8 貴哉 [ 123/168 ]

「おい、あそこで仁がバカ笑いしてるぞ。」


昼休みの学食で昼ご飯を食べていたら、りとくんにこそっと話しかけられた。りとくんが指さす方向を見れば、矢田先輩と一緒に仁くんが楽しそうにご飯を食べている。

一体何に笑ってるんだろう?と気になりながらも、今日は歩夢と慎太郎が一緒だからあまり仁くんの方を気にするような反応を出すわけにはいかない。

俺は大学に入学して一年が経った今、仲良くなった友人に仁くんと付き合ってることをずっと隠したままでいるから、彼らから俺が一線を引いてるような状態で、一緒にいてもどこか居心地の悪さを感じざるを得なかった。

りとくんには「何にあんな笑ってんのかな?」って返していたら歩夢に「どうした?」と聞かれてしまい、「あ、あそこで先輩たちがバカ笑いしてるから」って不自然にならないように会話を繋げる。


「おぉ、りとの兄ちゃんじゃん。相変わらずかっこいいなぁ〜矢田るい。もう一人の友達も。さぞ可愛い彼女がいるんでしょうねぇ?そこんとこどうなんよ、弟さんよぉ。」


歩夢がりとくんにそんな話を振っており、俺は自分が聞かれたわけでもないのに嫌に心臓がドキッとしてしまった。りとくんはなんて答えるんだろう?とチラッと控えめに視線を送りながらりとくんの返答をちょっとドキドキしながら待つ。


「兄貴ならいっつも俺の家来て拓也にラブコール送ってるけど?」

「はっ?拓也?……え、拓也って黒瀬拓也?え、冗談だよな?ガチで言ってる?」

「さぁ〜。」


『彼女はいない』と言うわけでもなく、『いる』と答えるわけでもなく、斜め上すぎる返事をしたりとくんに歩夢と慎太郎は「さすがに冗談だよな?」と惑わされている。

実際は矢田先輩のお相手は黒瀬先輩ではない別の男性で、でも歩夢と慎太郎からすればそれは冗談のように思える事なんだろうな。…そう考えたら俺は、そういう思考をする友人にはとてもじゃないけど自分の事は話せそうにない。

隠し事をしていて一線を引いてる状態だから、彼らには後ろめたさを感じるものの、やはりこれから先も彼らにはずっと隠したままでいるしかないんだろうな。…なんか、息苦しいな。ってひっそりと残念に思っていた時、慎太郎が「まあでも黒瀬拓也はあれは男でも惚れるな」って言いだしたから、なんかよくわからないけど俺はその時謎にホッとした。

…そうだよ、相手が男だからと言って、好きになる事があり得ないことではないんだよ。って二人にすげー話したい。俺の好きな人は仁くんっていう、可愛いけどかっこいい男の人だよ。…って、ほんとはすっげー話したい。


「つーか黒瀬拓也はフリーなのかよ?」

「うん、今勉強で忙しいから彼女いらないって断言してる。」

「かっけ〜!俺も言ってみてえ!!」

「で、そこ狙って矢田るいは黒瀬拓也にラブコール送りまくってるってか?」


『冗談だろ?』って言ってるわりには、慎太郎は半分本気にも捉えているようで、りとくんは慎太郎に自分の言った冗談を本気にされて面白かったからか、ニヤッと口角を上げて笑っていた。

結局りとくんがニヤニヤと笑ってるから歩夢に「こいつ絶対嘘言ってるよ」って言われてたけど、りとくんは『嘘だ』とも『冗談』とも一切明かさずにずっとニヤニヤしているだけだったから、もしかしたら歩夢と慎太郎の中で矢田先輩は黒瀬先輩の事が好きっていう疑惑が残されてしまったままかもしれない。

俺はそのままにしといていいのかな?って思ったけど、数分も経てば彼らは別の話題に興味を見せており、まあ他人の事になんて深く考えることのない、所詮その程度の事だよな……って俺はちょっと拍子抜けする。

りとくんもそれを分かった上でいい加減な冗談を言って、話題を逸らして自分の兄の本当は隠したい事実をはぐらかしてそうだ。彼はこう見えていつも、実は結構的を射た発言をするから。



午後からは歩夢と慎太郎とは違う講義を取っているため、りとくんと二人で教室に向かいながらポロッと小言が漏れてしまった。


「…ああいう話題は心臓に悪いなぁ。」

「あぁ、兄貴の彼女とか聞かれたやつ?」

「…うん、それ。あの二人りとくんの冗談信じちゃったんじゃねえの?」

「いやあれ冗談じゃねえよ?俺が冗談言ってるように見えたか?」

「えぇ…?見えたよ?」


『冗談言ってるように見えたか?』とか言うわりにはニヤニヤしながら喋るから、どう見ても冗談言ってるようにしか見えないよ…、とりとくんに不信の目を向けていたら、りとくんは「ククッ」と笑い、「古澤は頭が硬えなぁ〜」と言いながら突然俺の後頭部をガシッと鷲掴みしてきた。


「俺がヘッドスパしてやるよ。」

「なにそれ。」


よく分からないことを言うりとくんが五本の指で俺の後頭部をマッサージするように揉みながら廊下を歩いているからちょっと意味が分からない時間だ。俺は今何をされてるんだろう?

りとくんの謎行動に俺はされるがままになっていたら、りとくんは「あのな?“好き”ってのはなにも恋愛だけじゃねえだろ?」って言いながら指をくねくねと動かして俺の頭をまじで揉んでくる。


「兄貴の拓也好きは相当だよ。好きすぎてりなのことガチで勧めてるし。」

「え、そうなんだ。」

「だから兄貴よく拓也んとこ来てべらべらりなの話しまくってるし。家に入り浸られてうぜえんだよな。」

「あ〜…、それがさっきりとくんの言ってたラブコールか。」


まあ話を聞けば確かに冗談ではないようにも思えるな…と納得していたら、りとくんはさっきまで『ヘッドスパ』とか言って俺の頭を揉んでいた手で、ポンポンとやけに優しく俺の頭を撫でてきた。


「そうそう。……だからさ、お前もそんなに神経使ってまで隠さなくてもいいんじゃねえの?人への好意は。言っただろ?人への好意は恋愛だけじゃないって。」


…びっくりした、急にりとくんがりとくんっぽくない優しい動作で、優しい声で慰めのような事を言ってくれるから、友達相手に少々ドキッとしてしまった。チラッとりとくんの顔を見たら、いつものニヤニヤしたようなやんちゃな表情を消していて、優しい表情を向けられるからやっぱりちょっとドキッとする。

いつも憎まれ口のような事ばかり言ってるから分かりづらいけど、りとくんって実は結構優しいよな。俺の相談乗ってくれたりするし。俺が友達に仁くんのことを言えずに悩んでることを多分気付いてて言葉を掛けてくれている。


「べつに友達だからって何でもかんでも話す必要なんかねえけど、自分の好きな先輩への好意くらい気にせず普通に見せてたっていいんじゃねえの?」



確かに、矢田先輩の黒瀬先輩への好意は恋愛じゃない。

“好意“にはいろんな種類がある。

友達に対する好意や、先輩を尊敬し抱く好意とか。

でも、俺の仁くんへの好意は完全に恋愛だから、そんな好意を俺は必死に隠そうとしている。だから余計に、友達に隠し事をしているっていう罪悪感みたいなのがあって、勝手に辛くなっていた。


りとくんが言ってくれた言葉は、そんな今の凝り固まったような俺の考えを和らげてくれる言葉だった。


『自分の好きな先輩への好意くらい気にせず普通に見せてたっていいんじゃねえの?』


歩夢と慎太郎の前で?
仁くんへの好意を見せる?
でも、どんなふうに見せれば良いんだろう。


「あ、俺が今言ったこともあんま深く考える必要ねえからな。古澤って結構顔に出やすいよな、何か考えてる時の顔。そういうのあんまよくねえぞ。逆に怪しまれるから。」

「そうなんだ…、俺顔に出やすい?そんなこと初めて言われたかも。」


自分が今どんな顔をしているのかは、自分では勿論分からないけど、りとくんはまた冗談を言うように「ヘッドスパが足りてねえな」って言いながら再び俺の頭をもみもみと揉みながら歩き出した。

意味がわからなくて「なんだよそれ」って言いながら笑ってしまったけど、いつの間にか肩の荷が下りたみたいに気分は明るくなっている。


「りとくんって結構優しいよな。こんなこと言うと失礼かもだけど、第一印象でかなり損してる気がする。」


もみもみもみ…と謎に頭を揉まれたまま思った事を正直に口にすると、りとくんは「ハハッ」と笑って、「やっぱまだ古澤の頭はお硬いわ」とか言われてしまった。


「俺は優しくねえぞ?お前がそう思うのは、お前が俺に好かれてるからだよ。俺は自分が好意ある人にしか優しくなんかしねえからな。」


…いや、さすがに分かってる分かってる、このりとくんが言う『好意』ってのは友達としての好意だ。分かってるけど、りとくんがやっぱり優しいから不覚にもドキッとさせられてしまった。


「……あ、一応言っとくと今言ったことに深い意味はねえからな?お前への好意は友達としてだぞ?」

「分かってるよ!!!!!」


分かってるけど、なんかドキッとしちゃったことがバレたかと思うくらいタイミングよく補足してきたから、恥ずかしくなって全力で言い返してしまった。

すると「ククッ」といつものやんちゃな顔をして笑っているりとくん。さっきはりとくんに『損してる』なんて言ってしまったけど、彼は損してるくらいが丁度良いのかもしれない。


やんちゃなりとくんの笑みに、俺もちょっと釣られるようにクスッと笑った。大学で良い友達が出来てよかったな。まさか矢田先輩の弟とこんなに仲良くなれるとは思わなかった。


今はまだ歩夢と慎太郎とは距離があるけど、いつか俺の隠してる事を話せたらいいなぁ…とは思っているから、りとくんに相談しながら少しずつでも、良い方向へ向かっていけたらいいな。


変わりゆく彼らの様子 貴哉編おわり


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