5 クソカベ [ 120/168 ]
最近のモリゾーはいつも静かににやにやとにやけている。まあ多分彼女とのエロいことを考えているのだろう。リア充野郎がムカつくから俺は深くは突っ込まない。
わざとなのか無意識なのか、小指を立てながら缶コーヒーを飲んでてクソキモイ。そして顎を触り、髪を掻き上げ、かっこつけながら「帰りに新しい香水買って帰ろ」とか言っててまじキモイ。お前昔はそんなキャラじゃなかっただろ。
自分がすっかりイイ男にでもなったと思っているのか、モリゾーのナルシストっぷりが半端ない。俺はもうリア充野郎モリゾーに僻むとか羨ましがるとかいう感情を持つ事には慣れすぎてしまったため、しら〜っと白けた目をモリゾーに向けてしまうのだった。
「春樹も帰り買い物して帰るか?」
「ああ、そうだなぁ。」
今日は彼女と会う予定は無いのだろうか。俺も暇だし、せっかくのモリゾーからの誘いだから乗ってやろうとその誘いに頷く。
向かったのは薬局で、モリゾーは俺の隣を歩きながら「春樹は毛が薄いから良いよな」って突然毛の話をしてきた。
「神は何故俺に毛を与えてしまったんだ…」と悩ましげに呟くモリゾーに俺は無言で『何言ってんだこいつ』という目を向けるが、モリゾーは真面目な顔をしながら「俺脱毛考えてんだよな」って話を続けてくる。
「は?お前が?脱毛?お前に毛を奪ったら何が残んの?」
「美しい素肌だろ。」
俺はモリゾーの話を聞きながら内心『似合わねえんだよキモ』って思ったが、モリゾーは冗談ではなく真剣に言っているようなので口から出そうになった言葉は飲み込んだ。
「特に髭だよ、髭。一番脱毛したいのは。」
「いつまで毛の話してんだよ。」
「お前らみんな脱毛してんのか?ってくらいツルツルなのになんで俺の顎にばっかぶつぶつ生えてくるんだよ。人類皆均等に生えてこいよ。」
「お前の毛が濃いんだからしょうがねえだろ。」
俺は当たり前のことを言っただけだが、モリゾーは「はぁ…。」と大きなため息を吐いた。…え?たかが毛の事で落ち込んでる?リア充野郎のクセに、そんなことで真面目に悩んでたんだ!?って俺は驚愕した。
だって俺なんて彼女いない歴年の数、いまだ童貞、どう考えても俺の方が劣等感だらけなのに、モリゾーは毛のことで随分悩んでいる。
俺はこの時、人の悩みは計り知れないなぁ…と思った。こんなリア充野郎でも、たかが毛のことで悩むのだ。
「いいじゃんお前は。脱毛したら解決するんだから。俺なんか一生彼女無しの童貞野郎かもしれないんだぜ。」
「…彼女くらい、春樹にだってすぐにできるさ。それより知ってるか?脱毛って高いんだぜ。お前ら毛ぇ薄い奴らで俺のために脱毛代クラウドファンディングしろよ。」
「図々しいなお前。金で解決する悩みなんざ自分で金稼いでなんとかしろ。」
「………それもそうだな。すまんかった。」
クラウドファンディング発言に反省したのか、モリゾーが謝罪したところでようやく毛の話は終了した。こいつにも一応悩みがあるということを知り、もう心の中でナルシストだのリア充野郎と罵る事は控えてやろうと少し気持ちを入れ替えた。
「あぁ…。最近あかりちゃんから全然連絡こないんだよなぁ…。」
俺はモリゾーと薬局に行った後にファーストフード店で飯を食べながら、密かに好意を寄せている航のことが好きな女の子、あかりちゃんとのトークルームを開きながら「はぁ…」とため息を吐いた。
「春樹から送ってみれば?」
「なんて送るんだよ。」
「飯行こう、とか。」
「いや、俺前回自分から誘ってるから次は向こうから誘われ待ちしてんだよ。」
「それ一生誘いこない可能性あるパターンだろ。相手は航のことが好きで、春樹は片想いなんだから。」
グサッ…!グサッ!!とモリゾーの正論が俺の胸に突き刺さった。そうだ、相手は航の事が好きな女の子。俺があかりちゃんと二人で飯に行った時も、あの子は『航がかっこいい』だの『身近に推しが居るあたしの大学生活まじ幸せ』だの痩せ我慢のようなことを言っていた。
現時点で俺はただの男友達の一人に過ぎない。
モリゾーが言うように、このままただ待っているだけじゃ、『一生誘いこない可能性あるパターン』というのはその通りだった。
「…分かった、じゃあ何かメッセージ送ってみる。」
俺がスマホを握りしめながらそう言うと、「頑張れ」って声を掛けてくれるモリゾー。俺はモリゾーの恋の応援なんざ一ミリもしたことは無いけど、こうしてモリゾーは俺のことを応援してくれる。
この友人の存在をありがたく、そして大事に思わなきゃなんねえなぁ…と俺はしみじみと感じた。
「元気?とか送ったらうざがられるかな?」
「俺は有りだと思う。そのあと話題が広がれば良いんだし。」
「じゃあ送ってみる。」
ひとまずモリゾーに意見を聞いてから【 元気? 】とだけ送ってみるが、既読はなかなかつかなかった。
じれったくなる時間が続き、チラチラと既読文字がつかないか確認しまくっていたが、メッセージを送ってから一時間ほどして【 元気!!金欠だった〜 】と泣き顔の絵文字付きで送られてくる。あ〜良かった、ちゃんと返事きて。
「この子いっつも金欠だな。」
返ってきたメッセージをモリゾーに見せると、モリゾーからはそんな感想が返ってくる。
「アイドル好きだからな。雑誌とか毎月何冊も買ってるっぽい。」
「あぁ、昔の俺みたいだな。最近はもう買わなくなったけど。」
「お前が買ってたのはエロ本だろ。一緒にしてやるな。」
「違う、グラビア雑誌だ。」
「変わんねえだろ。」
モリゾーとどうでもいい会話をしていたら、またスマホは震えてあかりちゃんからのラインを知らせた。
【 給料入ったらご飯行こ〜! 】
「おお!!給料入ったらご飯行こ〜だって!!」
「おお!!良かったな!!」
「おう!!」
ただの飯の誘いをしてもらったくらいで大喜びする俺だが、モリゾーも一緒に喜んでくれる。現時点ではまじでただの男友達扱いなんだろうけど、それでも嬉しい。
ぶっちゃけ、りなちゃんの事が好きだった頃、俺は友人を頼りすぎた。今だからこそよく分かる。
気になってる人に自分から勇気を出してラインを送り、ご飯に行ったりする今の方が、遥かに“恋愛してる”って感じだ。
友人たちと比べると俺はまだまだガキっぽくて未経験な事も多いけど、それでも俺は少しずつ、自分のペースで、この恋愛が叶うために努力をしたい。
そう思っている自分のことが、俺は結構嫌いじゃない。
【 行こう行こう!なんなら俺奢るから久しぶりにあかりちゃんに会いたいな。】
「え!?攻めすぎ!?このメッセージ攻めすぎ!?」
「いいだろ!!イケイケ!!」
「ギャ〜!!送った!!…送ったぞ!!」
こんなことでギャーギャーと騒ぎ、まるで中、高生か?と思うくらいのガキっぷりだが、友人に背中を押されながら努力する恋愛はとても楽しい。
【 え〜なにそれ〜、春樹あたしに気があんの〜? 】
どうしよう、どうしよう…、
次は何て返そうかな…?
もう俺は酒も飲めるし、成人している大人なのに、ぜんぜん大人っぽくない中身は高校生のままのようで、好きな子にラインを一通一通送るたびに、ドキドキしまくっていたのだった。
変わりゆく彼らの様子 クソカベ編おわり
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