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「ただいまーりと連れて帰って来たぞー。」
矢田家に到着するとるいが自分で鍵を開けて一番に中に入っていき、靴を脱ぎながら家中響き渡るくらいの声でそう叫んだ。するとリビングから顔を出して笑顔でこちらに歩み寄ってくるるいママ。今日も非常にお美しい。
「航くん久しぶりね〜!元気だった?」
「はい!ご無沙汰してます!」
るいママはにこやかな表情で一番に俺に声をかけてくれたから挨拶するが、その後るいママの視線が俺からりとくんに移り、一瞬で不機嫌そうな冷ややかな表情に様変わりした。
「りと久しぶり。」
「うぃ〜〜!!!」
淡々としたるいママの声。ママはすっげー冷ややかな顔してんのに、この息子はハイテンションな態度で受け流そうとしている。この後ママに何を言われるのか自分でも分かってるんだろうなぁ。
「この前りなの大学来てたそうじゃない。帰りにちょっと家寄るくらいすればいいのに。」
「あ〜、寄ろうと思ったんだけどな。だるくなって帰ったわ。」
「だるくなったってあんたね。るいに言われなきゃゴールデンウィークも帰ってこないつもりだったでしょ。あんたの部屋もうカビ生えてるんじゃない?」
「あ〜。帰ろうと思ったけどバイトあって忙しかったからな〜。でも今日帰ってきたんだからもういいだろ。……え?カビ?」
りとくんはママの『カビ』という一言にめちゃくちゃ反応し、自分の部屋に行くためか玄関のすぐ横にある階段をドタドタとうるさい足音を響かせながら上がっていった。
「ったく、あの子は…」とぶつぶつとりとくんへの小言が止まらないママにるいが「会長ん家に住まわすのある意味失敗だったな」と話しかけている。
「あの人と居ると居心地が良過ぎるんだよ。あいつ朝から会長にパン焼いてもらってコーヒーまで入れてもらってたし。」
ぺらぺらとるいが今朝の話をママに話すと、るいママは「黒瀬さんに何やらせてるのよ」とぼやきながら呆れた表情を浮かべていた。
俺も靴を脱ぎ、るいに続いてリビングにお邪魔すると、ソファーの上でうつ伏せになって居眠りしているりなちゃんの姿があった。ソファーから足がはみ出ており、シャチホコのような体勢になっている。
「りな寝てんじゃん。あいつりとみたいな寝方してんだけど。」
「休みだからって夜更かししてアニメ見てたらしいわよ。お兄ちゃん帰ってきたら起こしてって言ってたから起こしてあげて。」
今度はりなちゃんのソファーの上での大胆な寝姿を見て呆れた表情を見せるママ。「航くんに見られててももうすっかり気にしなくなっちゃったわね」ってクスッと笑うるいママに釣られて俺も笑う。
「お〜いりな〜、来たぞ〜起きろ〜。」
そう言ってるいがりなちゃんの頭をトントンと叩くと、りなちゃんは「ん〜」と眠そうな声を漏らしながら寝返りを打って目を開けた。
「あ!お兄ちゃんおかえり!航くんも!!」
「お〜、りなちゃん久しぶり〜。」
俺とるいがソファーの側に立っていることに気付いたりなちゃんは、髪めちゃくちゃに乱れてて、どすっぴんの寝起き姿だけどにこっと可愛い笑みを俺に向けてくれる。なんかまじで、りなちゃんに良い意味であんまり気を使われなくなったなぁ…と俺は嬉しい気持ちだ。るいの家族みんなが俺を暖かく受け入れてくれている感じがすげえ嬉しい。
「りな暇そうだな。バイトしねえの?」
「良いとこあったらそのうちするよ。お母さんお小遣いくれなくなったし。」
「変なとこではバイトすんなよ?スーパーとかは?」
「スーパー?りなカフェがいいな〜。」
「あ〜カフェはダメダメ。」
「なんで〜?」
「若い男が来そうなとこはダメ。」
ふふ…、るいお兄ちゃん妹のバイトにまで口出ししてるよ。カフェでのバイトはるいも苦い経験してるからな。どこにでも男の客は来るけど、まあカフェに比べたらスーパーの方が若い男性客は少ないだろうから、るいがりなちゃんにスーパーを勧めたい気持ちは分かるかもしれない。
矢田家に到着した時間が丁度お昼時だったため、るいママは昼ご飯に焼き飯を作ってくれた。るいとりなちゃんと一緒に俺もダイニングテーブルに腰掛けて焼き飯を頂くが、約一名部屋に行ったきり降りて来ない人物の焼き飯がポツンと空席に置かれている。
「りとー!!昼ご飯できてるわよー!!」
おしとやかなるいママにしては珍しいドスのきいた叫び声でりとくんを呼ぶが、りとくんには聞こえていないのか一分、二分と過ぎて行く。
「あいつ何やってんの?」
「さぁ。家帰ってきてからそっこー二階上がってったけど。」
「お母さんがりとの部屋にカビ生えてるんじゃない?って言ったから掃除してるのかも。」
「え、なんでカビ?」
「だってまったく家に帰ってこないからりとの部屋開かずの間になってるしじめじめしてそうじゃない?」
「あはは!確かに。」
るいママが呼んでもまったく姿を現さないりとくんの話をしながら皆が焼き飯を食べ進めていると、「ゲホ、ゴホ!!」と咳をしながらりとくんがようやく姿を現した。
「あ、りとやっと来た。せっかく焼き飯作ったのにもう冷めちゃってるわよ。何やってたの?」
「部屋がホコリ臭かったから換気してた。」
「ほら、だから言ったじゃない。」
るいママのりとくんに対する態度はかなりツンとしている。まったく家に帰らず、顔も見せず、ママはきっと寂しかったんだろうけど、そんな気持ちも息子には全然分かってもらえてなくて怒ってるって感じがする。
ダメだな〜りとくん、俺が言うのもなんだけど、もっとお母さんを気遣ってあげなくちゃ。
りとくんも加わって昼ご飯を食べ始めると、るいはりなちゃんに目を向け、「りな、りとから聞いたぞ」って話しかけた。…あぁ、多分あの話だな。
「ん?なに?」
「お前大学でイケメン連れてたらしいじゃん。まさか付き合ってんの?」
「はっ!?付き合ってないよ!」
るいの言葉にすぐに否定するりなちゃんだが、その話を聞いたるいママまで初耳だったのか目を丸くしている。
「あんたお兄ちゃんに何言ってんの!?」
りなちゃんはそう言いながらテーブルの下でドカッとりとくんの足を蹴っているが、りとくんはキョトンとしたしらばっくれたような顔をしてスプーンを咥えながら「ん?」と首を傾げていた。
「普通に友達って言ったよね!?」
「あそう?」
「あそう?…じゃねえよ、人の話を聞け!!」
「え、なに?どこまでがほんとの話?こいつりながそのイケメンと手繋いでたとかも言ってたけど。」
「は、ッ!はぁ〜〜〜!?繋いでねえわ!!お前まじ勝手なことほざきすぎなんだよ!!」
りなちゃんはるいの確認のための問いかけに真っ赤な顔をしながら怒り狂ってしまい、ドカドカとさらにりとくんの足を蹴っている。ここまでりなちゃんが口悪くりとくんを罵っている姿を見るのは初めてかもしれない。
妹に足を蹴られまくっているりとくんだが、まったくダメージを食らってなさそうな澄ました顔をしながらパクパクと焼き飯を食べ続けている。
しかも「照れんなって」とさらにりなちゃんを煽るような事まで言ってしまい、りなちゃんはもう諦めのように唇を噛み締めながらりとくんを睨み付け、「こいつ!」と足を蹴るのみにして反論するのをやめた。
「手繋いでたはこいつの嘘ってこと?」
「大嘘!こいつの目節穴なんじゃない!?」
「いや、俺はこの目で確かに見たから。こいつデレデレしながらイケメンの横歩いてたし。」
「手は繋いでなかったんだな?」
今度はりとくんにそう確認するるいに、りとくんはへらっと笑いながら首を傾げた。
「まあ確かに手は繋いでなかったかもな。」
「はい決定、こいつがいい加減な事言ってただけか。」
「そうだよ、こいつはいい加減なことしか言わないからね。」
「クハハハ」
兄と妹に冷ややかで呆れた態度を取られるりとくんだが、そんなやり取りを眺めながらるいママはクスッと静かに笑っていた。
久しぶりに兄弟みんな家で揃って賑やかに過ごせて嬉しそうだ。
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