11 雄飛 [ 126/168 ]

今から約三年前の高校一年の頃、航先輩と初めて言葉を交わした瞬間が、俺の人生の大きな分岐点だったようだ。

もしあの時航先輩と出会わなかったら、俺はいまだに学校では勉強もろくにせず友達に借りた漫画を読んで過ごしたり、絢斗に紹介された女や適当な相手とセックスをして欲を満たしたり、母親との関係も修復することなく、全てを流れのままに任せた適当な人生を歩んでいたかもしれない。

航先輩と出会えたから、俺には勉強をするきっかけができたり、矢田先輩や先輩の弟であるりとと親しくなれたり、奈知とはなんと恋仲にまでなれた。奈知と同じ大学に行きたいからと勉強を必死に頑張るようになり、母親には進学をするお願いをしに実家に帰り、そこから少しずつ母親との会話が増えていった。

勉強を頑張っていたらどんどん成績は伸び、志望校のランクを上げてまさかの絢斗と同じ大学を目指すことになった。こんなに勉強するのは初めてだってくらい勉強を頑張って、結果は見事合格。母親に苦労だけかけて先のことなんてこれっぽっちも考えずだらだら生きていた俺が、親の有り難みを感じ、未来のことを考え、勉強する。

俺のような人間がたった一人との出会いからこんなに大きく変われたのって、すげえことだと思う。だから俺は、航先輩には感謝してもしきれない。勿論、親身になって勉強を教えてくれた矢田先輩にも、俺の受験を応援してくれた絢斗やりと、それに心の拠り所だった奈知にも心から感謝している。


『人生ってさぁ、出会う人物によって変化すると思うんだよね。』


航先輩から聞いたこの言葉が、何度も俺の胸の中で繰り返される。……先輩の言う通りだったよ。すげえな。

多分、一生俺の心の中に残り続ける言葉だ。



……………そんな俺の人生を導いてくれた尊敬する先輩は今、缶ビール片手にベタベタと俺の身体に抱きつき、少々酔っ払っていた。

りとの家に来て俺はりとの髪を染めてやろうとしていたのに、航先輩が横から邪魔してくるから黒瀬先輩がバトンタッチしてくれて、俺は今航先輩に酒のつまみを食わされている。そんな光景を機嫌良さそうににこにこしながら眺めている矢田先輩。

昔なら考えられない事だ。航先輩がこんなに俺にベタベタくっついてきても矢田先輩が何も言ってこないなんて。


「あれから絢斗の様子どんな感じ〜?」

「あ〜今のところ女遊びやめたっぽいっすよ。とりあえず顔と名前が一致しない女の連絡先はブロックしたって言ってました。」

「お〜、あの遊び人絢斗をここまで改心させれるれいちゃんすげえな〜。」

「それもありますけど結構りとに言われたことが効いてるっぽいっすよ。『お前はモテないクソ男』ってやつ。」

「ぶはっ!!りとお前そんなことあいつに言ったんだ?」


航先輩に絡まれていた俺は、先日りとが絢斗にボロカス言った時の話題を口に出すと、その時その場に居なくて初耳だった様子の矢田先輩が吹き出し、ケタケタと笑い始めた。

りとも先輩の笑いに釣られるようにニヤッと笑い、「なんの話だ?」と黒瀬先輩に聞かれて説明しているが、そんな時にはもう絢斗の話題にはどうでも良さそうな顔をして缶ビールをグビグビと飲んでいる航先輩。

缶ビールの中身が空になると、俺の太腿を枕にして寝転び始め、だらんと伸ばした足を矢田先輩の太腿に乗せて寛ぎ始めた。


「おいおい逆逆、航くん俺こっち。」


さすがに太腿に足を乗せられた矢田先輩がそう指摘するが、航先輩は矢田先輩の声をスルーして「雄飛は何型?」って突然血液型の話をし始める。無視された矢田先輩は怒って強引に足を引っ張って航先輩を自分の方に抱き寄せた。

ウザ絡みが激しい航先輩を引き取ってもらえて清々した俺は、「先輩は何型っすか?」と質問を質問で返してみる。


「俺何型に見える?」

「Aっしょ。」

「エェ〜〜!?」


俺の回答に何故か大袈裟に驚いて見せる航先輩。初めて言われたとか?実際何型なんだ?


「なんで!?そう思った理由は!?」

「意外と真面目で責任感とか強そうだし。」


俺の適当に言った理由を聞いた黒瀬先輩がどういう意味なのかボソッと低い声で「まじか…。」と呟いた。


「え?違いました?そんな感じしません?」

「…俺の中と宇野の中の航のイメージが違いすぎるようだな…。真面目なのか…。そうか…。」

「ふふっ…、会長は航が真面目になってきた頃に卒業しちゃいましたもんね。」

「そうだよ…。こいつは昔俺のグラスを割っても平然としながら『ざまあ』とか言ってくるような不真面目野郎だったからな…。俺のこと納豆より嫌いってボロクソ言ってきたりな。」

「え?誰の話してんの?俺??」

「そうだよお前だよ。忘れてんのかよムカつくな。」


黒瀬先輩の話をキョトンとした顔で聞いている航先輩に、黒瀬先輩はちょっとイラッとしたような態度を見せるが、矢田先輩とりとは二人揃って「ぶっ」と吹き出し笑っている。

確かに話を聞いていたら俺の中と黒瀬先輩の中の航先輩のイメージは随分違うことが分かる。


「え?じゃあ航先輩結局何型なんすか?」

「Aだよ。」

「え!じゃあ俺当たってんじゃないすか!」

「うん、大正解おめでとう。俺の血液型を当てたのは雄飛が初めてだよ。」


航先輩はそう言いながら満足げににっこりと笑っていた。それじゃああれだけ仲が良い矢田先輩ですら航先輩の血液型を当てられなかったということか。


「で、雄飛は?俺が当ててやるよ。Oだろ。」

「おぉ、当たりっす。」

「お前サラッと人の血液型当てるなぁ。俺のも当ててきたし。」

「面倒見良さそうな奴は大抵Oなんだよ。モリゾーもOだしな。異論は認める。」

「俺も面倒見良いけどABだよ。」

「お前二面性ありまくりだからどう見てもABだよ。」

「……………。」


俺面倒見良さそうに見えるか?初めて言われたな。てか矢田先輩がABなのはめちゃくちゃ納得だ。航先輩が言う『二面性がある』って言うのも申し訳ないけどちょっと納得だ。言われた本人はショックだったのか真顔で黙り込んでるけど。


「二面性ってどういうの?」

「こいつ真面目だし几帳面だしすっっっげ〜きっちりした性格かと思いきや、自分に興味ないこととかどうでもいいことガチでめんどくさそうにしたり適当にあしらったりすんの。あと急に人が変わったみたいにスッと顔が変わったりするんだよな!こえー男!!」


りとの問いかけにベラベラと喋る航先輩。アルコールが入ってるからかなかなか容赦が無い。

航先輩に自分の話をされるのが嫌だったのか、矢田先輩は話を変えたがるように俺に「奈知くんは何型?」って聞いてきたから、そこで航先輩の視線も俺に向けられた。


「さぁ、そういや聞いたことないっすねぇ。」

「あ〜なっちくん確か調べてないって言ってた気がする。雄飛から見て何型っぽい?」

「B一択っすね。絢斗と言いりとと言い、俺と親しくなるやつってなんでか大抵B型で俺のこと振り回してくるんでね。」

「クククッ、お前言われてんぞ。」


べつにB型の人を悪く言うつもりは無いが、例に挙げた名前の奴がB型だったって言う話をしたら矢田先輩はりとを見て笑い、染髪剤を既に髪に塗り終えて大人しくスマホをいじっていたりとが嫌そうな顰め面を見せてきた。


「春川と同じにされんの嫌だわ。俺のどこが雄飛のこと振り回してんだよ。」

「りとは気分屋すぎんだよ。さっきだって牛丼食ってから薬局寄って帰ろうとか言ってたくせに途中でやっぱめんどいからやめるとか言い出しただろ。」

「それはしょうがねえだろ、歩いてたら途中で気分は変わるんだよ。」

「だからそれを振り回されてるっつってんだよ。一回牛丼行こうぜって言われたら俺はもう牛丼食う気分になってんのに、やっぱやめるって言われたら牛丼食いたい気分になってる俺は『はぁ?』ってなるだろ。」

「じゃあ持ち帰りしろよ。」

「牛丼屋に行く事をめんどくさがってるお前を連れてまで持ち帰りしようとは思わねえだろーが!!」

「はぁ…。」


話の流れから先程りととの間にあった出来事について俺がくどくどと話し始めたら、りとはめんどくさそうな顔をして溜め息を吐きやがった。

そこで話を聞きながらクスクスと笑い声を漏らす黒瀬先輩が「分かるぞ、宇野。」って俺に同調してくれる。


「こいつやる気満々に『今日飯作ってやるよ!』とか言ってきたと思ったら五分後には『やっぱめんどいからやめた』とか言いやがるからな。俺の喜び返してくれってなるんだよな。結局その後飯作ってるの俺だし。」

「うはは!!ウケる!!まじその気持ち分かります!!『じゃあ最初から言うなよ』って感じっすよね!!」

「ふふっ、そうそう。」


気分屋りとの話題で黒瀬先輩と意気投合し、本人の目の前で容赦無く話していたら、当の本人はなにも言い返せなさそうに無言でニタニタと笑いながらスマホゲームをし始めた。まったく反省はして無さそうだ。


航先輩と矢田先輩はと言えば、「彼氏にするならO型男子がいいな」とか言い出した航先輩に矢田先輩がムッと頬を膨らませて「航くんの彼氏はもうAB型で決まってます。」とか言ってチュッチュとキスし始めている。相変わらず先輩たちは仲良くバカップルをしているようで、勝手にやってろと見て見ぬふりする。


俺が先輩たちと知り合ってから早三年。ということは、俺と知り合った時から付き合っている先輩たちはもう三年以上の仲だということだ。

……改めて考えたら、すげえ。正直俺は先輩たちと出会った頃、彼らを見て『どうせそんなに長くは続かない』と思っていた。

『ぶっちゃけあんな嫉妬深い人が側にいると先輩一生苦労しますよ?ここらで別れといたほうが良いんじゃないすか?』

過去に俺は航先輩に、そんな生意気なことを言ったこともある。

でも航先輩ははっきりと言い返してきた。


『宇野くん、俺言わなかったっけ?

“るいは精神が強そうに見えて意外と脆いから、俺が居なくなったら多分ボロボロになる”って。

俺はそんなるいを見たくないから、一生一緒に居るんだよ?』


この言葉も、俺の中で一生記憶に残り続ける言葉だ。

……すげえよな。航先輩の意志の強さっつーか、ブレないところがすげえと思う。先輩のこういうところを、俺はめちゃくちゃ尊敬してる。

今は酒飲んでてなんかヘラヘラしながらよく分かんねえこと言ってたりするけど、先輩たちの仲の良さを見てたらふと思う。俺もこういう男になんなきゃなって。

一度大事にすると決めた人を、一生大事にし続けたい。

この俺がこういう考えをするようになるなんて、我ながらかなりの進歩だと思う。約三年前の航先輩に出会えた人生の分岐点から、俺はこんなにも変われたんだ。


『航先輩、ありがとう。』

照れ臭くて態度には出せねえけど、心の中ではずっと先輩への感謝の気持ちを持ち続けている。

そして、これからも俺が変われるきっかけを与えてくれた先輩に恥じない自分で居続けたいと、自分の中で密かに思い続けている。


変わりゆく彼らの様子 雄飛編おわり


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