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それからの矢田くんはどんどん酔っ払ってしまい、航に関する惚気話ばかりになってしまった。
どう見てもとろんとした酔っ払いな目をしながら『浴衣買ったら浴衣の航くんとえっちする』なんて聞かされた俺はなんて返事すりゃ良いのか困る。いや、べつに聞き流せばいいか。
それにしても浴衣を買いたがった理由がえっちのためだなんて。悪いけど『この変態野郎め…』という目で見てしまったぞ。そりゃモリゾーと話が合うわけだ。
「いっかいは着せたままして〜、にかいめに脱がせるぞ〜」
おい、いつまでその話続く?この人浴衣でえっちする話ずっと続けてんだけど。「はやく夏こねえかな〜」って酔っ払いながらウキウキしている。
「冬はわたるがあんまりえっちしてくんねえから夏がしゅき〜」とか言ってて俺は「あっそう」としか言えなかった。
「でもわたるくん、おれのたんじょうびになるとがんばってくれるからいちばんすきなのはじぶんのたんじょうび〜」ってへらへらと嬉しそうな顔をして惚気る矢田くんにも、俺は「へえ」と冷めた態度で返してしまった。彼女なし童貞にとっては耳が痛くなるような話なんだよ。
モリゾーが居ないとずっとエロ話はちょいキツイ。…あぁ、だから矢田くんはよくモリゾーと二人で飯行ったりするんだな。分かった分かった、納得だ。二人が仲良く飯行ったりしてても俺が僻むことはもう無いな。
「クショカベくんは〜なんがちゅがしゅき〜?」って完全に頭がイッてる様子の矢田くんからの質問の返事を考えていた時、玄関から『ガチャ』と鍵が刺さる音が聞こえてきた。現在の時刻を確認するともう10時を過ぎている。
あぁ助かった、航がバイト先から帰ってきたんだ。やっと解放される。酔っ払い矢田くんの相手はなかなかにハードだ、童貞の俺には荷が重い。
鍵を開けて部屋の中に入ってきた航は、「おう」って言ってきたあと俺の方を見てジッと固まった。
「おう…、航待ちくたびれたぜ…。」
「クソカベイメチェン?似合ってんな。」
「……あ、髪?忘れてたわ、似合ってる?」
「うん、良い感じ。」
航がせっかく俺の髪型を褒めてくれていたところに、「あ〜わたるくんおかえり〜」って酔っ払い矢田くんが椅子からよろりと立ち上がり、航の方に歩み寄っていった。
「はいはいただいま。」
帰ってきて早々に矢田くんに抱きつかれた航は、酔っ払い矢田くんを鬱陶しそうにしながらも矢田くんをずるずると引き摺りながら隣の部屋に入っていく。
「わたるくん今日これ買ってきた。」
「なにこれ。」
「着てみて〜」
隣の部屋からは二人のそんな会話が聞こえ、数分後には矢田くんに抱き付かれながら甚平パジャマを着た航が俺の前に登場する。
「かわいい〜」「だいすき〜」と愛の言葉を吐かれまくりながらべたべたと矢田くんに抱き付かれている航の表情はかなり疲れている。
俺はそんな航の顔を見て「ぶふっ」と笑ってしまったら、航はさらにげんなりした顔をして「バイト後に酔っ払いるいの相手はキチィ」と言って航の頬にキスする寸前の矢田くんの顔面をぐいっと押し退けている。
「ンン〜っやだ!」
「やだじゃねえ、おすわり!」
ダイニングテーブルの椅子ではなく、ソファーの方に連れて行き、無理矢理矢田くんをそこに座らせた航は、「あ〜つかれた」ってめちゃくちゃ低い声でぼやきながら冷蔵庫の方まで歩み寄り、扉を開けて中を覗いた。
つーか矢田くんが即決して二着も買ってただけあって、こいつ甚平パジャマクソ似合ってるわ。これなら航に浴衣を着せたがる矢田くんの気持ちもちょっと分かるかもしれない。
「お疲れ。今日のあの様子は酔いレベルどんくらいなんだ?喋りながら結構飲んでたけど。」
「ん〜、わりと高め。ほら、あっち連れてったらもう寝だぞ。」
航が言う通り、ソファーに居る矢田くんの方からは『スー…、スー…』と寝息の音が聞こえてきた。
「うわ、ほんとだ。扱い慣れてんなー。」
「中途半端に酔ってたらなかなか寝てくれなくてウザ絡みが続くから良かったよ。」
「あ〜さっきみたいなやつ?」
「そうそう。今日は珍しい飲み相手に酒が進んだんだな。」
航はそう話しながら、冷蔵庫の中に入っていたタッパや冷凍ご飯を電子レンジで温めている。タッパにはカレーが入っており、矢田くんが作り置きしてくれていたものらしい。矢田くんの航の愛しっぷりが半端なさすぎる。いや、知ってた。もう十分すぎるくらいそれは知っている。でもそういう光景を目にする度に思うのだ。
「お前るいと二人で飯とか初じゃね?二人でどんな話すんの?」
遅い晩御飯を食べながら航は興味津々で俺と矢田くんの会話についてを聞いてきた。
「航と矢田くんが喧嘩した時のこと普通に話してたな。矢田くんもう航と喧嘩したくないって。だから俺との接し方とかかなり気ぃ使ってくれてる感じしたわ。」
俺のその返答に航は静かに相槌を打ち、「なんか俺悪い事したな」ってぼそっと呟く。
「悪い事?」
「喧嘩した時俺があいつにキツイ態度取り過ぎたから。お前とるいの仲、べつに前まで普通だっただろうけど、俺との喧嘩の所為で余計にお前らの関係ギクシャクさせてしまったかも、って。」
「あ〜……、いや、それは大丈夫。今日でかなり矢田くんと打ち解けたし。あ、…でももう正直二人で酒飲むのはキツイかも。」
「え、なんで?」
「矢田くんの惚気とかエロ話に付き合ってやれんのは多分モリゾーくらいだわ…。」
矢田くんも俺との関係を気にしてくれてそうだったけど、実は航も結構気にしてくれてそうで、俺としてはもうあんまり気にして欲しくなくてそこでそんな戯けた話題に変えたら、航は瞬時に嫌そうな顰め面をする。
「…あそこ二人な。一体俺の居ないところでどんな話してんだか。もう勝手に言ってろって感じだけど。」
「ははっ。さっきは矢田くん航と浴衣えっち早くしたいっつってたぞ。まあ浴衣買うまではその甚平で我慢するんだろうな。」
「はぁ〜〜。」
酔っ払い矢田くんが言ってたことを航にチクったら、航は呆れた顔でため息を吐いている。そして「矢田くんが酔っ払ったらもう無視して帰ってくれていいから」ってかなり扱いが酷いことを言っているが、次もしこんな機会があったらそうさせてもらうかもしれない。
「まあ次はみんなで飲みたいな。酔っ払い矢田くんはみんながいる場で外部から見てるのが一番面白いわ。」
俺の言葉に、航は何も言わずにクスッと随分大人っぽくなった表情で笑うだけだった。
「なぁ、航。」
「ん?」
「俺今日矢田くんといろいろ話してさ、一個思ったことある。」
「思ったこと?なに?」
矢田くんと二人で話していたら、矢田くんは矢田くんなりに俺との関係性に頭を悩ませてくれていることがよく分かった。
そして、『俺とお前の関係が何であれ、これからもお前には仲良くしてもらわねえと困る』…俺にそう言った矢田くんの発言の意図をなんとなく理解した気がした。
俺は航のことを、友達として一生仲良くしていきたい相手だと思っている。それと同じように矢田くんにとっての航は、恋人として一生仲良くしていきたい相手だ。航を通じることで俺と矢田くんもまた、一生繋がりは切れない相手。矢田くんはそれを理解し、俺とも仲良くしようとしてくれてる。
ならば俺も、その矢田くんの気持ちに応えたい。航の友達として。
「俺矢田くんの事さ、“友達”っていう立場じゃなくて、“友達の恋人”ってポジションでずっと仲良くしていけたら十分かなって思っちゃったわ。」
「…え?…どゆこと?」
俺の言葉に航は理解できてなさそうに、そしてちょっと不安そうに首を傾げる。
「あ、悪い意味じゃなくて良い意味でな?なんか、俺矢田くんと友達として仲良くなりたいと思ってたけど、べつに“友達”って言葉に拘らなくても仲良くしていけたらそれだけで十分だな、って。」
「えぇ…っと、それは、るいと友達は無理だったって事?」
「いや、無理じゃねえよ。実際友達だよ?だから悪い意味じゃねえっつってんだろ。俺なりの前向きな発言だよ。」
ここまで言ってもまだ航は「んん…?」唸りながら首を傾げている。
「まあつまり、これからも変わらず仲良くしていきたいって意味だよ。俺はお前の周りの奴らみんなと賑やかに過ごす時間が好きなんだよ。だからまぁ、矢田くんの事は、俺にとって“仲間”って感じだ。俺にとって一生続いてほしい関係だよ。」
航に俺の気持ちを悪い意味では伝わってほしくなくて、必死にそんな言葉を並べると、ちゃんと気持ちが伝わったのか航の口元はだんだん綻び始め、「ほぉ…、そっか。」って、なんとなく嬉しそうに聞こえる声を漏らす。
「良い事言ってくれんじゃん。……なんかクソカベ、ちょっと大人っぽくなったな。雰囲気とかも。」
「えぇっ?まじ?お前に言われると嬉しいわ。」
俺のどんなところにそう思ってくれたのか、唐突に航が言ってくれた言葉に気分が一気に舞い上がる。
「今日矢田くんと二人で言ってたんだよ。航が大人になったーって。あれだけガキくさかった奴がな。」
「ハハッ、そう?俺もまだまだなんですけどね。…まあ一緒に大人になっていきましょうや。」
その日の晩、航とそんな言葉を交わながら、チューハイと缶ビールで『カン』と二人で乾杯した。
どんどん大人っぽくなっていく友達に置いていかれるのが嫌で、卑屈になってばかりだった俺だったけど、なんにも焦る必要は無かったなと思えてくる。だって俺だけじゃなくて、誰しもが通ってる道かもしれないし。
焦らずとも、自分のペースで、少しずつでも確実に、大人になっていけたらそれでいいかな。
…そんなふうに、前向きに考える事ができた今日は、とても良い休日だった。ありがとう、矢田くん。それから航。
これからもずっと仲が良い二人で居られるように、俺はお前らの仲間として、二人のことを応援するよ。
14. 矢田くんと過ごす休日 おわり
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