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「なんか…、こうやってお前と二人で飯食ってんの、かなり変な気分だよ。」


俺とテーブルに向かい合って座る矢田くんは、先程スーパーで買ってきた夕飯をテーブルに並べて、酒が入ったグラスを持ちながら徐に口を開いた。


「それは…、俺も今日ずっと思ってましたよ…。」

「だって昔はさ?お前のこと航の周りに居るクソガキ連中の一人っていう目で見てたから、全然友達って感じでもなかったし。」

「まぁ…、そ、ですね…。俺も矢田くんのこと生徒会長様っていう目で見てましたよ…はい。」

「ククク…ッ、だからなんで敬語なんだよ。」


矢田くんが笑うことで手に持っているグラスが揺れ、グラスの中に入った氷がカランと鳴る。ただ酒を飲んでいる姿でさえ様になっている。この人は昔から何をしてもかっこいい。今でこそ俺は矢田くんの“友達”と言えるような位置には居るものの、やっぱり俺にとってはいつまでも“生徒会長の矢田くん”っていうイメージは抜けないらしい。


「…でもさぁ、俺去年航と喧嘩したじゃん?その時になって初めていろいろ考えちゃったなぁ。俺ってお前と上辺だけ友達っぽく見せて付き合ってたのかな?って。」

「…えぇっ、と、…それは俺からはなんとも言えねえんだけど…。」

「ごめんな、こんな話して。俺はさすがにもう普通にお前のこと友達だと思ってたんだけどさ。昔は確かに違ったけど。どんだけ一緒に遊びに行ったと思ってんの?海とか遊園地とか、ご飯とかもみんなでよく行ってたし。まあ一対一で遊びに行く事は無かったけど。」

「まぁでも、…俺は考えてみれば友達の恋人に仲良くしてもらってた感が若干拭えないんすけどね…。今だからこそ言わせてもらうと……。」


矢田くんが突然ぶっちゃけてくるから俺も正直な気持ちを口にしてみると、矢田くんはクスッと笑ってからスーパーで買ってきた海老チリを一つ箸で掴む。そしてパクッと食べて、もぐもぐと口を動かしながら「んー…。」と考えるような声を漏らした。


「そうだよなぁ…。航は俺がクソカベのこと友達と思ってるわけじゃなくて、仲良くしてるフリだけしてるように見えたんだろうなぁ…。あの時の喧嘩の理由って多分それだよなぁ…。」


俺を前にして居ながらまるで独り言を言ってるように話す矢田くん。なんとなく話の意味は理解できて相槌を打ちながらスーパーで買ってきた寿司を食べる。俺と同じように多分矢田くんの中でも、俺の事が友達なのかなんなのか、分からなくて困惑してる状況なんだと思う。


「でも俺とお前の関係が何であれ、これからもお前には仲良くしてもらわねえと困る。」


散々ぶっちゃけてきた後に、今度は自分本位にも聞こえる発言をしてきた矢田くん。続けて「俺もう航と喧嘩するの嫌なんだよ」って、酒の入ったグラスをテーブルを置き、頬杖をつきながらジッと俺の目を見つめて言ってきた。


『俺もう航と喧嘩するの嫌なんだよ』……これはどう聞いても矢田くんの100%の本音で、航ともうあんな喧嘩はしたくないから、せめて形だけでも、例え俺たちが友達じゃなくても航の前では仲良くしてるように見せさせてくれ、って言われてるような気分だ。

矢田くんの本音を聞き、うっすらと矢田くんの心の中の考えが透けて見えた気がして俺はなんか残念に思ってしまったけど、まあ現時点で俺が矢田くんにそう思われてるのはしょうがないとも思う。だってやっぱり、俺と矢田くんの間に流れてる空気って真の友達って感じじゃねえんだもん。薄々そんな空気は感じてたよ。今日ずっと。


「航がさ、喧嘩して一晩家出てって、帰ってきた日の晩俺に言ってくれたんだよ。『いつも俺の友達とも仲良くしてくれてありがとう、これからも仲良くしてやって』って。俺がクソカベの恋に中途半端に協力してるような態度見せて最後はあんな形で裏切るようなことして航を怒らせたくせに、航はたった一晩で考えを改めてきたのか、『ありがとう』なんて俺に言ってくれんの。…俺は自分が航より子供すぎて嫌になったよ。だからもう絶対、航とあんな喧嘩はしたくねえから、お前への接し方も次からは間違えたくないと思ってる。」


ポロポロと矢田くんの口から溢れる航の話や苦悩や本音。なんでもできて賢い矢田くんの、意外にも不器用そうな一面に触れて、今度は俺がクスッと笑みが漏れる。

矢田くんの心の中が透けて見えた時は残念に思えたけど、この人はこの人なりに俺との付き合い方を考えてくれているのかもしれないと思うと、それはそれで嬉しい事だ。



「今日お前と偶然会って一緒に買い物したりしたけど、普通に楽しかったよ。今までだってそう、俺は上辺だけでお前と仲良くしてたわけじゃねえんだよ。航にそう思われたくねえから、いっそのこと今日は思いっきり本音でお前と話したらちょっとは何か変わるかな?…と思う…、し、……とりあえず酒飲むわ。」

「ぶはっ!!酒の力借りる気満々かよ!!」


真面目な顔して真剣に俺の目を見て話していたと思ったら、急にグラスを持ってゴクゴクと酒を飲み始める矢田くん。そんな矢田くんに笑えて吹き出しながら突っ込みを入れると、矢田くんもニッと口角を上げて笑っている。


知れば知るほど人間みのある人だ。なんでも器用にこなすと思っていた矢田くんは、意外と人付き合いが苦手そう。…いや、そんなに意外でもないのかも。『女の扱い下手』だとかも言ってたけど、女だけじゃねえじゃん。って思ったり。


「矢田くんは人付き合いが苦手そうだよな。」


俺もゴクッと梅酒を口にしてから矢田くんに対して思ったことを正直に言えば、矢田くんは海老寿司を食べてもぐもぐと口を動かしながらコクリと頷く。…この人ほんとに海老好きだなぁ。


「俺昔から何故か同級生に嫌われたりしたし。」

「えぇ?矢田くんが?」

「うん。小学校入学してすぐ男子が俺の悪口言ってきたりして、嫌だったなぁ。俺なんもしてねえのに。まあ多分、愛想悪かったんだろうなぁ。」


あー…、うん、“男子が”ね…。それは多分、僻みとかもあったんじゃねえの?矢田くんの幼少期の姿は知らねえけど、絶対昔からかっこよかっただろ。


「そんで、友達も当然居なくて母さんによく心配されて、それも嫌だったなぁ。りとは外でいろんな友達と遊び回ってんのにさ、俺は家でりなとばっか遊んでたし。」

「ふぅん、矢田くんって昔は結構内気だったのか?」

「んー、そんなことも無いと思うんだけど。やっぱすでに幼少期から人付き合いが苦手だったんだろうなぁ。」

「でもまぁ俺からしてみれば孤高の人って感じだけどな。矢田くんと仲良くしたい人はいっぱい居ただろうし。」


俺の発言に矢田くんは、ぐびっと一口酒を飲んでから、「今はお前らと遊んだりするの結構好きだよ」って言ってクスッと笑った。

不覚にも嬉しくなって胸がキュンとする。勿論変な意味は無い。


「それは航が居るからでは…」

「まあそれは当然あるけど、今年に入ってなちくんとも二人で雄飛の大学行ったりしたし、モリゾーとも二人で飯食いに行くし、あと今日はお前とも。航が居ない時でも普通に楽しんでるよ。お前は?俺と居て楽しい?」


矢田くんに逆に聞き返されてしまい、口に入れたばかりの梅酒がちょっと喉に詰まりそうになってしまった。


「ゲホッ…、当たり前ですよ…、楽しいですよ…。」

「ぶはっ!だからなんで敬語なんだよ。」


俺の返答に笑ってくる矢田くんに俺はだんだん恥ずかしくなってしまい、寿司を食べて照れを隠した。


俺は、『今はお前らと遊んだりするの結構好きだよ』っていう言葉が、想像以上に嬉しかったようだ。

俺は友達だとか、俺と矢田くんがどういう関係なのかとかはさておき、矢田くんにそう思ってもらえているだけで、十分だと思った。


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