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日下部春樹20歳、彼女居ない歴歳の数。勿論童貞。コンプレックスだらけでどう頑張っても自分の事をちっとも好きになれません。高校生の頃はそんなことも無かったのになぁ……身近な人間がどんどん大人っぽくなっていったり、幸せな恋愛をしている姿を見たりすると、やっぱりどうしても羨ましくなって、卑屈になってしまいます。

はぁ…。こんなこと考えてる自分も嫌いだ。


モリゾーに彼女ができてからは休日ほとんどモリゾーと会うことが無くなった。それが結構俺の心を抉られている。こんなにもモリゾーの存在が自分の中で大きかったなんて…。大学もバイトもなんもない休日、誰かと会ってなきゃ寂しい。自分がこんなに寂しがりやだとは思わなかった。

家に居ても憂鬱で、かと言ってこちらから誰かを誘って出掛けたいとも思えず、誰かが遊びにでも誘ってきてくれたら喜んで行くんだけどそんなこともなく。

諦めて一人で適当に繁華街でもぶらつこうかな…と昼過ぎに外へ出掛けたら、たまたま歩いていた道の先で何故か腕組みをして真剣な顔でその場に佇んでいる見知ったイケメンの姿があった。


「あれっ!?矢田くん!?何やってんの!?」


…そう、矢田くんである。道行く人が一度は振り向いてしまうほどのイケメン、矢田くんが何故か道で突っ立っている。


「ん?…おー!!クソカベか、誰かと思った。」

「…え、一人?航は?」

「今日は一人。」


……え、一人?この人一人で何やってんの?って、真剣な顔をして矢田くんが見ていた方向を見ると、そこにはショーウィンドウに浴衣を着せられたマネキンが二つほど並んでいる。どうやらそこは浴衣のレンタルショップのようだ。


「浴衣?借りんの?」

「ううん、借りたいんじゃなくて買いたいの。どこ行けば買えるかな?」


矢田くんはそう話しながら、もうその浴衣のレンタルショップには用が無い、という感じで歩き始めた。矢田くんがまさか一人でこんなところに来ているとは思っても居なかったから、やや戸惑い気味に俺はその矢田くんの後をついて歩くが、途中で俺の方に振り向かれ、「あれ?そういやお前はなにやってんの?」って聞かれてしまった。

…え、…あ、俺は暇だったからぶらついてた。

…って正直に答えるのもなんか惨めで、適当に「服でも買おうかと思って」と答えたら「ふぅん」って相槌を打ちながら前を向くイケメン。今日も羨ましいくらいかっこいい。俺なんかが矢田くんの横を歩くと余計に自分が惨めになってしまうから無意識に後ろを歩いてしまう。

しかし矢田くんは俺が隣に並ぶのを待っているかのように歩く速度を落として「一緒に店見る?」って誘ってくれた。


「俺の用事の方が時間かかりそうだけど。」

「浴衣探すの?」

「そう。ショッピングモールとか行った方が良かったかな。」

「あ〜…そうかも。今から行く?」

「うん、そうしようかな。」


矢田くんとの間に流れる空気はちょっとだけぎこちない。俺と矢田くんの関係は間に航が居ないとまだまだ微妙な関係だ。だからこそ今日は良い機会だ。矢田くんの“浴衣買う”とかいう用事に付き合って、ちょっとでも仲を深めたいと思う。


「でも意外だな。矢田くんが一人で浴衣買いに行くって。航に感想聞いてから買いそうなのに。」

「航浴衣に興味無さすぎて『なんでもいい』しか言われねえから俺が良いと思うやつ勝手に買ってきて着せてやろうと思って。」

「え、もしかして航に着せる用買いに来てんの?」

「え?うん、そうだよ?」


うわぁ………。今すっげー『当たり前だろ』みたいな顔向けられたんだけど。当たり前じゃないっすよ。一人で買いに来てんだったら普通に考えて自分の買いに来てると思うだろ。なに一人で航が着る浴衣買いに来てんだよ。


「俺が航に着せたいだけなのに買いに来るのまで振り回したら不機嫌になられそうだから一人で来たんだよ。ほんとは試着しまくって欲しいんだけどな。」

「あー…そりゃ確かにダメだな。あいつ試着とか絶対めんどくさくてしたくないタイプだろ。」

「そうなんだよなぁ…。最初の一、二着はしょうがねえなぁ〜って感じで着てくれるんだけど、さすがに三着も四着も着せようとしたら『もういいだろ!』って怒られる。」

「ははっ…、すっげー想像できる。」


矢田くんみたいなイケメンでハイスペックな人と付き合うなんて周りからしてみれば羨ましい話だけど、最近はもう矢田くんの航への構いっぷりが半端なくて話を聞いていたら航の方が大変そうだと思うことがよくある。矢田くん相手に怒るなんて昔だったら考えられなかったけど、さすがに航と矢田くんがここまでの仲になった今はもう航が矢田くんに怒るのも結構普通の事になった。それに二人は同い年で、対等だしな。

いくら矢田くんが頭良くて運動できて、イケメンでモテモテでも、考えてみれば俺と矢田くんだって同い年で対等な人間のはずだ。航の話題から俺は次にそんなことを考え始めて、俺も矢田くんの隣を堂々と歩いてやろうとなんとなく下がり気味だった目線を上にあげて矢田くんの隣に肩を並べた。


今日は暇だったけど外に出てきて良かった。毎日自分の事が嫌いで卑屈になってしまいそうになる俺だけど、卑屈になればなるほど気分が下がってしまうだけだから、堂々と歩いているだけで自然に気分を上げることができてきた。

まあ、思わぬところで矢田くんに会えたおかげだけど。


「じゃあ今日は暇だったから矢田くんの浴衣選びについてってやろ。」


ほんとに今日は暇で、誰かと遊びたい気分だったからニタリと笑みを浮かべながら矢田くんに言えば、矢田くんからもニッと口角を上げた笑みが返ってくる。


「時間長くなっても文句言うなよ?」

「飽きたら帰るから大丈夫。」

「はぁ?帰んのかよ。」


…っていうのは冗談だけど、矢田くんに軽口をたたけるのが楽しくて俺は笑いながら、ショッピングモールへ向かう足を動かした。



季節は春が終わっていき、夏に向けて徐々に気温が上がって暖かくなっていっている。隣を歩く矢田くんは着ていた上着を脱いで下に着ていた長袖Tシャツを腕まくりしている。

一挙一動かっこいい矢田くんの姿をついつい見てしまい、「はぁ…」と感嘆のため息が出てしまった。


「ん?どうした?」

「やっぱイケメン羨ましいなぁ。」


うっかり本音ダダ漏れで呟いてしまう俺に、矢田くんは「ぶっ」と吹き出し、「なんだよいきなり」と言って笑ってきた。笑い事じゃねえよ、俺はガチであんたのその美貌が羨ましくて反吐が出そうだ。


「俺さぁ、生まれてからハタチになってもいまだに彼女無し、童貞、おまけに実年齢より下に見られがちでさ?実はすっげー気にしてんだよね。成人してから特に。こんな話人にしたくねえから話したの今が初めてなんだけど。」


相手が超絶イケメン矢田くんでも俺がこんな話をできたのは、この人が航の事しか興味なくて普通にサラッと聞き流してくれそうな気がしたからだ。航やモリゾー、なっちくんには惨めで話せないような事でも、俺と矢田くんの間には微妙な距離感があるから俺の口からも意外とサラッと日々の悩みが自然に溢れてきたのである。


そんな俺の悩みを矢田くんは意外そうに、「へぇ、お前そういうこと気にするんだな。」っていう言葉が返ってくる。


「昔はそうでもなかったけど、成人してから急激になぁ〜。…あと航が大人っぽくなりすぎなんだよな。普通に焦る。だってあいつ前まですっげーガキっぽかったじゃん。」


ここで俺が航の名前を口に出した途端に、矢田くんはふっと柔らかい笑みを浮かべた。


「それは俺もいっつも思ってるよ。航がどんどん大人になるから、置いてかれるの嫌で俺もすっげー焦ってる。」

「えぇっ、まさかの矢田くんも?」


矢田くんからの意外な返事に軽く驚きながらそう返すと、矢田くんはコクリと頷いた。


もうすでに十分すぎるくらい大人っぽい矢田くんですら焦るんだったら、俺が焦るのも当然だよな。って、矢田くんの話を聞いていたらなんかちょっと気が楽になった。


悩んだり焦ったりするのは俺だけじゃ無くて、誰もがそれぞれ抱えてる気持ちがあるもんだよな。


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