7 仁 [ 122/168 ]

「矢田くんって彼女いるの?」


グループワークが始まってすぐ、俺たちと同じグループの女の子の一人がコソコソと左右に居る女の子に促されながらるいに問いかけた。

俺はるいが何て答えるんだろうと気になり、黙ってジッとるいの返答を待っていたら、るいはなんて事ないようなケロッとした顔をして「うん」と頷く。るいの返事を聞いた女の子も「そりゃそうだよね〜」って分かりきってるような反応だ。あとかなり残念そう。ワンチャンあったら狙うつもりだったんだろうなぁ。

その後すぐるいはさっさとこの話題を終わらせるように「とりあえず発表内容早いとこ決めてしまおう」とグループ発表の話に戻した。女の子たちはまだまだ雑談をしたそうだったが、見るからに真面目オーラ全開のるいがいる場での雑談など、そもそも不可能なのであった。


グループワークは面倒そうな顔をしているものの、最近のるいは毎日かなり機嫌が良い。そのわけを聞けば、『グループワークをしてきた日は航から誘ってくれるから』だそうだ。なるほどなぁ〜、友岡くんるいが女の子と絡むのめちゃくちゃ嫌そうにしてるもんな〜、るいがそこらへんの女に持ってかれないようにセックス頑張ってんだな〜と勝手に納得する。

多分冗談だろうけど、「航に嫉妬してもらえるんだったら俺も女友達作ろうかな?」とか言ってて俺は自分の事では無いのにちょっとモヤっとしてしまった。


「その発想は良くない、絶対。」

「いや冗談だけど。」

「それしたら友岡くん絶対キレると思う。」

「うん、だから冗談だって。でも考えてみればおかしくねえか?航は女友達居るけど俺は一人も居ないんだぞ?それで俺に女友達ができたらキレられるっつーのは納得いかねえよ?いやまあわざわざ作んねえけどさ俺は。そもそも面倒だし。」


うん、まあそうだな。るいが言ってることはごもっともだし気持ちは分かる。でも俺は、元々“女友達が普通にできるタイプの男に女友達がいる”のと、”女友達が普段からいないタイプの男がこれから作ろうとしてる”のでは大きく意味が違う気がする。これは友岡くんとるいの話でありながら、俺は完全に自分と貴哉を重ねて考えていた。

最近の俺はるいのいとこと貴哉が毎日のように仲良く連んでいるから貴哉に気変わりされないかとヒヤヒヤしっぱなしだ。大学で俺はるいとしか連んでねえけど、貴哉はあの子と連んでいる。だから現時点で俺は一応“キレたい”側なのである。……まあキレませんけどね。そんなん言い出したら俺だってバイト先の子と仲良くしてますしね…。


「じゃあ俺お前のいとこにキレていいよな?あの子毎日貴哉と連んでるよな?」


ここで俺は自分の話題を持ち出すと、るいはちょっと反応しづらそうにふっと笑った。


「まあ良いと思うよ。俺もれいがいとこって事抜きに考えてお前の立場だったらすげえ嫌だし。」

「まあキレねえけどな!俺心広いし!それにお前の弟が怖いしな!!」

「ぶふっ…、堂々と言うことかよ。」


貴哉がるいのいとこと行動する時は必ずりとくんもセットだから、俺が貴哉に『あの子と連むのやめてくれ』なんて言ったらりとくんに何て言われるか分からない。

貴哉は頑張って俺のお願い聞いてくれそうな気がするけど、実際問題るいとりとくんのいとこだから連むのやめるっていうのは難しそうだし、そんな難しい事を貴哉にさせたくはない。

だから結局俺は、あの子に貴哉を奪われないように努力して貴哉の心を繋ぎ止めておくしか道はない。……ってのは確かるいづてで聞いたりとくんの言葉だった気がする。…うん、やはりあの弟を敵に回すのは怖いから、言われた通りに努力しますよ。


【 今日はりとくんたちと昼ごはん食べるね 】


大学の昼休みに入る前に、貴哉からそんな連絡があった。りとくん“たち”…か。来たよ来たよ、と思いながら俺は「はぁ」とため息を吐く。


「どした。」

「今日も貴哉りとくんたちと昼飯食うって。」

「ふぅん。あいつら仲良くなったよなぁ。お兄ちゃんはりとに良い友達ができて嬉しいよ。」

「いや問題はそこじゃねえから。りとくん“たち”だから。“たち”。お前のいとことも仲良くなられてちゃ困るって。」


るいは自分のことを『お兄ちゃん』とか言ってへらへらしながらすっげー話逸らしてそうだけど、そうはさせるか!と重要な部分を口に出したが、るいには「ははっ」と笑いで誤魔化されるだけだった。

これ以上るいのいとこのことをネチネチ言ってるいを敵に回すようなことも避けたいので、愚痴はほどほどに我慢した。



「お前はさぁ、古澤のこと抱いてみたいとか思うことある?」


ガヤガヤと騒がしい学食でるいと向かい合って昼飯を食べていたら、突拍子もなくるいがそんな問いかけをしてきた。


「えっ、急になに?あるけど。最初の頃は。」

「……あ、お前そういや最初抱く気満々だったもんな。今は?」

「今?…ん〜、べつにどっちでも。貴哉が抱いてくれっていうなら抱くけど言われなかったらべつに。ていうかもう今更すぎる。」

「そんなもん?」

「え?うん、まあ。そんなもんだけど急にどうした?」


飯中急に下ネタかよ珍しい…って思いながらるいに聞き返したら、るいは定食のメインメニューである唐揚げを箸で掴みながら「…いや、この前航にそういう雰囲気出されたから」とボソボソと言いにくそうに話してきた。


「そういう雰囲気?」

「こう、なんつーか…、迫られる感じ…?」

「え?もしかして抱かれそうになったってこと?…嘘、お前が?」

「いや違う、まだキスの段階だったしそこまではいってない。ただやたら激しいディープかまされたからビビっただけ。」

「うわぁ、友岡くんつっよいなぁ。それでお前自分が友岡くんに抱かれるんじゃないかって焦っちゃったんだ?」


話の流れからそう汲み取り、確認の問いかけをすると、るいははっきりとは頷かなかったものの「ん〜…まあそんな感じ」と否定はしなかった。

悩みなんて全然無さそうなくらい顔良し頭良しで金も持ってる、悩みあってもほぼ友岡くんのことばっかなるいが新たな悩みっぽい雰囲気を見せているものの、悩みというにはそこまで悩む必要もなさそうな話だなぁと思いながら飯を食べ進める。


「いやほら、航も男じゃん?しかも最近大人っぽくなって妙に男くさい色気があってさぁ、…女の子抱きたくなっちゃったりしないかな〜……っていう不安?ぶっちゃけいつどこでそういうの誘われてもおかしくねえと思うし気が気じゃない。…あいつモテるから。」

「あ〜〜〜〜〜、それはめっちゃ分かる。」


るいが口に出した不安は俺でもかなり気持ちが分かるものだった。貴哉と置き換えて考えているからではない。俺もそれなりに友岡くんのことを知ってるからだ。

るいが言う通り、友岡くんは昔からは考えられないくらい大人っぽくなったし、『男くさい色気』っていうのもなんとなく分かる気がする。表情とか雰囲気がそう感じさせてるんだろうな、多分。

でも『女の子抱きたくなっちゃったりしないかな〜』っていう不安を感じるるいの気持ちは分からなくもないけど、そこは大丈夫だと思うな。これは抱かれてる立場の俺だから言える自信がある。


「確かに友岡くん最近すっげえ大人っぽくなったし男くさい色気ってのも分かるんだけどさ、それだけで女の子抱きたくなるって事はないと思うぞ?」

「…ほんと?」

「うん、ほんとほんと。お前は抱かれる側の気持ち良さは分かんねえからそうやって不安になるのかもしんねえけどさ、」


そこまで言って「あ〜」と唐揚げを口に入れようとしていたら、るいが真剣な顔をしながら飯を食う手を止めてジッと俺の顔を見ていたから、ちょっと笑いそうになりながら唐揚げを食う手を止めて先に話の続きをしてやった。


「あの気持ち良さ経験したらもう女抱くだけじゃ満足できないって。」

「……あの気持ち良さ?……ってどんなの?」

「ぶふっ……。そこは、うん…想像にお任せするけど。まあでも結局大事なのって抱くとか抱かれるとかの問題じゃなくてヤる相手との関係性なんじゃねえの?友岡くんはべつに付き合ってもいない女わざわざ抱きたがらないだろ。お前のことはひょっとしたら抱きたくなることあるかもだけど。」


真面目に、でも何気なくぺらっと自分の思う意見を口にしたら、るいは何も言わずに神妙な顔を見せてくる。


「ん?どうした?まだなんか引っかかる?」

「…え、…いや、俺のこと抱きたくなるとか、そんなことあるか…?」


……あぁ、一番引っかかってたのそこか。

なんかちょっとビビってるような、るいにしては珍しいくらいおどおどした感じでそう聞かれ、さすがに俺はそんなるいがおかしくて「ぶはっ!!」と吹き出してしまった。

結局こいつ、友岡くんが『女の子抱きたくなっちゃったりしないかな〜』っていう不安っつーより、自分が抱かれる立場になることにビビってるだけだろ。


「それは俺からはなんとも言えねえけど気になるなら本人に聞いてみたら?まあ抱きたいってもし言われたらお前頑張んなきゃだけどな。」


もうおかしくておかしくてニヤニヤ笑いながらそう答えたら、るいは顔面をめちゃくちゃ強張らせながら無言で唐揚げを食っていた。


るいとは高校一年からずっとクラスも生徒会も一緒だったけど、とても“仲良い”とは自信を持って言えない同級生だった。けれど最近はもう高校、大学とずっと一緒に居すぎているから、互いのことを理解し合い、こうしてお互いの悩みを言い合う仲にもなっている。まさかの下ネタまで。

今となってはもうなんでも言い合える俺たちの関係性も、昔を思い返すと随分変わったよなぁ…としみじみ感じながら、るいの顔をこっそりとチラ見する。


するとまだるいはなんとも言えない複雑そうな顔をしながら飯を食ってたから、もう俺は笑いが耐えきれずに爆笑してしまった。


「あはははははっ!!お前はほんっとに真面目なやつだなぁ!!そんなに悩むなら俺から聞いてみてやろうか?『友岡くんってるいのこと抱きたいとか思う?』って。」


笑われたからか、俺が口にした内容の所為か、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤くして「余計なこと聞かなくていい!」って言い返してくるるいがやっぱりクソ面白くて、俺は暫く笑いが止まらなかった。

でもまあ、最後は「いい加減笑うのやめろ!」っていつものようにキレられたけど、俺はもう昔ほどるいがキレても怖いと思うことはなく、ただただひたすら面白かった。


変わりゆく彼らの様子 仁編おわり


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