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購入した飲み物のカップをりとに渡してりなちゃんの友達たちが集うテーブルに連れて行くと、彼女たちはまじまじと観察するようにみんなでりとのことをジッと見つめていた。
一人の子が「へぇ〜、やっば、かっこいい〜!」とりとのことを褒めると、別の子が続けて「目元りなとちょっと似てる〜!」とりとを見た感想を口にする。
「え、あの子まじなんでお兄さんさんのこと隠キャとか言ったの?言ってた感じと違いすぎでしょ。」
「うんうん、全然違ったね。」
りとを前にしてクスッと笑いながら小声で話しているりなちゃんの友達の話し声がりとにも聞こえたようで、りとの目がその女の子たちに向けられる。そしてりとは、不気味なくらいににこりと笑みを浮かべながら小声で話されていた会話に反応した。
「りなのお兄さんクソなんでお友達に話したくなかったんじゃないですかぁ〜?」
なんだか小生意気な話し方に思えるのは俺だけか?可愛い女の子たちを前にしていながらブレない態度を取れるのはさすがりとだ。
「え?あはは、自分でクソとか言っちゃうんですか〜?お兄さんおもしろ〜い。」
女の子の一人がりとの言葉にそう返すが、その次のりとの発言によりその場の空気が一瞬で凍りついた。
「だっておめえらりなのこと相当ディスってたらしいじゃん。裏でお兄さんもクソだったとか言われたら癪だからよぉ。先に言っといてやってんだよ。」
楽しげなムードで会話が始まると思いきや、りとは浮かべていた笑みを一瞬で消して、眉間に皺を寄せた顰め面で吐き捨てたのである。
シーンと静まり返った空気の中で、りとはお構いなく俺が奢ってやったアイスコーヒーをストローで吸いまくる。
「おいりと…、いきなり何言ってんだよ…?空気凍りついてんじゃねえか…。」
3分の2くらいにアイスコーヒーが減ったところでストローを口から離したりとは、俺の声に「あれ?そういや俺お前に言わなかったっけ?りなに友達なんか居ないって。」って挑発的で生意気な笑みを見せながら返してきた。
女の子たちはやや気まずそうに互いの顔を見合わせつつ、りとの顔色もチラチラと窺っている。
「…いやでも、この子らは友達だって言ってるけど…?」
確かにりとは電話でそんなことをチラッと言っていた気もするが、俺はこの子たちが『友達だ』って言っていたから完全にそれを信じていた。
「え?じゃありなに聞いてみるか?」
ここに来て早々に喧嘩腰の態度を見せまくるりとに俺はだんだん焦り始める。一緒にいた男友達も『何事だ?』というように様子を窺い初めてしまった。
スマホを取り出してりとがりなちゃんの名前を出した瞬間に、女の子の一人が「え?りなあたしらのこと友達じゃないと思ってるんですか?」って口を挟んだ。
「ショックなんだけど〜!あたしら仲良くしてたのに。ねぇ?」
「う、うん…。」
話を振られた子はあからさまに顔を引き攣らせ、言葉に詰まっている。そんな彼女たちのやり取りを眺めながらまたアイスコーヒーのストローに口を付け、3分の1くらいになるまで飲み終えると、りとは彼女たちを嘲笑うような目で見下ろし、再び冷ややかな声で吐き捨てた。
「へえ、あっそう。“仲良く”…ねぇ?」
そしてりとはりなちゃんに電話をかけたようで、「あ、もしもしりな?」と俺たちの目の前で通話し始める。
『いきなり何?』
りとのスマホからはりなちゃんのかなり嫌そうな声が聞こえてきた。りとは妹とは不仲とよく噂されていたが、りなちゃんの声を聞いただけでその通りなのがよく分かる。
「今俺圭介に呼ばれてりなの大学来てんだわ。」
『は?』
「そしたらなんかりなの友達?っつってる女が居たから挨拶してやってるとこ〜。」
『はぁ?ちょっとあんた何やってんの?誰、友達って。……えっ、怖いんだけど。友達って誰!?』
電話口のりなちゃんは、りととの発言に驚き、じわじわと怖がるような様子を見せ始めた。
「え?お前心当たりねえの?女四人組。仲良くしてんだろ?」
『…うわ、心当たりあるっちゃあるけど…。え、うわ最悪…、まじでりとなにやってんの?余計なことすんなよ?そいつらりなのこと裏で悪口言いまくってるからもう仲良くしてないし、あんたも話のネタにされるだけだから喋んない方がいいよ。』
「クックック…、そうなんだ?分かったじゃあ気ぃつけるわ。」
りなちゃん…、聞こえてないと思って喋ってんだろうけどこいつスピーカーにして話してるから普通に会話丸聞こえだよ…。悪口言われてたんだね、そんなこと俺は全然知らなかった…。
生意気な笑い声を漏らしながらりなちゃんとの通話を終わらせたりとは、スマホをポケットにしまいながら仏頂面で黙りこくっている彼女たちに向かって「はぁ〜。」とわざとらしく呆れたようなため息を吐いた。
「裏でコソコソきっもちわりぃ。圭介とまでわざわざ繋がって、そんなにりなの兄がどんな奴か気になったか?」
何も言わず、りとと目も合わせないように視線を逸らしている彼女たちを、りとはさぞ不快そうな威圧感のある目で睨みつける。
「人の悪口ばっか言ってるくせに、表で良い顔してる女って俺いっちばん嫌いなんだよなぁ。」
そう言った後、無反応な彼女たちから視線を逸らし、今度は俺に目を向けてきたと思ったら、俺の目をジッと見つめながらりとはズゴゴゴゴと残りのアイスコーヒーを一気に飲み干し始めた。
そしてアイスコーヒーを飲み終えると、「お前もいい加減にしろよ、次俺に女絡みで連絡してきたらお前のことブロックするから」と言って、俺の手に空のカップを持たせてくる。
続けて「そんじゃ」と手を挙げ、くるっと俺たちに背を向けさっさと立ち去ろうとするりと。
「ええっ!?りともう帰んの!?」
俺はカフェをさっさと出て行こうとするりとを慌てて追いかけ、呼びかけると、りとは外に出たところで足を止めてくれた。
「さっきのガチで言ったからな。チサト関連もいい加減うぜえんだよ。興味ねえから。」
「……それは、ごめん。…でも、」
「でももクソもねえよ。女関連はブロック。それ言おうと思って今日来たから。」
「…えぇ〜、久しぶりに会ったのに急にそんなこと、…相変わらずつめてー奴だなぁ。」
「俺がそういう奴だと知ってて絡んできてるんはお前だろ?嫌ならもう関わんな。」
まるで決別のような会話だ。高校時代普通に仲良くしていたりとから突然そんなことを言われるとは思わなくて少し動揺する。
『女関連はブロック』…そう言われた事で初めて俺は、自分がりとに女絡みの連絡ばっかしていたことに気付いた。
今日会っていきなり嫌な顔をされた理由もなんとなく理解し、「ごめん」ととりあえず俺の口からは謝罪の言葉が出る。
「もうチサトのことは言わねえから…。ブロックはやめろよ…」
俺がりとにそう言ったところで、「うわ、りと発見」と言う声が聞こえてきて、目をそちらに向けると数メートル先を男と並んで歩いているりなちゃんの姿があった。
「おぉ、なんだよお前、友達いねーくせに男は居んのかよ。」
「違う!!普通に友達!!」
数メートル距離は離れているにも関わらず、会話を始めるりととりなちゃん。りなちゃんはりとの発言にちょっと恥ずかしそうに顔を赤くしながら怒っている。
りなちゃんの登場にりとは再び足を動かし、りなちゃんの方へ歩み寄っていった。
「お前なにやってんの?」
「いやこっちのセリフだから。」
「俺は圭介に会うために来たのになんかあの女どもに絡まれてたんだよ。」
「ごめんて。アイスコーヒー奢ってやったので許せよ…。」
嫌味ったらしく俺を見ながらりとにそう言われたから謝ったら、りなちゃんからもりとそっくりな冷ややかな目を向けられる。
「圭介くんあの子たちと知り合いなんですか?」
「えっ、いや、俺は、あの子らがりなちゃんの友達って言ってきたから…!」
「ふぅん。それ間違いなんで騙されてますよ。もう関わる気ないんで圭介くんもあの子たちと関わるのならりなに話しかけないでくださいね。」
「あっ…!大丈夫大丈夫…!もうやめるから…!」
多分あの四人組とこれ以上仲良くしてしまうと、りなちゃんは勿論のこと、りとからも縁を切られてしまうような気がする。
正に女を取るか、友達を取るかのような状況だ。
選ぶ方は勿論決まっている。
考えてみれば高校時代、りとには女が寄ってくるから仲良くしていた部分はあったかもしれない。でも決してそれだけじゃない。りとの周りを人が取り囲む、その賑やかな雰囲気が俺は好きだった。
「こいつまじで俺のことブロックしてきそうだもん、お前に縁切られたら俺同窓会とか超気まずいし困るって。」
「もう同窓会のこととか考えてんの?はっや。」
「いや、もうすでに企画してる奴いるからな?お前も来いよ?」
「まあ気が向けば。」
とりあえずりとにブロックされることは回避できそうな空気になってきたところで、「で、お前誰だよ」ってりとがりなちゃんと一緒にいた男に目を向けた。
「え!あ、俺?俺は…、」
「ちょっとりと、あんたその態度失礼だからね。普通に友達だっつってるでしょ。やのとま、こいつはりなの二人居るうちの二番目のクソい方の兄。」
「あっ、そうなんだ!はじめまして〜!」
男はりとに向かって挨拶をし始めるが、りとはそんな男を見ながらニヤニヤと笑い始めた。
「はじめまして〜。…りなお前面食いだなぁ。」
「はぁ!?なにが!!」
「兄貴に言っとこ〜、りながイケメンのダチ作って仲良さそうにしてた〜って。」
「べつにイケメンだから仲良くなったわけではないけど!?ちょっと!そのムカつく顔やめろ!!」
憎たらしい顔を見せるりとにりなちゃんは赤い顔をしながら反論しまくっているが、その後のりとはりなちゃんとイケメンなりなちゃんの友達を見ながらずっとニタニタと笑っていた。
こういう憎たらしいところが多分妹に嫌がられるんだろうなぁと思ったりするけど、俺は久しぶりに会う友人の変わらない笑みを見ながら、釣られるようにちょっと笑う。
生意気で憎たらしくて、王様みたいに偉そうな奴だけど、一緒に過ごした高校時代は楽しくて、久しぶりに会って喋っていたらそんな思い出が蘇る。俺にとってはずっと仲良くしていたい友達だ。
その友達に縁を切られないように、自分の言動や連絡の取り方には、いろいろと気を付けていきたいと思う。
女の子と出会える機会はこの先いくらでもあるけれども、学生時代の友達には、その時代にしか出会えないからな。
13. 友達と呼べる人間とは おわり
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