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電車に一本乗り、降りた駅から少し歩くとショッピングモールの建物が見えてくる。普通に会話は絶えることなく、矢田くんと並んで喋りながらショッピングモールに向かって足を進める。


「彼女とか童貞だとかはさ、べつに焦らなくてもいいだろ。焦ったからと言って良い出会いがあるわけでもねえし、俺だって航居なかったら今頃どういう恋愛してたか分かんねえし。」

「いや、あなたは焦る必要もなく普通に彼女できてたでしょうよ。」

「んー、どうだろ。あんま想像できねえなぁ。俺女の扱い下手だから。」


矢田くんはイケメンモテモテだから仮に俺のような彼女いない、童貞野郎でも焦る事なく落ち着いて居られるのだ。『女の扱い下手』って言われても、まず周りが矢田くんをほっとかないでしょうからね…。


「航は多分俺がいなかったらあっさり彼女できてただろうな。あいつ女の子結構好きだもん。」

「あー、そういや昔白いワンピースが似合う清純派が好みとか言ってたな。」

「だろ?航のタイプの子ってもうなんとなく分かるんだよな。テレビ見てても『この子可愛い』とか言ってる時あるし。まあいいけどね。好みがどうであれ航が好きになったの俺だし。」


航のタイプの話をした後、地味にフッと勝ち誇ったようなドヤ顔を見せる矢田くんに笑いそうになってしまった。矢田くんからしてみれば女の子は全員ライバルに見えていそうだ。

俺も今となっては航以外の人と恋愛してる矢田くんは想像できねえな。そもそも矢田くんって恋愛に無関心そうなイメージもあったし、航と両想いになってなきゃこの人今フリーだったかも。


「俺は逆に矢田くんが航と両想いだったって事知った時驚きまくったけどね。『なんで!?どういう経緯で!?』って。」

「んー…。なんでだろうなぁ。…好きっていうより、ほっとけなくなったのかなぁ。」


矢田くんとの一対一の会話の中で、当時は聞けなかったそんな思いを聞かせてくれた。いろんな人が当時の矢田くんの心境の変化に興味津々だったけど、そんな矢田くんの思いを聞かせてもらえるようになった今、俺は矢田くんにとってどういう存在なんだろうな。



ショッピングモールに到着して中に入ると、矢田くんは「クソカベ何買うの?夏服?」と店内へ足を進めながら聞いてくれる。


「あ〜…俺は良いのがあったら適当に見るからどうぞ気にせず浴衣売ってるとこ行って下さい…。」


俺はべつに服を買いたくて外出してたわけではないから、どうぞどうぞ、と矢田くんに浴衣探しを促すと、矢田くんは「そう?」と相槌を打ちながら浴衣が売ってそうな店を目指して歩き始めた。


しかし探しても浴衣が売ってそうな店は見当たらず、「やっぱネットで探した方がいいかなぁ」と残念そうな顔をする矢田くん。


「まだちょっと早かったのでは?夏になったら普通に売り出されるんじゃねえの?」

「…ん〜そうかも。ちょっと早まったな。」


よっぽど浴衣を早く買いたかったようで、らしくないしょぼんとした顔で落ち込んでいる矢田くんは申し訳ないけどかなり面白い。この人どんだけ航に浴衣着せたかったんだよ。


「あ、矢田くん矢田くん、浴衣ではないけどそれっぽいやつなら売ってるぞ。……あ、パジャマか。しかも甚平だった。」


ショッピングモールの中にあるスーパーの紳士服売り場にハンガーにかかって並べられていた紺色のそれが視界に入り、矢田くんに声を掛けてみたら、矢田くんはその瞬間パッと嬉しそうな表情を浮かべて歩み寄ってきた。


「うわぁ、かわい〜!!」

「…え、…そうか?」


おお、なんかすげー反応良いな。声かけといて悪いけど俺は今更お爺ちゃんとか年配の人向けのパジャマに見えてきた。

しかし矢田くんは甚平のようなパジャマを手に取り、目をキラキラと輝かせながらその商品を眺めている。


「これ絶対航くんに似合う〜!」

「お、おお…。よかったね。」

「うん!グレーも買っちゃおー。」

「自分用?」

「ううん、航くんの着替え用。」


……お、おお、着替え用まで買うのか。この人航が着るパジャマにすげー注ぎ込むな。俺は普段着を買う値段でさえケチりがちだというのに…。

るんるんで甚平パジャマ二着を即決してレジに向かっていった矢田くんは、るんるんと買い物袋を持って俺のところに戻ってきた。


「クソカベのおかげで良い買い物ができたわ。サンキューな〜!」

「それはよかった。」


矢田くんが喜んでるなら俺はそれだけで嬉しいよ。俺も憂鬱だった休日が一気に楽しくなったしよかったわ。


「浴衣は夏までお預けだなー。」

「矢田くん航の浴衣姿見たことねえの?」

「旅行行った時にホテルで借りられたやつ着てんのだけ見たことあるんだけどさ、すっげー可愛かった。航くんは絶対和装が似合うと思う。袴とか着てるとこも見てみたいんだよな。」

「お、おー…そっかそっか。」


航の事になるとよく喋るなー。家であのパジャマ航に着せて喜んでる矢田くんが目に浮かぶわー…。


浴衣は買えなかったもののかなり満足そうに紳士服売り場を後にした矢田くんは、上機嫌で「さー、次はクソカベの服見るかー」と言って俺の肩に腕を回してきた。かつてないくらい矢田くんとの親しい距離感に、内心ドキドキである。

べつに変な意味のドキドキではなく、矢田くんとちゃんと友達のような距離感で居られている事に喜びを感じずにはいられないのだ。


「矢田くん…、それじゃあ年相応に見える服選んでもらえませんか…。」


せっかくだから値段は気にせず買い物しようと矢田くんにそうお願いしたら、矢田くんは「ん〜」と声を漏らしながら俺の全身を眺めてくる。あんまりじろじろ見られると恥ずかしいな…。ダサい恰好してねえかな今日の俺…。


「まー確かにクソカベって普通に高校生って言われても違和感ねえもんなぁ。」

「よく言われます…。」

「…髪型かなぁ。ちょっと前髪上げてデコ見せたりしてみたら?」

「デコっすか!?それはちょっとハードル高いっすよ!!」

「ふっ…なんで敬語なんだよ。」

「あ、…つい。」


まさかの服装どうこうではなく、髪型について言われて動揺する。前髪を上げてデコを出すなんて今まで一度も考えた事は無い。まあ多分似合わないだろうと思って長年ずっと同じの無難なヘアスタイルにしているからだ。


「服装は今着てる感じの服で全然良いと思うけど。変に大人ぶった服とか着てもあんま似合わなさそうだし。」

「あ、やっぱそう思います?俺も思います。」


ズバッと思ったこと言ってもらえるの助かるわー。矢田くんが着てるような服を俺が着たところで似合うかどうか分かんねえしなー。


「うん。やっぱ髪型かな。ワックス買いに行く?クソカベに似合う髪型探し付き合ってやるよ。」

「…まじっすか。」


気に入った甚平パジャマが買えたおかげなのか矢田くん今日はかなり付き合いが良いぞ。ここでこの誘いに乗らなければ、自分が変われるチャンスが逃してしまいそうだ。


「そんじゃ矢田くん…、よろしくお願いしゃッす!!!」


俺は矢田くんに向かって90度にお辞儀をすると、矢田くんは「おいやめろ」と言いながら頭をペシッと叩いてくる。

張り切りモード全開になった俺は、その後服屋ではなくまさかの薬局へヘアワックスを買いに行くことになったのだった。


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