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大学4年に上がってから大学に行く回数がガクッと減り、毎日家で黙々と院試の勉強に励む俺、黒瀬拓也。そんな俺の元には、たまに矢田が会いに来る。

バイトを辞めては居ないものの入る日数を減らしてもらっていたため、大学でもバイト先でもほとんど会わなくなったから寂しがってくれているようだ。まあ俺としても気晴らしになって良いし、飯も買ってきてもらえるしでありがたいから矢田が家に来るのは大歓迎である。


ついこの前も俺の家に来てりなちゃんの話をべらべらと話していたが今日はそんなこともなく、機嫌良さそうにスーパーで買った惣菜に半額シールが貼りまくってあった話をしている。主婦みたいな事言っててちょっとウケる。

「良かったなぁ」と相槌を打ったあと、「そう言えばこの前りとが家でブチギレてたぞ。」と、俺は自らとある話題を口にした。


「ブチギレてた?なんで?俺あいつになんもやってないっすよ?」

「いやお前がなんかしたとかじゃなくて。りとの高校の友達がりなちゃんと同じ大学で、その友達がりなちゃんの友達を名乗る女グループから合コンに誘われたらしい。しかもりとにも来て欲しいって誘われたんだと。」


俺がその話を知ってるのは、家でその友達とりとが通話している声が聞こえてきたからだ。


『行くわけねーだろ!!りなの友達って誰だよ、あいつ大学で友達いねーから!!!』


そう言って、かなりキレ口調で見るからにイラついた態度だった。りとも矢田の愚痴を俺と一緒に聞いていたから、りなちゃんにまだ大学で友達がいないのは知っている。さらに初めは仲良くしていた子たちに陰口を言われていた事まで。

その陰口を言っていた子たちがもしりとを合コンに誘っているのなら、りとがキレるのも当然だ。普段は不仲な感じでも、実の妹が陰口を言われていたら兄としてなんとも思わないわけがない。


「なんすかその話。どこのどいつっすか?りなの友達ってのは。」

「多分りなちゃんが一瞬だけ仲良くしてた子たちの事だろ?」

「そいつらがりとと合コンしたいって?何のために?」

「そりゃあ…まあ、りなちゃんの兄がどんな男なのか気になるから…とかじゃねえの?」


俺がそう勝手な考えを口にすれば、矢田は不快感たっぷりな表情を露わにしながら「チッ」と舌打ちした。せっかくりなちゃんがその子たちと関わるのを辞めたことで矢田の怒りもおさまったのに、また沸々と怒りが込み上げていそうだ。


「りとのフリして俺が行ってやろっかな。ネチネチ文句言ってやりたい。」

「それはまたりなちゃんにヘイト向きそうな気がしてあんまりよくない対応だと思うけど。」

「勿論、その場合は二度とりなに近付かせないようにさせますけどね。」

「まあお前の事だから上手くやるんだろうけどそもそも合コンなんか誘われても普通に考えてスルー一択だろ。」

「そっすね。」


その話題から最初は矢田の機嫌が良かったのに一気に悪くなり、ゴクゴクと酒を飲みながら「多分あれっしょ?りとがクソ男だったら今度はそっちの悪口も言うんでしょ?」ってちょっとキレ気味で喋り始めた。


「確かにな。普通にありそう。」

「あいつがおしゃれとかするわけねえし部屋着で参加するだろうし、合コンなんか参加したらボロクソ言われるの確定だな。」

「それは間違いない。まああいつ『行くわけねーだろ!!』って怒鳴ってたからそもそもあいつは行かねえけどな。」


俺のその発言に矢田はアルコールの所為か今日はブラコン矢田の顔もちょっと見え始め、「さすが俺の弟」とりとを褒め始めたのだった。


「あいつは普段りなと喧嘩ばっかしてますけどね、ちゃんと心配はしてるんすよ。」って、酒の入ったグラスを握りしめながらべらべらと弟妹の話を口にする。


「そうなんだろうな。あいつ素直じゃなさそうだから絶対そんな態度は見せねえだろうけど。」

「そうなんです。でも一応ああ見えて喧嘩するほど仲が良いタイプではあるんすよ?ごく稀にすっげー仲良く二人で喋ってる時もありますからね。」

「へえ、それはちょっと見てみたいな。」


徐々に酔い始め、ハイテンションで話しまくる矢田だが、まだ正気は保てている方で、九時頃になるとチラッとスマホで時刻を確認している。

そして、航がバイトから帰ってくる時刻に合わせていつも帰宅する矢田は、「そろそろ帰ろうかな」と惣菜の空になったパックを片付け始めた。


「これはりとにやってください、お兄ちゃんからのプレゼントです。」


そう言ってほとんど手をつけていない唐揚げのパックをトントンと叩く矢田。自分のこと『お兄ちゃん』とか言っててほろ酔い状態だが、ゴミをまとめてふらりと椅子から立ち上がった。


「それじゃあ会長、また来ます。」

「おう、ゴミ置いとけよ、捨てとくから。」

「良いんすか?ありがとうございます。」


しっかり者の兄貴だなぁ。りととはえらい違いだ。と思いながら、矢田からゴミが入った袋を受け取り、玄関まで矢田の帰りを見送った。

さーて、俺も風呂に入ったらまた勉強しようかな。と、やはり矢田が家に来てくれる事で良い気分転換になったのだった。


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