいつまで続くんだろう?って。

心身共に疲れていた時だった。


【 今日家帰る 】


久しぶりに雄飛からメッセージが届いた。
突然のメッセージに驚き、動揺する。
雄飛に会いたい気持ちと、会うのが怖い気持ちがごちゃごちゃに入れ混じった。何より大事な息子が家に帰ってくるのに、“怖い”だなんて…、私はどうしようもない母親だ。


雄飛が家に帰ってくる日は朝から仕事に行っていたため、できるだけ早く終わらせて家に帰ってきた。玄関には暫く見ないうちにすっかり大きくなった雄飛の靴が置かれている。

そっと雄飛の部屋を覗くと、暗くてガランとしている寂しい部屋の中で眠っている雄飛の姿があった。

大きくなったなぁ…と思いながら、『おかえり』って小さく呟いた。

するとうっすらと雄飛の目が開き、私に向かって雄飛が久しぶりに“言葉”を向けてくれた。


『…おかえり、母さん。』


それだけで涙が出るほど嬉しくて、泣いてしまった。会うのが怖かったけど、雄飛に会えた喜びは、そんな気持ちが薄れるくらいに、遥かに大きかった。

やっぱり私にとって雄飛は、かけがえのない存在だから。



高校生になった雄飛は一体どういう学校生活を送ってきたのか、まるで人が変わったかと思うくらいに穏やかな性格になっていた。私が勝手に想像していた高校生活とは違い、真面目に勉強もしているらしい。申し訳ないけれど、すぐには信じられなかった。

でもある日、雄飛が仲の良い先輩の男の子を家に連れて来て、私はなんとなく理解した。何故雄飛がこうも穏やかな性格になったのか、真面目に勉強するようになったのか。



『あっ!初めまして…!お邪魔してます!綾部奈知って言います!』


笑顔で私に挨拶をしてくれる奈知くんの隣で、雄飛はクスッと小さく笑っている。

明るい性格をしている奈知くんが一言、二言話すだけで、雄飛までもが奈知くんに釣られるように穏やかに笑いながら話していた。

彼と親しくなった事で、雄飛の性格が変わったんだなぁと、私はすぐに理解した。


そして、雄飛が進路の話をしに帰ってきてくれた日から、私の日常は一変した。


『大学はここから通うから。』……雄飛からその言葉を聞いた日から、私は休みの日になるとよくホームセンターに出掛けるようになった。

まずは部屋の雰囲気を変えるためにカーテンを買い替え、その勢いでカーペットも買い替えた。わぁ、すっごい素敵!自分の家じゃないみたい!って、一人でテンション高くはしゃぎまくる。

調子に乗って、元夫がこの家で暮らしている頃から使っていた家具も全て処分して、新しいものに買い替えた。わーい!素敵素敵!!

さらに調子に乗った私は、古い食器や小物も捨てまくり、自分好みのお皿やマグカップを雄飛とのペアで買ったりもしてみた。

……えっ、もしかしてこれはやりすぎ?さすがに雄飛に引かれるかも…、と一旦模様替えを中断するが、雄飛が再びこの家で暮らす日までわくわくそわそわし続けた私は、タオルやお風呂マットにトイレカバーなど、あらゆる物を可能な限り新しく買い替えたのだった。


こうして雄飛が高校を卒業したと同時に久しぶりの母と子の二人暮らしが始まり、私は嬉しくて嬉しくてしょうがなかった。雄飛の分の洗濯物は増えたけど、そんな事でさえ嬉しく感じる。

ベランダに出て洗濯物を干そうとしていたら、使わずにベランダの隅に置いていたプランターが何故か二つ並べて置かれており、中には土が入っていることに気付いた。


「…あれ?なにこれ。」


不思議に思い雄飛にあれは何なのか聞くと、雄飛は「せっかくだから種蒔いてみた」と答えた。


「種?なんの種?」

「それは俺のガーデニングが成功した時のお楽しみ。」


髪は金色で、自分の息子なのにちょっと怖いし、全然そんなキャラじゃないくせに、雄飛の口から『ガーデニング』なんて言葉が出てきた事がおかしくておかしくて、私は「なにそれ〜!」って声に出して笑った。

朝になるとちゃんと水やりをしているようで、私が手を出す事には口をすっぱくして止められる。

意外とまめだなぁ…と思いながら、私は毎日雄飛がお世話しているプランターの観察をしてから仕事に行く。

そうしているうちに、プランターの中の土にポツポツと芽が出てきた。


「おっ、芽出てきたな。俺まあまあ素質あるわ。」


まだ芽が出ただけだけど、雄飛はちょっと得意げになっていて面白い。小学一年生の頃、学校の課題であさがおを育てていた雄飛の姿を思い出した。


『お母さん見て見て!!芽ぇ出てきた!!』


そう言えばあの頃はまだ家で楽しそうに過ごしてたなぁ…。昔から花を育てるのは結構好きだったのかも?ずっと雄飛は父親似だと思ってたけど、私に似た部分もあるのかな?


一日一日、雄飛との暮らしを繰り返す度に、昔の幼かった頃の雄飛の姿を思い出して懐かしい気持ちになる。


『お母さん見て!!あさがお咲いた!!』

「母さん母さん!見てみろよ、花咲いたぞ!」


雄飛と再び一緒に暮らし始めて二ヶ月ほど経った朝、雄飛に呼ばれてベランダに出ると、綺麗なオレンジ色をしたマリーゴールドの花が咲いていた。


私は笑顔を私に向けてくれる雄飛の姿が懐かしくて、嬉しくて、目頭がグッと熱くなってちょっと泣きそうになったけど、雄飛の前で泣くのは恥ずかしかったから必死に泣くのを我慢して、泣きそうなのがバレないようにスマホを持ってマリーゴールドの写真を撮りまくった。


一時はどうしようもなく嫌になった私の人生だったけど、そんな私の人生にまた彩りを与えてくれたのは、やっぱりいつまでも私のかけがえのない存在である、雄飛だった。

これからも雄飛のためなら、お母さんはなんだって頑張れそうだ。


かわりゆく彼らの様子 雄飛母編おわり


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